約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

文字の大きさ
56 / 95
5章 Side:愛梨

10話

しおりを挟む

「意識されてるって事だ」
「は!? 何言っ……」
「愛梨が俺を『男』だって気付き始めたんだ。俺と大人の関係になれるって、愛梨の心と身体が理解し始めた証拠」

 雪哉の声が一段と低くなる。けれどそれは怒りの感情などではなく、色と艶と、恋焦がれる感情。

 腕から離れた雪哉の手は、服の上からするすると愛梨の腕のラインを辿り、ゆっくりと肩の上を通過して、やがて首元に辿り着く。指先で首を撫でる動きが妙にいらやしくて、そこから逃れようと身を捩る。

「ちょ、ユキ……!」
「あと何回キスしたら、俺の事だけ考えてくれるようになる?」

 まるで早くそうなって欲しいとでも言いたげな、甘美な視線。黒い子猫のような昔の愛らしさは消え去り、狙いを定めた黒ヒョウのように艶やかで鋭い眼差し。

 資料室でキスされた時と同じように、雪哉の長い指先が愛梨の身体を掴まえて捉える。恋慕の深淵に誘うようにじっと見つめられると、金縛りに遭ったように動けなくなってしまう。

「好きだ。愛梨が欲しくて、たまらない」

 雪哉の顔の位置が下がる。
 またキスされてしまう、と気付くと焦りと緊張感が金縛りの効力を更に強める。簡単に拒絶出来るはずの腕を振り解けない。だから自分でも困っているのか、望んでいるのかわからなくなってきてしまう。

 どうしよう――と思った瞬間。

 ガチャ。と背後でドアが開く音がした。

「!!」

 音に驚いて咄嗟に離れようとした。けれど雪哉に身体を固定されていた所為で、思ったより距離は取れなかった。

 ノックをせずに通訳室に入って来る人など、雪哉以外には2人しかいない。雪哉と同じ派遣会社から依頼されて来ている通訳の澤村浩一郎と。

 細木友理香。

「雪哉? ……愛梨?」

 至近距離のまま動きを止めている愛梨と雪哉の様子に気付き、入室してきた友理香が不思議そうな声を上げた。数秒遅れ、友理香の顔が動揺と不快感を示す。

「何、してるの…?」
「別に何も」

 顔を歪ませた友理香の詰問を、雪哉がさらりと受け流す。その声にはあまり感情がない。そこはもっと焦るところでしょ、と愛梨の方が焦ってしまうのに。 

「雪哉…! 今度は愛梨なの…!?」

 雪哉よりも、友理香の方が余程焦ったような声を出した。一瞬だけ愛梨の顔をちらりと見たが、完璧なアイラインと上品なアイシャドウに彩られた綺麗な瞳は、すぐに雪哉の顔へ向き直る。

「やっぱりクライアントの社員を誘ってるって噂、本当なんだ…!?」
「いや、そんなこと1度もしたことない。本当に違うから、その言い方止め……」
「違わないでしょ!? 仕事でそんなに距離近いなんて、絶対変だよ…!?」

 興奮したように詰め寄る友理香とは対照的に、雪哉はやや辟易したように溜息を洩らした。わざと友理香の神経を逆撫でするような態度をとる必要はないのに、何故か雪哉の態度は大人げない。

 周囲の温度を下げるほどに冷めた雪哉の態度と、逆に温度を上げるほどに熱い友理香の気配を感じ取ると、反射的に愛梨の方が声を出してしまった。

「友理香ちゃん。本当に何もないから」

 注意をこちらに向ければきつく睨まれるのかと思ったが、友理香は割り込んだ愛梨に対してはただ動揺したような視線を向けただけだった。

 友理香には以前社員食堂で『雪哉の事が好き』と告げられていたし、愛梨に恋人がいることも伝えていた。だからもっと軽蔑の眼差しを向けられると思っていたのに、友理香は愛梨には敵意を向けて来ない。

 友理香には申し訳ないと思ったが、自分の話ならば聞いてくれそうだと気付くと無意識のうちに更なる言い訳が口をついて出た。

「ちょっと目にゴミが入って、それを見てもらってただけなの。でも洗面所に行った方が良さそう」

 にこりと作り物の笑顔を浮かべる。また1つ、雪哉のせいで本来必要のない嘘をついてしまったと気付いたのは、口にした後だった。

「愛梨」

 雪哉と友理香が同時に呼び止める声がしたが、会釈だけ残して急いで通訳室を出た。

 そのまま喧嘩でもしてしまいそうな2人を残す事には一抹の不安を覚えたが、雪哉と距離が近かった理由を咄嗟に目の中のゴミの所為にしてしまった。下手な言い訳を自分自身でフォローするためには、あの場に長居は出来ない。

 誰も居ないエレベーターに滑り込み、はぁと息をつく。雪哉と友理香の言い合いは、2人で何とかするだろう。本当に何もない、誤解なのだから。それに口をついて出たのは虚偽の内容だが、一応それっぽい言い訳には聞こえる筈だ。だからあとは雪哉が上手く処理してくれることを願うしかない。

 そして心臓の音は自分で鎮めるしかない。

 通訳室に入室したときは確かに雪哉に対して怒っていた。なのに熱い視線を向けられ、甘い言葉を囁かれ、細身の割に力強い指先に捉えられると全く抵抗が出来なくなってしまった。

 雪哉はまた、愛梨にキスしようとしていた。友理香の帰室があと10秒遅かったら、きっとそのまま唇を重ねていたと思う。

「はぁ……もう……」

 あのまま雪哉を受け入れていたら、もう言い訳は出来ないと、わかっているのに。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...