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【二】
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「どぉおおおおしよぉおおおおお、ミハクぅうううううううううッ!」
私は、あと数日後には取り上げられるであろう聖女の間へ戻ると、そこで私の帰りを待っていた聖獣ミハクの腹に顔を埋めて、おんおんと泣き声を上げました。
「……落ち着きなさい、ルールゥ。ほら、毛に鼻水を付けないで」
男とも女ともとれない、不思議に澄んだ声色で、ミハクは私に宥めの言葉を向けました。
ミハク。
私の聖獣。
狼よりも二回りほど大きな体躯に、やたらと長い尻尾。
純白の毛に覆われた犬型のこの聖獣は、私が産声を上げたのと同時に、森の中からすうっと現れ出たそうです。
そして、以後ずっと私の傍に在り続けてくれた。
私が唯一、何の憂いもなく心を開ける相手です。
「どぉしよぉおおお! 聖女の任を解かれるなんて……。では……そうなれば私は、どうやって天命を全うすればよいのです……?」
そんなミハクに、私は今、すすり泣きながら鼻水を擦り付けています。
ミハクは一つため息を吐くと、落ち着いた声色で他人行儀なことを言い始めました。
「人が神を忘れたというのなら、それも時代なのでしょう。しようのないことです」
「そんなぁ!」
「こればかりはどうにもなりませんよ。それは人の決めることです」
「うぅ……なら……私はいったい、どうすれば……」
「……人がそれを望まぬというのなら。神は、人の前から姿を消す他ありません」
その冷たい宣告に私は青褪めましたが――。
続いてミハクが口にしたのは、私の想像も及ばぬ助言でした。
「国を出て、何処かの辺境の地でゆっくり療養の生活を送ってみてはいかがですか? ルールゥ、あなたはあまりにも責務を負いすぎていた。良い機会だと捉え、思い切ってしがらみから離れ、平穏を享受してみればいい。聖女たる神力があれば、それも可能でしょう」
「私が……しがらみのない療養の生活を送る……?」
目を白黒させ、ミハクの提案を復唱しました。
「そんな……そんなことって……」
罪悪感に苛まれながら、私の言葉は尻すぼみに消え入りました。――私は聖女の天命を全うするために生まれたのです。
辺境で、のんびりとした生活を送る。……思い浮かべようとしましたが、上手く想像できません。
「…………ミハク、それは天命に対しての裏切りです……」
「ルールゥ」
ミハクはため息をつき、私に諭すような口調を向けてきました。
「私は神獣です。貴方がこの世に降り立ったそのときに理より湧き出た神の遣い。――けれどね、私は己の役割というものを天啓から見出したわけではありません。そりゃあ、貴方に寄り添わなければいけないという、漠然とした使命感のようなものは生まれたそのときから持っていましたが。しかし私は自身の見定めで、運命を選択したのです。私というものも紛れもなく、雑多カオスから生まれる意思を持った存在であり、人形じゃないんですから」
じっと、その青い瞳で涙目の私を見つめながら、ミハクは語り続けます。
「あなたは天命を全うすることが全てと言いますがね、“天命”というものはあくまで人の言葉であり、それを定義付けたのもまた人です。――それを全うすることが素晴らしいことであると信ずるのなら、私から言うことは何もありません。しかしルールゥ、貴方は本当にその天命というものを、真に見定めたと胸を張って言えますか? ――私には、貴方はただ闇雲にあり、むやみやたらに辛そうなだけのように見受けられますが」
「…………」
「生きるためというのならしようがありません。けれどルールゥ、貴方にはそれ以外にも生きてゆける方法があると……私は進言しているのです。まあ、私にできるのは進言だけ。決めるのは――貴方。貴方自身」
「…………」
私は息を詰まらせてしまいました。
使命を捨てる。それはあり得ない選択肢でした。
しかし、その使命自体がもはや、失われようとしている――。
「…………まったく他に人のいない地で、永遠に暮らしてゆくなんて……」
「なにも、永遠にそうするしかないとは言っていませんよ。しかし最初は、そうして療養することをお勧めします」
「…………」
正直、嫌でした。
しかし、他に選択肢もないように思えるのも、確かでした。
沢山の拒絶が、私を排斥している。
生まれであるこの地は。
ミハクの言う通り、最早ただ無暗に辛いだけの地になり果てたのです。
……そのときようやっと、そのことがすとんと腑に落ち、――静かな理解が訪れました。
「…………寂しい」
「私が付いていますよ」
「ありがとう、ミハク……」
――それから長い時間、誰も訪れぬ聖女の間で、ミハクの白毛に沢山の涙の粒を零しました。
