13 / 29
■第二章 試される大地
第四話 家造り――床下断熱
しおりを挟む
翌朝、僕は興奮してろくに寝ていなかったけれど、村長の家――レンガ造りの大きな赤い館だ――から外に出た。
「ううっ、寒っ!」
雪でも首に突っ込まれたのかと思うほど、冷たく凍った風が懐に入り込んでくる。僕はガチガチと歯を噛み合わせながら身震いした。
村長の家の中に戻りたくなったけれど、建築予定の家が気になって仕方ないのだ。
なので僕は両肩をさすりながら、薄暗い中で一つ一つ現場を確認する。
まだどれも家は土台だけで柱も何も立っていない。
だけど、僕の頭の中には完成形の家の想像図ありありと浮かんでいた。
断熱の家――。
とにかく、まだ秋だというのにこの寒さだ。この冷気に対抗できる家でなくては、みんなが凍え死んでしまう。凍死なんて絶対にさせるものか。
領民を守るのが領主の務めなのだから。
「まずは床下の通風口から工夫しなくっちゃ。そのまま風を通していてはダメだ。かといって完全に塞いで密閉してしまっても、内側が温度差で結露してしまうだろうし……」
結露とは、壁に水の滴ができることをいう。
それができてしまうと、家はとたんに脆くなってしまう。
他にも、染みになって見栄えが悪くなるし、カビが生えれば病気のもとだ。
結露させないためにはどうしても風通しを良くする必要があった。
何か、風は通すが、温度は通さない――そんな工夫がないものか。
考えろ。
そんなのはできっこないと常識が言っていたとしても、方法は必ずある。
あると信じろ。
祖父も言っていた。
『アッシュ、できないと思ったらそこで負けじゃ。すぐに思いつかなくたっていいんじゃよ。”石の上にも三年”ということわざがある。石の上は最初は冷たくとも、じっと待っていればだんだん温まるじゃろう?』
だけど、さすがに三年も待ってられないよ、じっちゃん。
村長の家は断熱があまりよくなく、みんなも震えながら昨日は集まって寝ていたし……
「あっ、そうか! 外の冷気を通さないためには、密閉じゃない。空気を温めてから通せばいいんだ!」
ひらめいた。
思いついてみれば、なんのことはない、簡単な話。
もちろん、外に暖炉を造るとか、魔法に頼るなんてのは無しだ。
すべて自律型の全自動、それが僕の理想なのだから。
『アッシュ、エンジンはいいぞぉ』
祖父が目を細めて言っていた”エンジン”という動力源。
燃料さえあれば勝手に動き、魔力も必要としない素晴らしいモノ、らしい。
僕は一度も現物を見たことがないので、いつかは造ってみたいと思っている。
そのエンジンを冷却する装置があり、名を『ラジエーター』という。
細い何本もの管に水を通す事によって、エンジンの『熱』を伝わりやすくしたもの、だそうだ。
それと似たような物を家の床下に造ってやれば――『熱』を――温度を操れる。
いける!
僕はその場の石の上に座り込むと、一心不乱に木をノミで削り始めた。
「おはよう、アッシュ! 早いわね。何を造ってるの?」
「『全熱交換器』、かな? 床下の通風口にこれをはめ込んで、風は通すけど、熱を通さない装置を作るんだ」
「は? いやいや、そんなのできっこないでしょ。この冷たい風の通り道を塞がなくちゃ、意味ないわ。だから通風口なんていらないって」
「いや、レニア、それだと内側に結露ができて、カビたり柱が腐るから」
家だって、木だって、人間だって、新鮮な空気を入れないと、病気になる。
木は、柱や板になっても生きているのだ。
「ああ、そんな話も昨日してたわね。うーん……」
「大丈夫、もうアイディアはできてる。ほら、こうやって細い管のようにして何本も空気の通り道を造るでしょ?」
僕は管が何本も集まって蜂の巣のようになっている木の装置を見せた。
「うん、相変わらず器用ねえ……」
「レニアだって器用じゃないか。こうしてさ、入口と出口の間を長くした管を隣り合わせに平行に重ねていって、温度が周りに伝わりやすくしておけば、風が中を通り終わる頃には空気も温まっている寸法さ」
(横から見た図)
――――――――――
暖かい空気 →
――――――――――
← 冷たい空気
――――――――――
暖かい空気 →
――――――――――
← 冷たい空気
――――――――――
「な、なるほど……でも、本当かなあ?」
「やってみないとね。さて、できた! レニア、僕がこちらから息を吹き込むから、温かいかどうか、そっちで確かめてみて」
「いいわよ?」
「じゃ、行くよ……フー!」
僕はパイプになっている入口に息を思い切り吹き込む。たくさんの管に枝分かれしていたので、思ったほど力を入れなくても空気を送り込めた。
「あっ、つ、冷たいんだけど!」
「よし、じゃあ、成功だ」
「ええ? いいの? 冷たい風が出てきたらマズいと思うけど……」
「いいんだ。熱がきちんと入れ替わって遮断できてるからね。その証拠に――今度は逆にして、もう一度やってみるよ?」
「うん」
もう一度反対側から息を吹き込む。すると――
「あっ、今度は温かい!」
そう。ラジエーターのように枝分かれした管が、隣の管に熱を伝えてその空気を温めていたせいだ。
『全熱交換器』、完成!
