約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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3章 Side:愛梨

4話

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 雪哉と連絡を取り、次の日曜日に会う事になった。

 雪哉からのメッセージはごく簡潔で、『もっと話したい』と言っていた口振りを感じさせないほどあっさりした内容だった。だから愛梨も、実際に会っても一緒にランチをして2~3時間話すだけで終わりそうだと勝手に感じていた。


 待ち合わせの場所は、愛梨の家の最寄り駅になった。約束していた午前10時ちょうどに駅に着くと、指定された改札前には既に雪哉の姿があった。

 濃紺のカジュアルジャケットに、清潔感がある白無地のシャツとアイボリーのスキニーパンツ。スタイルの良い自分の体に似合う形と色を熟知している。そして爽やかに整えられたさらさらの黒髪と、綺麗に整った顔立ち。これが完璧に揃っていれば、行き交う女性たちが雪哉にチラチラと視線を向けるのも納得できる。

 けれど当の雪哉は周囲の女性達の視線など一切気にせず、ずっとスマートフォンの画面を見つめたまま。

「あ、おはよう、愛梨」

 そんな雪哉も、愛梨が近付くとすぐに顔を上げてくれた。ぱっと笑顔になって軽やかな挨拶を向けるので、一瞬どきりとする。

 なんだか、デートみたい。そう思ってしまうと、自分もちゃんとした格好をしてきて良かったと思う。

 最初は恋人同士のデートではないから、もう少しラフな格好でもいいかと考えた。だが100人に聞けば100人が色男だと答えそうな雪哉の隣に、ただでさえ性別不祥な風貌の愛梨が適当な格好で並ぶのは申し訳ない。

 色々考えた結果、シンプルでシルエットが上品な薄桃色のワンピースを選んだ。これにオフホワイトのカーディガンとキラキラ輝く綺麗なアクセサリーをいくつか足せば、髪が短くてもちゃんと女の子に見えると思う。多分。

「ワンピースも似合うな。可愛い」

 最低でも雪哉が変な目で見られない程度、と思っていたが、目が合った雪哉がストレートな4文字を呟いたので、思わず返答に困ってしまう。

 幼い頃に言われた時より甘やかな響きを含んだ声に、思わず俯く。視線を下げたまま『どうか顔が赤くなっていませんように』と普段は一切信仰していないどこかの神に祈ってみた。

「せっかくの休日なのに呼び出してごめん」
「ううん。河上さんも、おやすみ?」

 雪哉は通訳の仕事で愛梨が勤務する会社に派遣されているが、詳しいスケジュールはわからない。メッセージのやりとりから、特別な予定がなければ土日は休みであることは察していたが、ちゃんと把握はしていないので何気なく聞いてみた。

 が、顔を上げると、雪哉は露骨に不機嫌な顔をしていた。

「……あのさ、愛梨」

 静かな怒りを纏ったまま、静かな口調で名前を呼ばれる。甘い色を帯びていたはずの温度が急降下している事に気付き、思わずびくりと身体が強張った。

「名字で呼ぶの、止めて欲しいんだけど」

 にっこり。表情は笑顔になるが目が笑っていない事に気付くと、咄嗟の返答も出てこない。

「ああ。もしかしてこの前、俺が愛梨の事を名字で呼んだから?」

 問い詰められるように首を傾げられて、更に押し黙る。

 それも、ある。数日前、今まで1度も呼ばれた事のなかった名字での呼び方に、胸のあたりがむずむずするような息苦しさを覚えた。けれど雪哉とは長い年月会っていなかったし、仲良しのお友達というわけもない。だから名字で呼ばれる事は社会人としてはごく真っ当な対応で、それ自体は大きな問題ではない。

 そうではなく、愛梨が雪哉を名字で呼ぶのは、弘翔のためだ。再会した幼馴染みとはいえ、雪哉は家族でも恋人でもない。耳にした弘翔が不快感を感じないように、会えて防衛ラインを広めに確保しただけだ。

 けれどそれは、雪哉には面白くない呼び方だったらしい。

「あれは違うから。愛梨の彼氏に警戒されないため」
「警戒って……そんなこと…」
「愛梨の彼氏は、愛梨の事がすごい好きなんだな。見てればわかる」

 どう切り返せばいいのかと考えあぐねていると、雪哉が少し感心したように呟く。顔を上げて目が合うと、顔が熱くなるのを感じた。

 同じ部署の人は皆、愛梨と弘翔の関係を知っている。けれど他の部署の人や、まして社外の人がみてもそう感じるなんて何か恥ずかしい。

「そ、そうかな…?」
「いや、そこで照れられても、すごい腹立たしいんだけど」

 一瞬遅れて、雪哉の瞳から冷気が放たれたように感じる。愛梨と弘翔の睦まじさを褒めるような言い方だと思っていたのに、急に冷たい口調になるので再び黙る。

 長年コミュニケーションを取っていなかったせいか、意思の疎通が難しい。息が合わないというか、昔のように短い言葉や視線だけで相手の考えがわかる関係ではなくなってしまったようだ。15年という年月を思えば当然の結果かもしれないけれど。

「とにかく、名字で呼ぶのは止めて」
「…ユキ」

 冷たい口調で言われたので、驚き半分怖さ半分といった気持ちでどうにか呟くと、雪哉はようやく怒りを収めてくれた。

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