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■第一章 時代の荒波
プロローグ 突然の追放
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「うーん、このドア、やっぱり無駄に大きいよなぁ」
領主の執務室の前に来て、僕は少し後悔していた。
目の前には、見上げるような大きさの両扉がある。
これは、僕が手がけたものだ。だけどドアは人が通るものだから、もっと小さくていい。それなら軽いし、老人や子供だって開けやすいのだ。
一応これでも軽くしてやろうと色々と努力はしたのだけれど、重くて力を入れないと開かない。もっと工夫しないとな。
「おっと、考えてる場合じゃなかった」
火急の用件ということで領主に呼ばれてここに来たんだった。いけないいけない、木を見るとつい加工のことを考えてしまう。僕の悪い癖だ。
「失礼します。木工アッシュ、招集に応じ、馳せ参じました」
そう言って部屋に入ると、いきなり甲高い怒声が飛んできた。
「遅いぞ、アッシュ! 何をしていた」
そう怒鳴りつけたのは領主のアッカーマンだった。ぶくぶくと太っている彼は、身なりこそ立派だが、すぐ怒り出す性格だ。だからみんなに嫌われているし、僕も苦手だった。
「申し訳ありません、今朝は木の神に礼拝していたものですから」
僕は謝る。
森にある『お柱様』と呼ばれる大木。それが僕ら木工職人の神であり、毎朝その木に礼拝してから作業するのが日課なのだ。
今朝は森から戻ると兵士が家の前で待っていた。呼び出されてすぐここにやって来たのだが……アッカーマンのほうが早起きなのは珍しい。
「ふん、つまらん木の神などどうでもいいわい。木は時代遅れだぞ」
アッカーマンがニヤリと笑ったが、僕は意味が分からなかった。
「それは……どういうことでしょうか?」
「例えばそこのドアだ。重くて仕方ない。欠陥品だ!」
「ええっ、そんな。立派で大きい物にすれば重くなりますよと、事前に申し上げたはずですが……」
僕は困惑する。
これでもドアの板は内部を削って蜂の巣のような形の空洞にしてある。
『ハニカム構造』というものだが、六角形は一辺がどれも同じ長さなので、衝撃や力が加わっても均等に力が分散して壊れにくい。
それでいて空洞がある分、丈夫で軽いのだ。
ドアの下にはレールを敷き、蝶番もベアリングを入れた特注仕様にしたのだが、どうしてもサイズが大きい分だけ重量が出るのは仕方なかった。
「馬鹿め、物には限度があろう。重すぎだ。その点、合成樹脂は素晴らしいぞ。とにかく軽い! 時代の最先端だ!」
「プラスチックですか……」
合成樹脂は、最近になって錬金術師が開発した新素材である。
燃える水から魔法で創り出す面白い素材で、形も自由自在に楽々加工できる。ただ、耐久性に難があり、ドアのようなよく動かす物には向いていない。
それに、新素材というのは長期で使ったときにどうなるか、誰も試していないのだ。
「そうですとも」
のっぺり顔の男が横からアッカーマンにしたり顔でうなずいた。初めて見る顔だが、またどこからか怪しげな顧問を雇ったようだ。去年はセクシーな占い師、二年前は言うことがコロコロ変わる祈祷師だった。
「技術は日々進歩しているのです。ですから職人をお抱えにするのは問題ですよ、アッカーマン様。必要なときだけ必要な人材を揃えればよろしい。そうすれば大幅なコストカットになります」
「おお、バンブ、それは素晴らしいアイディアだ。では、プラスチック職人を呼べ。時代遅れの木工職人はもうお払い箱だ!」
「それがよろしいかと」
「ええっ! お、お待ち下さい。それだとクビにされた僕らの生活が」
「そんなもの、ワシの知った事か!」
