平安の婚約破棄と姫君の華麗なる意趣返し

銀灰

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 女をふいにすることで、それで男の立場が危うくなるわけでもたいていの場合は別段ない、とは言ったが、しかし橘氏本流の姫が袖にされたという事は、やはり宮廷内で広くの噂となった。

 聞けば、ずいぶんと手酷い事であったとか。

 まあ、噂が流れれど、定家さだいえの立場が悪くなるわけでもない。その程度である。

 だが話に上がれば、同情の念を覚える者がいるのも、人というもの。平安の宮廷もそこらへんの人情味を忘れることはなかった。

 さて――。

 近日、【十二人会じゅうににんかい歌合うたあわせ】なる大会が、この宮廷で開かれようとしていた。

 ときみかど朱雀すざく天皇が主宰しゅさいした、当時もっとも大規模であった歌合うたあわせの会である。――これの会を触発の見習いにして、のちの村上天皇は天徳四年(960)、かの有名なる【内裏だいり歌合うたあわせ】の大会を、自らの威信でデザインして主宰しゅさいした。

 十二人会じゅうににんかい歌合うたあわせ、その内容とは、宮廷人たちが左右に分かれて、一騎打ちの形でお題とされた詩を読み合う、矜持を賭けた競い合いである。それを一組一名と数え、十二回行うという、二十四の歌が詠まれる壮大な大会である。

 当然――歌をつくるのは男性である。
 女性は歌を詠む側であり、それもこのたびの十二人会じゅうににんかい歌合うたあわせでは、歌を創る者が同じく歌を詠むようにあるので、女人の立場としては観戦で楽しむところであった。


 だが、葵姫は、歌を創る側として歌合うたあわせに出場することを願った。


 父のたちばなの 有道ありみちも、このたびの定家さだいえの薄情には怒りを覚えるところがあるのか、葵姫の暗躍に、御転婆と目を瞑った。

 そして父と友好のある、みなもと氏の道義みちよしという者に葵姫は相談を持ち掛けて、なんとか歌合うたあわせの場に出ることは叶わないだろうかと頼み込んだ。

 みなもとの 道義みちよしという男、話に上がった葵姫を巡った噂には胸を痛めていた者であり、そして何より、情に富んだところを持ちながら放逸的ほういつてきな男でもあった。――矜持を賭けた競い合いとはいっても、酒宴ありのうたげ的な側面の強い会である、それも一興となろうと……道義みちよしはきっと面白味を秘めて思いながら、みかどにも秘密裏とした逸した放胆で、葵姫を二十四人の一人として詩人に加えたのだった。


 かすみが、一首。
 うぐいすが、一首。
 やなぎが、二首。
 さくらが、二首。
 こいが、六首。


 春の歌が六首に、恋の歌が六首で十二人会じゅうににんかい歌合うたあわせは催される。

 先に言った通り、歌詠み合わせの形は一騎打ちである。

 そして。

 葵姫が相対するは、当然――皆が想像する通りの男であった。


 歌による活劇の舞台、一大の幕が上がろうとしていた。

  
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