どうしてこうなってしまったのだろうという悲嘆を思いながら。
涙が枯れるまで。
私は、あと数日後には取り上げられるであろう聖女の間へ戻ると、そこで私の帰りを待っていた聖獣ミハクの腹に顔を埋めて、おんおんと泣き声を上げました。
「……落ち着きなさい、ルールゥ。ほら、毛に鼻水を付けないで」
男とも女ともとれない、不思議に澄んだ声色で、ミハクは私に宥めの言葉を向けました。
ミハク。
私の聖獣。
狼よりも二回りほど大きな体躯に、やたらと長い尻尾。
純白の毛に覆われた犬型のこの聖獣は、私が産声を上げたのと同時に、森の中からすうっと現れ出たそうです。
そして、以後ずっと私の傍に在り続けてくれた。
私が唯一、何の憂いもなく心を開ける相手です。
「どぉしよぉおおお! 聖女の任を解かれるなんて……。では……そうなれば私は、どうやって天命を全うすればよいのです……?」
そんなミハクに、私は今、すすり泣きながら鼻水を擦り付けています。
ミハクは一つため息を吐くと、落ち着いた声色で他人行儀なことを言い始めました。
「人が神を忘れたというのなら、それも時代なのでしょう。しようのないことです」
「そんなぁ!」
「こればかりはどうにもなりませんよ。それは人の決めることです」
「うぅ……なら……私はいったい、どうすれば……」
「……人がそれを望まぬというのなら。神は、人の前から姿を消す他ありません」
その冷たい宣告に私は青褪めましたが――。
続いてミハクが口にしたのは、私の想像も及ばぬ助言でした。
「国を出て、何処かの辺境の地でゆっくり療養の生活を送ってみてはいかがですか? ルールゥ、あなたはあまりにも責務を負いすぎていた。良い機会だと捉え、思い切ってしがらみから離れ、平穏を享受してみればいい。聖女たる神力があれば、それも可能でしょう」
「私が……しがらみのない療養の生活を送る……?」
目を白黒させ、ミハクの提案を復唱しました。
「そんな……そんなことって……」
罪悪感に苛まれながら、私の言葉は尻すぼみに消え入りました。――私は聖女の天命を全うするために生まれたのです。
辺境で、のんびりとした生活を送る。……思い浮かべようとしましたが、上手く想像できません。
「…………ミハク、それは天命に対しての裏切りです……」
「ルールゥ」
ミハクはため息をつき、私に諭すような口調を向けてきました。
「私は神獣です。貴方がこの世に降り立ったそのときに理より湧き出た神の遣い。――けれどね、私は己の役割というものを天啓から見出したわけではありません。そりゃあ、貴方に寄り添わなければいけないという、漠然とした使命感のようなものは生まれたそのときから持っていましたが。しかし私は自身の見定めで、運命を選択したのです。私というものも紛れもなく、雑多カオスから生まれる意思を持った存在であり、人形じゃないんですから」
じっと、その青い瞳で涙目の私を見つめながら、ミハクは語り続けます。
「あなたは天命を全うすることが全てと言いますがね、“天命”というものはあくまで人の言葉であり、それを定義付けたのもまた人です。――それを全うすることが素晴らしいことであると信ずるのなら、私から言うことは何もありません。しかしルールゥ、貴方は本当にその天命というものを、真に見定めたと胸を張って言えますか? ――私には、貴方はただ闇雲にあり、むやみやたらに辛そうなだけのように見受けられますが」
「…………」
「生きるためというのならしようがありません。けれどルールゥ、貴方にはそれ以外にも生きてゆける方法があると……私は進言しているのです。まあ、私にできるのは進言だけ。決めるのは――貴方。貴方自身」
「…………」
私は息を詰まらせてしまいました。
使命を捨てる。それはあり得ない選択肢でした。
しかし、その使命自体がもはや、失われようとしている――。
「…………まったく他に人のいない地で、永遠に暮らしてゆくなんて……」
「なにも、永遠にそうするしかないとは言っていませんよ。しかし最初は、そうして療養することをお勧めします」
「…………」
正直、嫌でした。
しかし、他に選択肢もないように思えるのも、確かでした。
沢山の拒絶が、私を排斥している。
生まれであるこの地は。
ミハクの言う通り、最早ただ無暗に辛いだけの地になり果てたのです。
……そのときようやっと、そのことがすとんと腑に落ち、――静かな理解が訪れました。
「…………寂しい」
「私が付いていますよ」
「ありがとう、ミハク……」
――それから長い時間、誰も訪れぬ聖女の間で、ミハクの白毛に沢山の涙の粒を零しました。
どうしてこうなってしまったのだろうという悲嘆を思いながら。
涙が枯れるまで。
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