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■第二章 試される大地
第二話 ムーンベア襲来
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「こ、これは……たった二時間で、こんなに柵を造ったのか!」
館から出て来た村長のバドが、僕らの造りあげた柵を見て驚く。
「えぇまぁ、簡素なものですからね。ゆくゆくはきちんとした石造りの塀にしたいと思います」
「城壁だと! いやいや、王都でもあれは何代もかかって造りあげたと聞くぞ」
「ゴーレムを使えば、それほど時間はかからないと思いますよ。ただ、良い石材が必要になるのでそれを探すか、王都から輸送しないといけませんが」
「ううむ、しかし、輸送など護衛をいくら付けたとしても、無理だ。何せここにはムーンベアという化け物が……」
バドがそこまで言ったところで、森から口笛が聞こえた。
「いかんっ! あれは襲撃の報せだ。全員、作業を中止して館に入れ!」
おそらくバドの部下が周囲を常時警戒していたのだろう。
「分かりました。みんな! 早く中へ! モンスターだ!」
襲撃がもう少し後ならば、柵をぐるりと村の周囲に張り巡らせて完成させられたのだが、仕方がない。
「GUOoOOOOOO――――!」
一度聞いたら忘れられない、あの大地を震わせる咆哮が森から聞こえてきた。
「急げっ!」「館に入るんだ!」
外で作業していた全員が慌てて戻ってくる。
「アッシュ! あの声、きっとムーンベアよ! 早くウッドゴーレムを!」
走ってきたレニアが叫ぶ。
「ああ。だが、少し待ってくれ。柵があいつらに有効かどうかを確かめたい」
「それはいいけど、壊されちゃったら、意味ないわよ」
「大丈夫、意味はあるよ。壊されたらもっと強度の高いものを作るか、別の方法を考えるからね」
僕らはすでに一度、ムーンベアと戦ってその強さを知っている。
だが、何事も実験だ。
安全は予想だけではダメで、実証されなくてはならない。職人は自分の信頼できる材料しか使わないのだ。
館に入った僕らは二階ののぞき窓から外の様子を窺った。
「見ろ、木が倒されたぞ!」
「やっぱり力が凄いな」
皆が口々に驚きの声を上げるが、確かに凄いモンスターだ。
「あっ、向こうにもいる!」「こっちもいるぞ!」
ムーンベアが3体もいた。
「むう、群れで来たか……」
バドが唸ったが、驚いてはいない様子。ムーンベアが群れるのはそれほど珍しくないのだろう。
「大丈夫よ、村長さん。”神匠”のアッシュが造った柵だもの。どんなことがあっても突破なんてされないわ」
レニアが自慢げに笑顔で言ったが、そんなことはないから。
ただし、あの大きさで3体程度ならば――僕にも自信があった。
「いや、木造のあんな薄い柵では……」
バドが胡散臭そうに言うが、木の強度は石とは違い、厚みだけで決まるものではない。
ドォン! と最初の一体が勢いよく柵に体当たりをやってきた。
こんなことなら杭を水平に外に向けて設置し、体当たりを妨害するものを作っておくべきだったな。だが、それもこうして見て初めて分かることだ。
「ほう、あれを防いだか。ムーンベアの突進は岩をも砕く力があるというのに」
「木はしなりますからね。たわんで衝撃を緩めることができる分、破れにくいです」
「だが、おい、そこのギルとやら、戦闘の準備はしておけよ。奴らは頭が良い。そのままぶつかってダメなら、すぐに別の方法を試してくるぞ」
「はい、いつでも出られます」
ギルが僕の指示を待ったが、僕はまだ首を横に小さく振ってその時ではないと合図しておく。
「ああ、見て、奴ら引っ張ってるわ」
今度は柵にしがみついて、かじったり引っ張ろうとしている。
