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■第一章 時代の荒波

第一話 拝命

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 新素材が王都でも流行っていると聞いてはいたが、まさかここまでとは。
 しかし、見るからに安っぽい。壁の一部は湾曲し、小さなヒビも入っていて、僕は強度が心配になった。

「どうするんでい、アッシュ。これじゃあ、王様に話しても無駄足かもしれねえぜ?」

 鍛冶職人のアイゼンさんが言う。彼もアッカーマン男爵にクビにされたお抱え職人の一人だ。

「とにかく、話だけはしてみよう。謁見の許可はもらってるからね」

 僕は王城からもらった返信の手紙を見せて言った。

「そうよ。ここで引き返したら、何のために王都まで出て来たか、分からないわ」

「それもそうだな」

 だが、謁見の間に通されたのは僕一人だけだった。理由は『身分の差』だそうだが……僕もただの平民、職人の子だ。
 でも、子供の頃に作った鳳凰の置物が評判となり、国王に献上したことがある。神匠の称号を頂いたが、その縁だろう。
 
「木工職人のアッシュにございます」

 国王の御前に跪く。周りには貴族や騎士が大勢いて、僕は緊張で声が震えてしまっていた。
 
「うむ、前に会った時は子供であったが、随分と大きくなったな、神匠アッシュよ」

「は」

 玉座の隣には、僕が献上した置物が飾られていた。
 不死鳥を模した不老長寿の縁起物だ。
 
 ゼンマイ仕掛けで時折、毛繕いしたり羽ばたいたりと、生きているように見える。目が動くのは……たぶん、気のせいだろう。そんな仕掛けは入れていなかった。
 隣の国の国王から砦一つと交換で譲ってくれと頼まれたそうで、同じ物をもう一羽を献上している。

「して、話は聞いたぞ。領主アッカーマンにクビにされたそうじゃな」

「ええ。私だけはありません、他の職人達も一斉にです」

「ふむ。昔ながらの家臣を一度に追放するのは感心せぬが、アッカーマンも何か考えあっての事であろう。今はプラスチックという便利な物もできた」

「は……」

「じゃが、生きた鳥を木だけで作り上げた神匠を捨ててしまうのはあまりに惜しい。どうであろう、余の家臣となってはみないか」

 国王直属の家臣など栄誉なことだ。だけど、僕はひとつだけ、気になる事があった。

「ありがたいお言葉でございますが、陛下、それは……他の者も召し上げていただけるということでしょうか」

「いや、王の家臣ともなれば、やはりそれなりの名がなくてはな。そなた一人だけだ」

「そうですか……」

「アッシュ、何を迷っておる。陛下がありがたいご慈悲を示されたのだ。さっさと礼を言わぬか」

 宰相が急かすが、これはありがたい解決策とは言えない。僕はレニア達と一緒にやって来たのだ。
 自分だけ助かっても意味が無い。
 だから僕は腹をくくって言う。
 
「せっかくのお話ですが、辞退させていただこうかと」

「なにぃ?! この無礼者めが!」

 宰相が怒鳴ったので僕は思わず肩をすくめたが、国王が取りなしてくれた。

「まあ良いではないか。他の仲間の事が気になるというのも分からぬ話ではない。では、こうしよう。アッシュ、そなたを男爵に任じる」

「ええっ!?」

 僕が、貴族に!?
 
「仲間とともに職人の領地を作ってみるが良かろう」

「陛下、それは……アッシュにはそれだけの功績がございませぬ。他の貴族が黙っておりませぬぞ」

 宰相も少し驚いた様子で、難しい顔で言う。

「いや、他の何者もなしえぬ偉業をやってみせたのだ。この鳥ひとつで外交にも役だった。これを飾ってからと言うもの、風邪ひとつ引かずに余の体調も良くなった。それで功績としては充分であろう。ただし……領地を治め、その難しさを知るのも一興ではないか」

「なるほど、直訴するならば、領主の苦労も知れとは、深謀遠慮にございますな」

「うむ」

 直訴が貴族に対する反逆として不快に思われてしまったのだろうか。それとも国王の家臣への誘いを断ったのがまずかったか。……どちらにしても失敗した。

「そういえば、ちょうど前の領主が逃げ出したままになっている例の開拓地がございました。次の領主が決まらず、税も取れずに困っていたところです」

「うむ。では、アッシュよ、お前には北部ノースオーシャン領を与える。見事、治めてみせるのだ」

「まれに見る栄誉である。辞退は認めぬぞ?」

「はっ、ははー。ありがたき幸せ」

 さあ、とんでもないことになった。
 まさか領主を拝命するとは……しかも領地はあの『試される大地』とウワサされる場所だ。今まで何人も、領主に任命された貴族や騎士が逃げ出している曰く付きの土地――。
 
 僕は途方に暮れ、半笑いのままで城を後にした。
 
 
 ◇ ◆ ◇
 

「んもう、なんで断らなかったのよ、アッシュ。よりによって『試される大地』だなんて!」

「あの場では仕方が無かったんだよ、レニア。断れる雰囲気じゃなかったし」

 憤慨するレニアを何とかなだめつつ僕は言う。

「だが、大したもんだな、アッシュ。男爵とは大出世じゃねえか。貴族様になるなんてよ」

 鍛冶職人のアイゼンさんが笑う。彼は小柄だが、僕よりもずっと力持ちだ。

「まあ、出世は出世なんだけどね……僕はまつりごとより木彫りを作ってるほうが楽しいんだよなぁ」

「別に男爵になったからって、木彫りが作れなくなるってわけでもないでしょ。貴族なんてヒマな時間はいくらでもあるわよ、きっと。それより、就任の期限はいつなの? 後見人や騎士は? 支度金はちゃんともらってきたんでしょうね?」

 心配して矢継ぎ早に聞いてくるレニアだが、それくらいは僕も注意している。何しろすべてが初仕事だ。初仕事の準備は念入りにやって当然で、やりすぎるということは絶対にない。
 
「それは大丈夫だよ。陛下が執事と騎士を一人ずつ用意してくれている。就任の期限は特になし。支度金も十万ゴールドを頂いたから」

「うーん、結構な大金だけど、それで足りるのかしら?」

「足りるよ」

 念のため、僕の貯金五万ゴールドも持って行くつもりだ。自宅も売りに出す。
 それでも足りないようなら、何か仕事をやって稼げばいいのだ。

 職人はいつだって金を稼げるのだから。
 そう考えてみれば、何も領主のお抱えである必要もなかったのかも。

 父さんにアレを手伝えコレを手伝えと言われたときには面倒臭いと思ったこともあったけれど、今では本当に感謝している。
 
「そっか、アッシュがそう言うならきっと大丈夫ね!」

 レニアがそう言ってくれたけど、僕だって不安はたくさんある。
 でも――
 
『アッシュ、職人ってのはなぁ、一度やると決めたからには、嘘でもいいから自信を持っとけ。試して、工夫して、やってみて初めて分かることもある。作る前からダメだダメだなんて言ってる奴は半人前の素人だぜ?』

 そうだとも。父さんが言ってたじゃないか。
 僕は職人なのだから、領地だって作ってみなきゃ分からないんだ。
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