「そうですとも。仮にも神匠と呼ばれるアッシュさんなら、どこでも腕を振るって大金を稼げるでしょう?」
バンブがニヤニヤと笑うが、金を稼ぐのはそう簡単な事ではない。
「いいえ、高品質の建物を作るにはそれなりの時間と技術が必要です。それに高級品は誰でも買えるわけではありませんから……」
貴族向けは発注が少ない。貴族の数が少ないのだから当然だ。庶民向けの大工だと手頃な値段でしか勝負できない。彼らは安さと速さで勝負しているので、要求される品質や方向性がまるで違うのだ。
「黙れ! 良い物を作れば高く売れる、当たり前のことではないか。つまらん言い訳をするな!」
いくら品質の良い高級品を作っても、買う人がいなければ売れない。そう何度も説明してみたが、物を売ったことがないアッカーマンにはまったく理解してもらえなかった。
◇ ◆ ◇
「あったま来たわ! アッシュ、こうなったら国王様に話してみましょう。直訴よ、直訴!」
僕と同じくクビになったレニアが言う。彼女は僕の幼なじみで『裁縫師』をやっている。柔らかな栗色の髪を三つ編みにまとめてリボンをしているが、この可愛らしいリボンも彼女のデザインである。ただ……本人は大雑把で元気な性格なのに、根気の要る繊細な作業ができるのは謎だ。
「直訴……それしかないか……」
先代の領主様は職人達の話によく耳を傾けてくれていた。視察に出ては町人達と談笑するようなお優しい御方だったが、病気で亡くなってしまったのだから、今こうして懐かしんでも仕方ない。
『――いいか、アッシュ、よく覚えておけ。短気は損気、気に入らない事があったからって、感情にまかせて当たり散らしちゃいけねえ。職人は黙って仕事で物を言え』
そう父さんが口癖のように言っていたけれど、職人をクビにされてしまっては物を作れない。材料を仕入れるのだって金がかかるのだ。
二週間後、王様に会うために馬車で王都の城に向かった僕らは、そこで信じられないものを見た。
「し、城が、プラスチックになってる!?」
「なんてことだ……」
領主の執務室の前に来て、僕は少し後悔していた。
目の前には、見上げるような大きさの両扉がある。
これは、僕が手がけたものだ。だけどドアは人が通るものだから、もっと小さくていい。それなら軽いし、老人や子供だって開けやすいのだ。
一応これでも軽くしてやろうと色々と努力はしたのだけれど、重くて力を入れないと開かない。もっと工夫しないとな。
「おっと、考えてる場合じゃなかった」
火急の用件ということで領主に呼ばれてここに来たんだった。いけないいけない、木を見るとつい加工のことを考えてしまう。僕の悪い癖だ。
「失礼します。木工アッシュ、招集に応じ、馳せ参じました」
そう言って部屋に入ると、いきなり甲高い怒声が飛んできた。
「遅いぞ、アッシュ! 何をしていた」
そう怒鳴りつけたのは領主のアッカーマンだった。ぶくぶくと太っている彼は、身なりこそ立派だが、すぐ怒り出す性格だ。だからみんなに嫌われているし、僕も苦手だった。
「申し訳ありません、今朝は木の神に礼拝していたものですから」
僕は謝る。
森にある『お柱様』と呼ばれる大木。それが僕ら木工職人の神であり、毎朝その木に礼拝してから作業するのが日課なのだ。
今朝は森から戻ると兵士が家の前で待っていた。呼び出されてすぐここにやって来たのだが……アッカーマンのほうが早起きなのは珍しい。
「ふん、つまらん木の神などどうでもいいわい。木は時代遅れだぞ」
アッカーマンがニヤリと笑ったが、僕は意味が分からなかった。
「それは……どういうことでしょうか?」
「例えばそこのドアだ。重くて仕方ない。欠陥品だ!」
「ええっ、そんな。立派で大きい物にすれば重くなりますよと、事前に申し上げたはずですが……」
僕は困惑する。