板を引っ張るのは平らでつかみにくいので問題なさそうだ。だが、かじる方はあとで対策が必要だな。
「GUA!」
だが、ムーンベア達はせっかちなのか、すこしかじって柱を削ったところで、さらに別の方法に移ってしまった。
「あっ、上を跳び越えようとしてる!」
3体ともいったん下がって助走を付けて走り込んできた。
柵の高さは2メートル。
一方、ムーンベアは全長5メートルの巨体だというのに、その脚力たるや、驚くべきものがあった。
「跳んだ!」
「ダメだ、越えてくるぞッ!」
「うっ、そんな……」
黒い巨体が柵の真上に達した瞬間、誰もが柵を跳び越えたと思ったに違いない。
――仕掛けを知る僕を除いて。
「「「GYU!?」」」
柵の真上で動きを止められたムーンベア3体が、自分達の体に起きたことに驚きの声をあげた。
「な、なんだ、これは。柵の下から槍が?」
「ええ、跳び越えの対策はすでにしてあります。名付けて【熊返し】」
僕は笑顔で言う。
「さすがアッシュね!」
「ぬぅ……誰か、あそこに槍使いを配置していたのか?」
「いいえ、あの罠は無人です。察知から動作まで全自動で動きますよ。僕は自律型のフルオートが大好きですからね。だって、いちいち人の手を借りないとダメなものは、人が油断すると上手くいかないじゃないですか。そういう不安定な要素は極力排除して『人にいつも優しい建築物』が僕の理想なんです。うちの領地は人手も足りませんし」
「なるほど……い、いや、しかし仕組みは?」
「魔石を動力と起動トリガーに一組2個ずつ使っています。片方の魔石は一定以上の魔力に反応するセンサーの役割ですね。だから、人間が飛び越えようとしても戦闘力の低い者には反応しない安全設計です。そこに、ビッグカラムシという植物を何本も縒り合わせたものを人工の筋肉としてバネに使い、その動力で杭を真上に打ち出します。反応速度はコンマ008秒、打ち出し速度は秒速11.2キロです。まあ、ムーンベア程度ならこの仕掛けで充分でしょう」
「ふむ、なるほど」
「おお、分かるんですか!」
今は亡き祖父以外にこうした秒速の概念が分かる人がいないので、僕は良き理解者を見つけたと喜んだが。
「いや、オレにはさっぱり話が分からんということが、分かったという話だ」
「なぁんだ……」
「ふふ、アッシュってホント、どうでもいい小難しいことが好きだものね。誰も分かんないわよ」
「そうだな、急に木工のことになると饒舌になって意味不明なことをウキウキと延々と話すからな。誰も分かんねえのに」
レニアとアイゼンさんが悲しいことを言う。
いいんだ。領主になってこのノースオーシャンを成功させれば、弟子もウワサを聞きつけてたくさんやってくるに違いない。そうすれば、話の分かる良き理解者もできるはずだ。
「さあ、柵を完成させよう! それとアイゼンさん、支柱の冠に『笠木』のようなものをはめたいので、鉄で作ってもらえますか」
笠木とは傘の役割を果たす、本来は雨よけのものであるが、ムーンベア対策として支柱を壊されないようにしたい。
「おう、いいぜ。擬宝珠だな」
橋の欄干の頭に被せたりするが、そっちのほうが分かりやすかったか。まあいい。
「トゲも付けて、ムーンベアがかじりたくならないようなものにしてください」
「分かった。応急措置として、適当に金板を支柱に冠になるように打ち付けておこう。トゲ付きでな。高炉が使えるようになったら、鍛造でムーンベアがかじってもちょっとやそっとじゃ壊れねえ本格的なのを作るとするか」
「ついでにアタイがそれに辛子と苦虫を塗って、味と臭いで噛みつきたくなくなるようにしておいてやるさ」
「そうですね。マチルダさんも、よろしくお願いします」
「ふむ、これが”神匠”か……これは敵わぬ」
「え? 何か言いましたか、バドさん」
