約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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2章 Side:雪哉

12話

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 扉を出た瞬間、盛大な溜息が出た。
 ただ用件を伝えるだけ。時間にしてたった数分のやりとりで、こんなに疲れるとは思わなかった。疲労だけではない。

(絶対、愛梨にも誤解された…)

 嫌な確信があったが、あの場で愛梨1人に釈明する訳にもいかない。本当は『違う』と否定して、愛梨に友理香の言葉がただの戯れであると訂正したかった。

(……最悪だ)

 あの場では難しくても、せめて後から釈明したかった。友理香が頼みごとの度にハグをする関係だと匂わせた事と、雪哉がクライアント先の女性社員に手を出しているような言い回しをした事。

 だが生憎な事に愛梨の連絡先を知らないので、弁明のしようがない。

(ただでさえマイナススタートなのに、これ以上心証悪くしてどうする…!)

 雪哉は今のところ、愛梨の恋人に勝てる要素が1つもない。アドバンテージとして計上できるのは、せいぜい昔の愛梨を知っていることぐらいだ。

 だがそれさえも、大人になった愛梨とその隣を独占する恋人には無意味な要素だ。

 それがわかっているからこそ、愛梨に誤解されかねない情報は耳に入れたくなかったのに。困った後輩の言動の所為で、雪哉の望みは悲しく空転している気がする。

(友理香…! あとで絶対、浩さんに説教してもらう…!)

 気難しく生意気な友理香が雪哉を慕ってくれている事は、素直に嬉しいし有難いと感じている。けれどそれ以上の感情は持っていないし、友理香の言動に他人を巻き込んだり、こちらが振り回されるのは御免被りたい。

(俺が言ってもいいけど、絶対泣くし…。泣いたらそのあとはお詫びに食事に行こう、だもんな…)

 彼女の行動パターンは既に読み切っているが、対処方法はまだ模索中だ。眉間に皺が寄っているのを自分でも感じたまま、やってきたエレベーターに乗り込もうと1歩踏み出す。

「うおぉ!? っと、すいません!」
「あ、いえ…こちらこそ申し訳ありません」

 時計を見ながら歩き出した所為で、エレベーターを降りてきた誰かにぶつかりそうになったらしい。相手が声を上げたので、こちらも慌てて足を止める。

 詫びながら顔を上げて驚く。雪哉とほぼ同じ身長の、スーツ姿の爽やかな男性は。

(! …愛梨の恋人)

 目の前で驚いた顔をしている男性の素性には、すぐに気が付いた。だがそれは相手も同じだったようで、謝罪の言葉を口にしたはずの男性は、雪哉と目が合うと同時に視線が冷たく鋭いものに変化した。

 勘違いではない。考えなくても手に取るようにわかる。彼の視線が雪哉に示したのは、明確な敵意の色だ。

 だから気付く。

(……愛梨……もう彼氏に話したのか…)
 
 愛梨と雪哉の間柄が、既に伝達されていること。そして愛梨と恋人の間に、確かな信頼関係があること。

 目線を外して儀礼的に会釈し、雪哉の隣を無言ですり抜けていく男性の背中を見送ると、更に疲労が蓄積する気がした。

「…俺には話す機会もくれなかったのに」

 愛梨と恋人の間に、自分が入り込める余地が残されていない事を改めて思い知る。

 だがそれで諦めて身を引けるほど、雪哉は単純でも素直でもない。


 愛梨じゃないと、何もかもが上手くいかない。愛梨だけが欲しい。けれど愛梨の彼氏は、別に他の人でもいい筈だ。誰でもいいなら、愛梨以外の人にしてくれないかな。

(奪うわけじゃない)

 浩一郎に、惚れた女に別の男がいたら奪い取ると言われ、納得した。けれど本当はそうじゃない。

 奪うわけではない。
 ただ、返してもらうだけだから。

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