これでもドアの板は内部を削って蜂の巣のような形の空洞にしてある。
『ハニカム構造』というものだが、六角形は一辺がどれも同じ長さなので、衝撃や力が加わっても均等に力が分散して壊れにくい。
それでいて空洞がある分、丈夫で軽いのだ。
ドアの下にはレールを敷き、蝶番もベアリングを入れた特注仕様にしたのだが、どうしてもサイズが大きい分だけ重量が出るのは仕方なかった。
「馬鹿め、物には限度があろう。重すぎだ。その点、合成樹脂は素晴らしいぞ。とにかく軽い! 時代の最先端だ!」
「プラスチックですか……」
合成樹脂は、最近になって錬金術師が開発した新素材である。
燃える水から魔法で創り出す面白い素材で、形も自由自在に楽々加工できる。ただ、耐久性に難があり、ドアのようなよく動かす物には向いていない。
それに、新素材というのは長期で使ったときにどうなるか、誰も試していないのだ。
「そうですとも」
のっぺり顔の男が横からアッカーマンにしたり顔でうなずいた。初めて見る顔だが、またどこからか怪しげな顧問を雇ったようだ。去年はセクシーな占い師、二年前は言うことがコロコロ変わる祈祷師だった。
「技術は日々進歩しているのです。ですから職人をお抱えにするのは問題ですよ、アッカーマン様。必要なときだけ必要な人材を揃えればよろしい。そうすれば大幅なコストカットになります」
「おお、バンブ、それは素晴らしいアイディアだ。では、プラスチック職人を呼べ。時代遅れの木工職人はもうお払い箱だ!」
「それがよろしいかと」
「ええっ! お、お待ち下さい。それだとクビにされた僕らの生活が」
「そんなもの、ワシの知った事か!」
「そうですとも。仮にも神匠と呼ばれるアッシュさんなら、どこでも腕を振るって大金を稼げるでしょう?」
バンブがニヤニヤと笑うが、金を稼ぐのはそう簡単な事ではない。
「いいえ、高品質の建物を作るにはそれなりの時間と技術が必要です。それに高級品は誰でも買えるわけではありませんから……」
貴族向けは発注が少ない。貴族の数が少ないのだから当然だ。庶民向けの大工だと手頃な値段でしか勝負できない。彼らは安さと速さで勝負しているので、要求される品質や方向性がまるで違うのだ。
「黙れ! 良い物を作れば高く売れる、当たり前のことではないか。つまらん言い訳をするな!」
いくら品質の良い高級品を作っても、買う人がいなければ売れない。そう何度も説明してみたが、物を売ったことがないアッカーマンにはまったく理解してもらえなかった。
◇ ◆ ◇
「あったま来たわ! アッシュ、こうなったら国王様に話してみましょう。直訴よ、直訴!」
僕と同じくクビになったレニアが言う。彼女は僕の幼なじみで『裁縫師』をやっている。柔らかな栗色の髪を三つ編みにまとめてリボンをしているが、この可愛らしいリボンも彼女のデザインである。ただ……本人は大雑把で元気な性格なのに、根気の要る繊細な作業ができるのは謎だ。
「直訴……それしかないか……」
先代の領主様は職人達の話によく耳を傾けてくれていた。視察に出ては町人達と談笑するようなお優しい御方だったが、病気で亡くなってしまったのだから、今こうして懐かしんでも仕方ない。
『――いいか、アッシュ、よく覚えておけ。短気は損気、気に入らない事があったからって、感情にまかせて当たり散らしちゃいけねえ。職人は黙って仕事で物を言え』
そう父さんが口癖のように言っていたけれど、職人をクビにされてしまっては物を作れない。材料を仕入れるのだって金がかかるのだ。
二週間後、王様に会うために馬車で王都の城に向かった僕らは、そこで信じられないものを見た。
「し、城が、プラスチックになってる!?」
「なんてことだ……」
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