「いいや。オレも手伝おう。柵を完成させるぞ」
「はい!」
出だしは順調だ。
館から出て来た村長のバドが、僕らの造りあげた柵を見て驚く。
「えぇまぁ、簡素なものですからね。ゆくゆくはきちんとした石造りの塀にしたいと思います」
「城壁だと! いやいや、王都でもあれは何代もかかって造りあげたと聞くぞ」
「ゴーレムを使えば、それほど時間はかからないと思いますよ。ただ、良い石材が必要になるのでそれを探すか、王都から輸送しないといけませんが」
「ううむ、しかし、輸送など護衛をいくら付けたとしても、無理だ。何せここにはムーンベアという化け物が……」
バドがそこまで言ったところで、森から口笛が聞こえた。
「いかんっ! あれは襲撃の報せだ。全員、作業を中止して館に入れ!」
おそらくバドの部下が周囲を常時警戒していたのだろう。
「分かりました。みんな! 早く中へ! モンスターだ!」
襲撃がもう少し後ならば、柵をぐるりと村の周囲に張り巡らせて完成させられたのだが、仕方がない。
「GUOoOOOOOO――――!」
一度聞いたら忘れられない、あの大地を震わせる咆哮が森から聞こえてきた。
「急げっ!」「館に入るんだ!」
外で作業していた全員が慌てて戻ってくる。
「アッシュ! あの声、きっとムーンベアよ! 早くウッドゴーレムを!」
走ってきたレニアが叫ぶ。
「ああ。だが、少し待ってくれ。柵があいつらに有効かどうかを確かめたい」
「それはいいけど、壊されちゃったら、意味ないわよ」
「大丈夫、意味はあるよ。壊されたらもっと強度の高いものを作るか、別の方法を考えるからね」
僕らはすでに一度、ムーンベアと戦ってその強さを知っている。
だが、何事も実験だ。
安全は予想だけではダメで、実証されなくてはならない。職人は自分の信頼できる材料しか使わないのだ。
館に入った僕らは二階ののぞき窓から外の様子を窺った。
「見ろ、木が倒されたぞ!」
「やっぱり力が凄いな」
皆が口々に驚きの声を上げるが、確かに凄いモンスターだ。
「あっ、向こうにもいる!」「こっちもいるぞ!」
ムーンベアが3体もいた。
「むう、群れで来たか……」
バドが唸ったが、驚いてはいない様子。ムーンベアが群れるのはそれほど珍しくないのだろう。
「大丈夫よ、村長さん。”神匠”のアッシュが造った柵だもの。どんなことがあっても突破なんてされないわ」
レニアが自慢げに笑顔で言ったが、そんなことはないから。
ただし、あの大きさで3体程度ならば――僕にも自信があった。
「いや、木造のあんな薄い柵では……」
バドが胡散臭そうに言うが、木の強度は石とは違い、厚みだけで決まるものではない。
ドォン! と最初の一体が勢いよく柵に体当たりをやってきた。
こんなことなら杭を水平に外に向けて設置し、体当たりを妨害するものを作っておくべきだったな。だが、それもこうして見て初めて分かることだ。
「ほう、あれを防いだか。ムーンベアの突進は岩をも砕く力があるというのに」
「木はしなりますからね。たわんで衝撃を緩めることができる分、破れにくいです」
「だが、おい、そこのギルとやら、戦闘の準備はしておけよ。奴らは頭が良い。そのままぶつかってダメなら、すぐに別の方法を試してくるぞ」
「はい、いつでも出られます」
ギルが僕の指示を待ったが、僕はまだ首を横に小さく振ってその時ではないと合図しておく。
「ああ、見て、奴ら引っ張ってるわ」
今度は柵にしがみついて、かじったり引っ張ろうとしている。
板を引っ張るのは平らでつかみにくいので問題なさそうだ。だが、かじる方はあとで対策が必要だな。
「GUA!」
だが、ムーンベア達はせっかちなのか、すこしかじって柱を削ったところで、さらに別の方法に移ってしまった。
「あっ、上を跳び越えようとしてる!」
