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■第一章 時代の荒波
第二話 出発の準備
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それから僕らは慌ただしく出発の準備を整えた。
新しく頂いた領地へ向かわなけれればならない。
十年前に開拓された新領地『ノースオーシャン』は王都よりもずっと北にある。ここトルキニア王国の最北端だ。道のりとしてはここから馬車で一週間ほどかかるが、道も整っておらず強いモンスターも現れると聞く。
寒さも厳しく、作物もあまり取れず、逃げ出す領民も多いそうだ。
僕は暖かい場所が好きなんだけどなぁ。
まぁ、そこは暖かい服を着たり、断熱の家にしたりすればいいかな。
断熱方法をどうしようかと、ちょっとワクワクしていると横から声をかけられた。
「アッシュ、本当にこの家の家財道具も全部、もらっていいんだね?」
部屋の家財道具を買いに来てくれた道具屋が、ひとつひとつ家具をチェックしながら言う。
「いいですよ。しばらくここには戻ってこれないし、全部運ぶというわけにも」
大事な物や、仕事道具のノミやノコギリなどはちゃんと持って行くつもりだが、荷物は最小限にしたほうがいい。運ぶのに疲れたり、モンスターから逃げ遅れたりしては領主になるどころの話ではなくなってしまう。
「大変だねぇ。そりゃあ貴族様になるほうがいいけど、なにせ、あの『試される大地』だろう?」
会う人、会う人に、『今度、貴族になります』と告げると最初はみんなビックリする。次に喜んで祝ってくれるのだが、最後にその赴任先を聞くと、一様に『ああ、可哀想に』と難しい顔になるのだ。
「ええまぁ。でも、何とかなると思います」
「だと良いが……あそこはいい話を聞かないよ。他の場所じゃダメなのかい?」
「みたいですね」
「そうか。うーん……まあ、応援くらいしかできそうにないが頑張ってくれ。さて、見積もりが終わったよ。家と家財道具一式で、五十万ゴールドだ」
「えっ、そんなに?」
「当たり前だよ。ここは本職の家で造りがとても良いし、使いやすくなっているからね。高い値段を払っても住んでみたいって人が前から何人もいたんだ。それに家具も丁寧に使ってあって、傷もほとんどない。このタンスなんて、何十年も前に先々代が作ってたはずだが、本当に物持ちがいいんだねえ」
「物を大事にしないと、ご飯抜きや、げんこつでしたからね」
僕は苦笑する。職人たるもの、モノを大事にしなければならないと子供の頃からみっちり叩き込まれたのだ。今では作る大変さからそれが大事だと分かるが、その時には分かるはずもなく、子供心に父さん達が厳しすぎると思ったものだ。
「はは、そりゃ大変だ。じゃ、今は手持ちの五万ほど渡しておこう。残りの四十五万ゴールドは、すぐには無理だから、今度お金が入ったときでいいかい?」
「ええ、それでいいですよ」
「悪いね」
「いえ、大きな売り物ですから、それは仕方ないですよ。急な話でしたし」
「そうだなあ、本当に急な話だ。しかし、この街から腕の良い木工職人がいなくなると、これからは隣街から仕入れるしかないし、残念だね」
「そう言ってもらえると。でも、木工職人なんて他にも何人かいたと思いますけど?」
「馬鹿言っちゃいけない、アッシュ、お前ほどの腕前の持ち主は何人もいやしないよ。国一番の”神匠”じゃないか」
「はは……どうも」
あくまでそれは国王から授けられた称号であって、その際には腕を競う大会みたいなこともやったけれど、父さんは参加していなかったし、一番かどうかは分からない。
『褒められることはいいことだが、職人ってのは自分が納得する仕事をしてりゃ、それでいいんだよ』
そんな感じで父さんは興味も示さない感じだったしなぁ。職人にもいろいろ個人差があるけれど、やはり大半の職人はそう思って大会には参加しなかったのだろう。参加者の数は十人程度だった。
だけど、称号を頂いたからには、神匠の名に恥じぬよう、僕も頑張らないとな。
「アッシュ様、準備のほうは整いましたでしょうか?」
