約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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2章 Side:雪哉

2話

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「どうだい、河上君。馴染めそうかな?」

 雪哉が考え事をしていると、隣から小太りの中年に話しかけられた。彼は1週間後の10月1日から雪哉が派遣先として勤務する予定の、株式会社SUI-LENの専務取締役だ。

 今日、雪哉がこの会社を訪れたのは書類のやりとりと手続きの為であって、必要以上に長居するつもりはなかった。

 だがどういう訳か、専務にあちこちと連れ回されてしまった。実際に働き出すと多少の調整をする必要はあるが、雪哉がこの会社での専任通訳となるなら、重役たちに挨拶をした方がいいと言い出したのだ。

「はい。皆さんお人柄が良い方ばかりで安心いたしました」

 専務の問い掛けに、にこりと営業用の笑顔を貼り付ける。

(人柄だけじゃなくて、もう少し話せてくれたらよかったんだけどな…)

 という心の声は、あくまで心の中で。

 株式会社SUI-LENが海外事業へ乗り出すのは大変結構な事だが、雪哉たちのような派遣の通訳者は、あくまで一時的なコミュニケーションツールに過ぎず、この会社に骨を埋める訳ではない。

 自社内で語学を扱える人材を並行して育成していかなければ、プロジェクトはいずれ暗礁に乗り上げてしまう。何せ派遣通訳者は、有能であるが故に報酬もそれなりに高額だ。

(ま、今すぐには無理か。無理だから、依頼されたんだもんな)

 心の中で苦笑しながら、嬉々として案内役を買って出た専務の後について行く。

 エレベーターの扉が開くと、中には既に先客がいた。雪哉と同じ年頃の男性と、陰になって見えなくなってしまったが、恐らく女性。

 2人は扉が開いた瞬間は何かを話していたが、雪哉と専務が乗り込む時には不自然なほどに言葉を閉ざして、直立不動になった。

(会社のエレベーターで、何してるんだか)

 2人の関係性はわからない。だが友達か恋人のようにじゃれ合っていたことは直前の挙動と空気でわかる。もしかしてたらいちゃついてたのかもしれない。

 こういうTPOを弁えない人間はどこの国のどの地域にもいるんだな、とぼんやり考える。

「お疲れ様です」

 変な社員が多かったら面倒だな、と思っていたが、男女は声を揃えてちゃんと挨拶をしてきた。恐らく雪哉ではなく、一緒に乗り込んできた専務に向けた言葉だろう。だが上司に対する礼節は不調法という程ではなく、それほど非常識な社員でもないようだ。

「1階でよろしいでしょうか?」
「あぁ」

 それよりも今、雪哉と一緒にいる専務の方がよっぽど印象が悪い。

 社長や副社長にはぺこぺこと頭を下げ、雪哉や一緒にやってきた通訳者たちには対等の立場であるように接し、一社員には挨拶もろくに返さず横柄な態度をとる。

 人の肩書やステータスが価値観の全てで、自分が認めない者は目下の存在だと一方的に決めつける。雪哉が苦手なタイプの人間だ。

 この社員たちも気の毒に、と考えてふと視線を動かす。専務を挟んで斜め向こうの男性は、徐々に数値が下がっていくエレベーターの文字盤をじっと見つめている。そしてその後ろで静かになった女性は、男性の背中をじっと見つめて――

(え!?)

 瞬間、心臓が止まりそうなほど驚く。驚きすぎて咄嗟に声すら出なかった。
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