3体ともいったん下がって助走を付けて走り込んできた。
柵の高さは2メートル。
一方、ムーンベアは全長5メートルの巨体だというのに、その脚力たるや、驚くべきものがあった。
「跳んだ!」
「ダメだ、越えてくるぞッ!」
「うっ、そんな……」
黒い巨体が柵の真上に達した瞬間、誰もが柵を跳び越えたと思ったに違いない。
――仕掛けを知る僕を除いて。
「「「GYU!?」」」
柵の真上で動きを止められたムーンベア3体が、自分達の体に起きたことに驚きの声をあげた。
「な、なんだ、これは。柵の下から槍が?」
「ええ、跳び越えの対策はすでにしてあります。名付けて【熊返し】」
僕は笑顔で言う。
「さすがアッシュね!」
「ぬぅ……誰か、あそこに槍使いを配置していたのか?」
「いいえ、あの罠は無人です。察知から動作まで全自動で動きますよ。僕は自律型のフルオートが大好きですからね。だって、いちいち人の手を借りないとダメなものは、人が油断すると上手くいかないじゃないですか。そういう不安定な要素は極力排除して『人にいつも優しい建築物』が僕の理想なんです。うちの領地は人手も足りませんし」
「なるほど……い、いや、しかし仕組みは?」
「魔石を動力と起動トリガーに一組2個ずつ使っています。片方の魔石は一定以上の魔力に反応するセンサーの役割ですね。だから、人間が飛び越えようとしても戦闘力の低い者には反応しない安全設計です。そこに、ビッグカラムシという植物を何本も縒り合わせたものを人工の筋肉としてバネに使い、その動力で杭を真上に打ち出します。反応速度はコンマ008秒、打ち出し速度は秒速11.2キロです。まあ、ムーンベア程度ならこの仕掛けで充分でしょう」
「ふむ、なるほど」
「おお、分かるんですか!」
今は亡き祖父以外にこうした秒速の概念が分かる人がいないので、僕は良き理解者を見つけたと喜んだが。
「いや、オレにはさっぱり話が分からんということが、分かったという話だ」
「なぁんだ……」
「ふふ、アッシュってホント、どうでもいい小難しいことが好きだものね。誰も分かんないわよ」
「そうだな、急に木工のことになると饒舌になって意味不明なことをウキウキと延々と話すからな。誰も分かんねえのに」
レニアとアイゼンさんが悲しいことを言う。
いいんだ。領主になってこのノースオーシャンを成功させれば、弟子もウワサを聞きつけてたくさんやってくるに違いない。そうすれば、話の分かる良き理解者もできるはずだ。
「さあ、柵を完成させよう! それとアイゼンさん、支柱の冠に『笠木』のようなものをはめたいので、鉄で作ってもらえますか」
笠木とは傘の役割を果たす、本来は雨よけのものであるが、ムーンベア対策として支柱を壊されないようにしたい。
「おう、いいぜ。擬宝珠だな」
橋の欄干の頭に被せたりするが、そっちのほうが分かりやすかったか。まあいい。
「トゲも付けて、ムーンベアがかじりたくならないようなものにしてください」
「分かった。応急措置として、適当に金板を支柱に冠になるように打ち付けておこう。トゲ付きでな。高炉が使えるようになったら、鍛造でムーンベアがかじってもちょっとやそっとじゃ壊れねえ本格的なのを作るとするか」
「ついでにアタイがそれに辛子と苦虫を塗って、味と臭いで噛みつきたくなくなるようにしておいてやるさ」
「そうですね。マチルダさんも、よろしくお願いします」
「ふむ、これが”神匠”か……これは敵わぬ」
「え? 何か言いましたか、バドさん」
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「はい!」
出だしは順調だ。
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