などと様付けで呼んでくるこの人、名をセバスチャンという。僕がさん付けで呼んだら、セバスで良いと言われた。右も左も分からぬ新米領主である僕のために、国王が派遣して付けてくれた執事だ。すでに白髪だが、背筋はピシッと伸びていて眼光も鋭い。その目を見てすぐに分かったが、この人も職人、凄腕のプロフェッショナルだ。
「ええ、セバスさん。たった今、家の処分も終わったので……あとは出発するだけですね」
「それはよろしゅうございました。差し出がましいですが、革のマントと防寒具も一式、私の方で買い付けておきました」
「ありがとうございます。でも防寒具はレニアが持ってくると言ってたんですが……」
「いえ、こちらの冬に使うようなモノは、あちらでは秋ですら通用いたしませんので」
「そ、そうですか。寒いんですねぇ」
「寒いのです。ノースオーシャンには吹雪の精霊がいるという伝承もございまして……いえ、余計な話をいたしました。それでは馬車も用意してございますので、すぐにでも出発いたしましょう」
「分かりました」
できれば入念に事前の準備をしておきたかったのだが、セバスチャンは僕を妙に急がせた。理由を聞いても教えてくれなかったが、彼なりに何か考えがあっての事だろう。
それに領主を命じられたからにはやはり、遊んでいるわけにはいかない。
やってみて初めて分かることもあるし、何より、現場は自分の目で確かめておかなければ。
『いいか、アッシュ、家を建てるなら、まず現地を見ろ。返事をするのはそれからだ。見ずに判断するのは馬鹿のやることだ。自分の目で見てみなきゃ、絶対に分からねぇ事もあるからな』
父さんも口を酸っぱくして言っていたが、そう、まずは現地を見に行かなくてはならないのだ。
別に家を建てるためにノースオーシャンに向かうわけではないが、領地経営は意外と家づくりに似ているかもしれないと思う。見て、計画し、その通りに領地を建てるのだ。
「ところで、セバスさん、騎士の、ええと、ギルさんは?」
「は、それが……」
老執事は困ったように、言い淀んだ。
国王が付けてくれたもう一人の人物、騎士ギルの顔を僕はまだ見ていない。
僕は何だか嫌な予感がした。
新しく頂いた領地へ向かわなけれればならない。
十年前に開拓された新領地『ノースオーシャン』は王都よりもずっと北にある。ここトルキニア王国の最北端だ。道のりとしてはここから馬車で一週間ほどかかるが、道も整っておらず強いモンスターも現れると聞く。
寒さも厳しく、作物もあまり取れず、逃げ出す領民も多いそうだ。
僕は暖かい場所が好きなんだけどなぁ。
まぁ、そこは暖かい服を着たり、断熱の家にしたりすればいいかな。
断熱方法をどうしようかと、ちょっとワクワクしていると横から声をかけられた。
「アッシュ、本当にこの家の家財道具も全部、もらっていいんだね?」
部屋の家財道具を買いに来てくれた道具屋が、ひとつひとつ家具をチェックしながら言う。
「いいですよ。しばらくここには戻ってこれないし、全部運ぶというわけにも」
大事な物や、仕事道具のノミやノコギリなどはちゃんと持って行くつもりだが、荷物は最小限にしたほうがいい。運ぶのに疲れたり、モンスターから逃げ遅れたりしては領主になるどころの話ではなくなってしまう。
「大変だねぇ。そりゃあ貴族様になるほうがいいけど、なにせ、あの『試される大地』だろう?」
会う人、会う人に、『今度、貴族になります』と告げると最初はみんなビックリする。次に喜んで祝ってくれるのだが、最後にその赴任先を聞くと、一様に『ああ、可哀想に』と難しい顔になるのだ。
「ええまぁ。でも、何とかなると思います」
「だと良いが……あそこはいい話を聞かないよ。他の場所じゃダメなのかい?」
「みたいですね」
「そうか。うーん……まあ、応援くらいしかできそうにないが頑張ってくれ。さて、見積もりが終わったよ。家と家財道具一式で、五十万ゴールドだ」
「えっ、そんなに?」
「当たり前だよ。ここは本職の家で造りがとても良いし、使いやすくなっているからね。高い値段を払っても住んでみたいって人が前から何人もいたんだ。それに家具も丁寧に使ってあって、傷もほとんどない。このタンスなんて、何十年も前に先々代が作ってたはずだが、本当に物持ちがいいんだねえ」
