15 / 95
2章 Side:雪哉
2話
しおりを挟む「どうだい、河上君。馴染めそうかな?」
雪哉が考え事をしていると、隣から小太りの中年に話しかけられた。彼は1週間後の10月1日から雪哉が派遣先として勤務する予定の、株式会社SUI-LENの専務取締役だ。
今日、雪哉がこの会社を訪れたのは書類のやりとりと手続きの為であって、必要以上に長居するつもりはなかった。
だがどういう訳か、専務にあちこちと連れ回されてしまった。実際に働き出すと多少の調整をする必要はあるが、雪哉がこの会社での専任通訳となるなら、重役たちに挨拶をした方がいいと言い出したのだ。
「はい。皆さんお人柄が良い方ばかりで安心いたしました」
専務の問い掛けに、にこりと営業用の笑顔を貼り付ける。
(人柄だけじゃなくて、もう少し話せてくれたらよかったんだけどな…)
という心の声は、あくまで心の中で。
株式会社SUI-LENが海外事業へ乗り出すのは大変結構な事だが、雪哉たちのような派遣の通訳者は、あくまで一時的なコミュニケーションツールに過ぎず、この会社に骨を埋める訳ではない。
自社内で語学を扱える人材を並行して育成していかなければ、プロジェクトはいずれ暗礁に乗り上げてしまう。何せ派遣通訳者は、有能であるが故に報酬もそれなりに高額だ。
(ま、今すぐには無理か。無理だから、依頼されたんだもんな)
心の中で苦笑しながら、嬉々として案内役を買って出た専務の後について行く。
エレベーターの扉が開くと、中には既に先客がいた。雪哉と同じ年頃の男性と、陰になって見えなくなってしまったが、恐らく女性。
2人は扉が開いた瞬間は何かを話していたが、雪哉と専務が乗り込む時には不自然なほどに言葉を閉ざして、直立不動になった。
(会社のエレベーターで、何してるんだか)
2人の関係性はわからない。だが友達か恋人のようにじゃれ合っていたことは直前の挙動と空気でわかる。もしかしてたらいちゃついてたのかもしれない。
こういうTPOを弁えない人間はどこの国のどの地域にもいるんだな、とぼんやり考える。
「お疲れ様です」
変な社員が多かったら面倒だな、と思っていたが、男女は声を揃えてちゃんと挨拶をしてきた。恐らく雪哉ではなく、一緒に乗り込んできた専務に向けた言葉だろう。だが上司に対する礼節は不調法という程ではなく、それほど非常識な社員でもないようだ。
「1階でよろしいでしょうか?」
「あぁ」
それよりも今、雪哉と一緒にいる専務の方がよっぽど印象が悪い。
社長や副社長にはぺこぺこと頭を下げ、雪哉や一緒にやってきた通訳者たちには対等の立場であるように接し、一社員には挨拶もろくに返さず横柄な態度をとる。
人の肩書やステータスが価値観の全てで、自分が認めない者は目下の存在だと一方的に決めつける。雪哉が苦手なタイプの人間だ。
この社員たちも気の毒に、と考えてふと視線を動かす。専務を挟んで斜め向こうの男性は、徐々に数値が下がっていくエレベーターの文字盤をじっと見つめている。そしてその後ろで静かになった女性は、男性の背中をじっと見つめて――
(え!?)
瞬間、心臓が止まりそうなほど驚く。驚きすぎて咄嗟に声すら出なかった。
11
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる