婚約破棄された聖女がモフモフな相棒と辺境地で自堕落生活! ~いまさら国に戻れと言われても遅いのです~

銀灰

文字の大きさ
2 / 13

【二】

しおりを挟む
「どぉおおおおしよぉおおおおお、ミハクぅうううううううううッ!」

 私は、あと数日後には取り上げられるであろう聖女の間へ戻ると、そこで私の帰りを待っていた聖獣ミハクの腹に顔を埋めて、おんおんと泣き声を上げました。

「……落ち着きなさい、ルールゥ。ほら、毛に鼻水を付けないで」

 男とも女ともとれない、不思議に澄んだ声色で、ミハクは私に宥めの言葉を向けました。

 ミハク。
 私の聖獣。

 狼よりも二回りほど大きな体躯に、やたらと長い尻尾。
 純白の毛に覆われた犬型のこの聖獣は、私が産声を上げたのと同時に、森の中からすうっと現れ出たそうです。

 そして、以後ずっと私の傍に在り続けてくれた。

 私が唯一、何の憂いもなく心を開ける相手です。

「どぉしよぉおおお! 聖女の任を解かれるなんて……。では……そうなれば私は、どうやって天命を全うすればよいのです……?」

 そんなミハクに、私は今、すすり泣きながら鼻水を擦り付けています。

 ミハクは一つため息を吐くと、落ち着いた声色で他人行儀なことを言い始めました。

「人が神を忘れたというのなら、それも時代なのでしょう。しようのないことです」
「そんなぁ!」
「こればかりはどうにもなりませんよ。それは人の決めることです」
「うぅ……なら……私はいったい、どうすれば……」
「……人がそれを望まぬというのなら。神は、人の前から姿を消す他ありません」

 その冷たい宣告に私は青褪めましたが――。
 続いてミハクが口にしたのは、私の想像も及ばぬ助言でした。

「国を出て、何処いずこかの辺境の地でゆっくり療養の生活を送ってみてはいかがですか? ルールゥ、あなたはあまりにも責務を負いすぎていた。良い機会だと捉え、思い切ってしがらみから離れ、平穏を享受してみればいい。聖女たる神力しんりきがあれば、それも可能でしょう」
「私が……しがらみのない療養の生活を送る……?」

 目を白黒させ、ミハクの提案を復唱しました。

「そんな……そんなことって……」

 罪悪感に苛まれながら、私の言葉は尻すぼみに消え入りました。――私は聖女の天命を全うするために生まれたのです。
 辺境で、のんびりとした生活を送る。……思い浮かべようとしましたが、上手く想像できません。

「…………ミハク、それは天命に対しての裏切りです……」
「ルールゥ」

 ミハクはため息をつき、私に諭すような口調を向けてきました。

「私は神獣です。貴方がこの世に降り立ったそのときにことわりより湧き出た神の遣い。――けれどね、私は己の役割というものを天啓から見出したわけではありません。そりゃあ、貴方に寄り添わなければいけないという、漠然とした使命感のようなものは生まれたそのときから持っていましたが。しかし私は自身の見定めで、運命を選択したのです。私というものも紛れもなく、雑多カオスから生まれる意思を持った存在であり、人形じゃないんですから」

 じっと、その青い瞳で涙目の私を見つめながら、ミハクは語り続けます。

「あなたは天命を全うすることが全てと言いますがね、“天命”というものはあくまで人の言葉であり、それを定義付けたのもまた人です。――それを全うすることが素晴らしいことであると信ずるのなら、私から言うことは何もありません。しかしルールゥ、貴方は本当にその天命というものを、真に見定めたと胸を張って言えますか? ――私には、貴方はただ闇雲にあり、むやみやたらに辛そうなだけのように見受けられますが」
「…………」
「生きるためというのならしようがありません。けれどルールゥ、貴方にはそれ以外にも生きてゆける方法があると……私は進言しているのです。まあ、私にできるのは進言だけ。決めるのは――貴方。貴方自身」
「…………」

 私は息を詰まらせてしまいました。
 使命を捨てる。それはあり得ない選択肢でした。
 しかし、その使命自体がもはや、失われようとしている――。

「…………まったく他に人のいない地で、永遠に暮らしてゆくなんて……」
「なにも、永遠にそうするしかないとは言っていませんよ。しかし最初は、そうして療養することをお勧めします」
「…………」

 正直、嫌でした。
 しかし、他に選択肢もないように思えるのも、確かでした。

 沢山の拒絶が、私を排斥している。

 生まれであるこの地は。
 ミハクの言う通り、最早ただ無暗に辛いだけの地になり果てたのです。

 ……そのときようやっと、そのことがすとんと腑に落ち、――静かな理解が訪れました。

「…………寂しい」
「私が付いていますよ」
「ありがとう、ミハク……」

 ――それから長い時間、誰も訪れぬ聖女の間で、ミハクの白毛に沢山の涙の粒を零しました。
 どうしてこうなってしまったのだろうという悲嘆を思いながら。
 涙が枯れるまで。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

役立たず聖女見習い、追放されたので森でマイホームとスローライフします ~召喚できるのは非生物だけ?いいえ、全部最強でした~

しおしお
ファンタジー
聖女見習いとして教会に仕えていた少女は、 「役立たず」と嘲笑され、ある日突然、追放された。 理由は単純。 彼女が召喚できるのは――タンスやぬいぐるみなどの非生物だけだったから。 森へ放り出され、夜を前に途方に暮れる中、 彼女は必死に召喚を行う。 呼び出されたのは、一体の熊のぬいぐるみ。 だがその瞬間、彼女のスキルは覚醒する。 【付喪神】――非生物に魂を宿らせる能力。 喋らないが最強の熊、 空を飛び無限引き出し爆撃を行うタンス、 敬語で語る伝説級聖剣、 そして四本足で歩き、すべてを自動化する“マイホーム”。 彼女自身は戦わない。 努力もしない。 頑張らない。 ただ「止まる場所が欲しかった」だけなのに、 気づけば魔物の軍勢は消え、 王城と大聖堂は跡形もなく吹き飛び、 ――しかし人々は、なぜか生きていた。 英雄になることを拒み、 責任を背負うこともせず、 彼女は再び森へ帰る。 自動調理、自動防衛、完璧な保存環境。 便利すぎる家と、喋らない仲間たちに囲まれた、 頑張らないスローライフが、今日も続いていく。 これは、 「世界を救ってしまったのに、何もしない」 追放聖女の物語。 -

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

平民令嬢、異世界で追放されたけど、妖精契約で元貴族を見返します

タマ マコト
ファンタジー
平民令嬢セリア・アルノートは、聖女召喚の儀式に巻き込まれ異世界へと呼ばれる。 しかし魔力ゼロと判定された彼女は、元婚約者にも見捨てられ、理由も告げられぬまま夜の森へ追放された。 行き場を失った境界の森で、セリアは妖精ルゥシェと出会い、「生きたいか」という問いに答えた瞬間、対等な妖精契約を結ぶ。 人間に捨てられた少女は、妖精に選ばれたことで、世界の均衡を揺るがす存在となっていく。

「人の心がない」と追放された公爵令嬢は、感情を情報として分析する元魔王でした。辺境で静かに暮らしたいだけなのに、氷の聖女と崇められています

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は人の心を持たない失敗作の聖女だ」――公爵令嬢リディアは、人の感情を《情報データ》としてしか認識できない特異な体質ゆえに、偽りの聖女の讒言によって北の果てへと追放された。 しかし、彼女の正体は、かつて世界を支配した《感情を喰らう魔族の女王》。 永い眠りの果てに転生した彼女にとって、人間の複雑な感情は最高の研究サンプルでしかない。 追放先の貧しい辺境で、リディアは静かな観察の日々を始める。 「領地の問題点は、各パラメータの最適化不足に起因するエラーです」 その類稀なる分析能力で、原因不明の奇病から経済問題まで次々と最適解を導き出すリディアは、いつしか領民から「氷の聖女様」と畏敬の念を込めて呼ばれるようになっていた。 実直な辺境伯カイウス、そして彼女の正体を見抜く神狼フェンリルとの出会いは、感情を知らない彼女の内に、解析不能な温かい《ノイズ》を生み出していく。 一方、リディアを追放した王都は「虚無の呪い」に沈み、崩壊の危機に瀕していた。 これは、感情なき元魔王女が、人間社会をクールに観測し、やがて自らの存在意義を見出していく、静かで少しだけ温かい異世界ファンタジー。 彼女が最後に選択する《最適解》とは――。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

お飾りの聖女は王太子に婚約破棄されて都を出ることにしました。

高山奥地
ファンタジー
大聖女の子孫、カミリヤは神聖力のないお飾りの聖女と呼ばれていた。ある日婚約者の王太子に婚約破棄を告げられて……。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

処理中です...