「物を大事にしないと、ご飯抜きや、げんこつでしたからね」
僕は苦笑する。職人たるもの、モノを大事にしなければならないと子供の頃からみっちり叩き込まれたのだ。今では作る大変さからそれが大事だと分かるが、その時には分かるはずもなく、子供心に父さん達が厳しすぎると思ったものだ。
「はは、そりゃ大変だ。じゃ、今は手持ちの五万ほど渡しておこう。残りの四十五万ゴールドは、すぐには無理だから、今度お金が入ったときでいいかい?」
「ええ、それでいいですよ」
「悪いね」
「いえ、大きな売り物ですから、それは仕方ないですよ。急な話でしたし」
「そうだなあ、本当に急な話だ。しかし、この街から腕の良い木工職人がいなくなると、これからは隣街から仕入れるしかないし、残念だね」
「そう言ってもらえると。でも、木工職人なんて他にも何人かいたと思いますけど?」
「馬鹿言っちゃいけない、アッシュ、お前ほどの腕前の持ち主は何人もいやしないよ。国一番の”神匠”じゃないか」
「はは……どうも」
あくまでそれは国王から授けられた称号であって、その際には腕を競う大会みたいなこともやったけれど、父さんは参加していなかったし、一番かどうかは分からない。
『褒められることはいいことだが、職人ってのは自分が納得する仕事をしてりゃ、それでいいんだよ』
そんな感じで父さんは興味も示さない感じだったしなぁ。職人にもいろいろ個人差があるけれど、やはり大半の職人はそう思って大会には参加しなかったのだろう。参加者の数は十人程度だった。
だけど、称号を頂いたからには、神匠の名に恥じぬよう、僕も頑張らないとな。
「アッシュ様、準備のほうは整いましたでしょうか?」
などと様付けで呼んでくるこの人、名をセバスチャンという。僕がさん付けで呼んだら、セバスで良いと言われた。右も左も分からぬ新米領主である僕のために、国王が派遣して付けてくれた執事だ。すでに白髪だが、背筋はピシッと伸びていて眼光も鋭い。その目を見てすぐに分かったが、この人も職人、凄腕のプロフェッショナルだ。
「ええ、セバスさん。たった今、家の処分も終わったので……あとは出発するだけですね」
「それはよろしゅうございました。差し出がましいですが、革のマントと防寒具も一式、私の方で買い付けておきました」
「ありがとうございます。でも防寒具はレニアが持ってくると言ってたんですが……」
「いえ、こちらの冬に使うようなモノは、あちらでは秋ですら通用いたしませんので」
「そ、そうですか。寒いんですねぇ」
「寒いのです。ノースオーシャンには吹雪の精霊がいるという伝承もございまして……いえ、余計な話をいたしました。それでは馬車も用意してございますので、すぐにでも出発いたしましょう」
「分かりました」
できれば入念に事前の準備をしておきたかったのだが、セバスチャンは僕を妙に急がせた。理由を聞いても教えてくれなかったが、彼なりに何か考えがあっての事だろう。
それに領主を命じられたからにはやはり、遊んでいるわけにはいかない。
やってみて初めて分かることもあるし、何より、現場は自分の目で確かめておかなければ。
『いいか、アッシュ、家を建てるなら、まず現地を見ろ。返事をするのはそれからだ。見ずに判断するのは馬鹿のやることだ。自分の目で見てみなきゃ、絶対に分からねぇ事もあるからな』
父さんも口を酸っぱくして言っていたが、そう、まずは現地を見に行かなくてはならないのだ。
別に家を建てるためにノースオーシャンに向かうわけではないが、領地経営は意外と家づくりに似ているかもしれないと思う。見て、計画し、その通りに領地を建てるのだ。
「ところで、セバスさん、騎士の、ええと、ギルさんは?」
「は、それが……」
老執事は困ったように、言い淀んだ。
国王が付けてくれたもう一人の人物、騎士ギルの顔を僕はまだ見ていない。
僕は何だか嫌な予感がした。
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