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1章 Side:愛梨
8話
しおりを挟むエレベーターで雪哉と鉢合わせた次の日、出社して社内掲示板と通達の一斉送信メールを確認したら、確かに派遣で通訳が来ることがどちらにもしっかり明記されていた。
顔写真こそなかったが、簡単なプロフィールと通訳3名の短い挨拶文が掲載されており、逆に何故気付かなかったんだろうと不思議に思って、朝礼までの間に同じメールを何回も読み返し続けた。
自分はどうしようもなく、間抜けている。
けれどディスプレイの中の情報とそれに伴う現実を眺めているうちに、愛梨には罪悪感が沸き起こってきた。それは雪哉にではなく、弘翔に対して。
もちろん雪哉にも思うところがあるが、どうせ社内で会う事などほとんどないだろうし、会っても愛梨には話せることはない。それよりも、恋人である弘翔の事を考えてしまう。
「弘翔。あのね、話があるの」
先日約束を反故にしてしまったので、週末に改めて弘翔と食事に出掛けた。比較的大食いの弘翔とピザが食べ放題のイタリアンで空腹を満たし、ブラブラとウィンドウショッピングをして、そのまま弘翔の家に遊びに来た。
コンビニで買ったスイーツを綺麗に平らげた頃、急に正座になって真面目な顔をした愛梨を見て、弘翔は眉を顰めた。
「怒らないで、聞いてくれる…?」
「えー。どうしようかなー? それ俺が怒るってわかった上で聞いてるよなー?」
言ったら怒るかもしれない。そう思ったからあらかじめ予防線を張ったのに、弘翔は遠慮なくその予防線を乗り越えてきた。
露骨に不安そうな顔をした愛梨を見て、弘翔がぷっと噴き出した。
「嘘だよ。怒らないよ」
「…ほんと?」
そうは言っても怒られそうな気がしたが、弘翔は再度『怒らない』と約束してくれた。
愛梨は少し躊躇ったが、弘翔が愛梨に怒ったことが無いことも知っているので、信じてそっと口を開いた。
「この前エレベーターで会った通訳の人、覚えてる?」
「うん。あの色男だろ。確か、河上さん」
普段は冗談を言ってばかりで、同僚や後輩としょうもない悪戯ばかりしている弘翔だが、実は仕事は出来る方だ。
だから愛梨が適当に既読にして見逃していた社内掲示板や通達メールの内容までちゃんと頭に入れてあるし、聞けばすぐに情報を引っ張り出してきてくれる。
「その人が、その……」
「え? …何?」
「前に話してた…、幼馴染みなんだ……って言ったら……」
怒る? とは言葉に出来ない。
もしかしたら弘翔は、ずいぶん前に酒の席で話した愛梨の幼馴染みの話など、忘れているのではないかと思った。
特に興味もなさそうに頷く程度で終わるならそれで良いと思っていたが、案外ちゃんと食いつかれてしまう。
「え、それ愛梨の初恋の…? ……嘘でしょ?」
「……私も思ったよ。嘘でしょ、何でここにいるの、って」
話を聞いて静かに瞠目した弘翔に、愛梨も静かに息を飲んだ。
エレベーターで雪哉と遭遇した時、愛梨は弘翔以上に『嘘でしょ』と思った。だからそう言いたくなる気持ちはわかる。言葉を失ってぱちぱちと瞬きをしている弘翔の驚き顔を見て、愛梨は弘翔の内心を察した。
「いや、あの…別にだからどうってわけじゃないよ?」
あまり余計な心配などさせたくなかったので、愛梨はすぐに弘翔の考えがあらぬ方向へ拡大する事を食い止めた。
「ただ、気付いたのに伝えておかないのは……フェアじゃないかなって」
社内掲示板や通達メールを見た時に、愛梨が最も心配したのは弘翔に誤解されることだった。
社員に向けられた通達には、通訳の派遣期間は明確に示されておらず『プロジェクトが軌道に乗るまで』と曖昧にしか書かれていなかった。もちろん事業計画や予算もあるので、社員に知らせていないだけで、上層部の中ではしっかり予定が決まっている事はわかる。
ただ、1か月や2か月で新規のプロジェクトが軌道に乗る訳は無い。それならば恐らく最低で半年、長ければ年単位で雪哉と同じ建物内で仕事をすることになる。
その間、ただの1度も雪哉と顔を合わせない保証が無いので、いつか何かの機会に知られてしまうぐらいなら早くに打ち明けた方がいいと思った。
別に何かが起こるとは思っていない。弘翔に誠実でありたいと思うのは、ただの愛梨の自己満足だ。
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