「ううっ、寒っ!」
雪でも首に突っ込まれたのかと思うほど、冷たく凍った風が懐に入り込んでくる。僕はガチガチと歯を噛み合わせながら身震いした。
村長の家の中に戻りたくなったけれど、建築予定の家が気になって仕方ないのだ。
なので僕は両肩をさすりながら、薄暗い中で一つ一つ現場を確認する。
まだどれも家は土台だけで柱も何も立っていない。
だけど、僕の頭の中には完成形の家の想像図ありありと浮かんでいた。
断熱の家――。
とにかく、まだ秋だというのにこの寒さだ。この冷気に対抗できる家でなくては、みんなが凍え死んでしまう。凍死なんて絶対にさせるものか。
領民を守るのが領主の務めなのだから。
「まずは床下の通風口から工夫しなくっちゃ。そのまま風を通していてはダメだ。かといって完全に塞いで密閉してしまっても、内側が温度差で結露してしまうだろうし……」
結露とは、壁に水の滴ができることをいう。
それができてしまうと、家はとたんに脆くなってしまう。
他にも、染みになって見栄えが悪くなるし、カビが生えれば病気のもとだ。
結露させないためにはどうしても風通しを良くする必要があった。
何か、風は通すが、温度は通さない――そんな工夫がないものか。
考えろ。
そんなのはできっこないと常識が言っていたとしても、方法は必ずある。
あると信じろ。
祖父も言っていた。
『アッシュ、できないと思ったらそこで負けじゃ。すぐに思いつかなくたっていいんじゃよ。”石の上にも三年”ということわざがある。石の上は最初は冷たくとも、じっと待っていればだんだん温まるじゃろう?』
だけど、さすがに三年も待ってられないよ、じっちゃん。
村長の家は断熱があまりよくなく、みんなも震えながら昨日は集まって寝ていたし……
「あっ、そうか! 外の冷気を通さないためには、密閉じゃない。空気を温めてから通せばいいんだ!」
ひらめいた。
思いついてみれば、なんのことはない、簡単な話。
もちろん、外に暖炉を造るとか、魔法に頼るなんてのは無しだ。
すべて自律型の全自動、それが僕の理想なのだから。
『アッシュ、エンジンはいいぞぉ』
祖父が目を細めて言っていた”エンジン”という動力源。
燃料さえあれば勝手に動き、魔力も必要としない素晴らしいモノ、らしい。
僕は一度も現物を見たことがないので、いつかは造ってみたいと思っている。
そのエンジンを冷却する装置があり、名を『ラジエーター』という。
細い何本もの管に水を通す事によって、エンジンの『熱』を伝わりやすくしたもの、だそうだ。
それと似たような物を家の床下に造ってやれば――『熱』を――温度を操れる。
いける!
僕はその場の石の上に座り込むと、一心不乱に木をノミで削り始めた。
「おはよう、アッシュ! 早いわね。何を造ってるの?」
「『全熱交換器』、かな? 床下の通風口にこれをはめ込んで、風は通すけど、熱を通さない装置を作るんだ」
「は? いやいや、そんなのできっこないでしょ。この冷たい風の通り道を塞がなくちゃ、意味ないわ。だから通風口なんていらないって」
「いや、レニア、それだと内側に結露ができて、カビたり柱が腐るから」
家だって、木だって、人間だって、新鮮な空気を入れないと、病気になる。
木は、柱や板になっても生きているのだ。
「ああ、そんな話も昨日してたわね。うーん……」
「大丈夫、もうアイディアはできてる。ほら、こうやって細い管のようにして何本も空気の通り道を造るでしょ?」
僕は管が何本も集まって蜂の巣のようになっている木の装置を見せた。
「うん、相変わらず器用ねえ……」
「レニアだって器用じゃないか。こうしてさ、入口と出口の間を長くした管を隣り合わせに平行に重ねていって、温度が周りに伝わりやすくしておけば、風が中を通り終わる頃には空気も温まっている寸法さ」
(横から見た図)
――――――――――
暖かい空気 →
――――――――――
← 冷たい空気
――――――――――
暖かい空気 →
――――――――――
← 冷たい空気
――――――――――
「な、なるほど……でも、本当かなあ?」
「やってみないとね。さて、できた! レニア、僕がこちらから息を吹き込むから、温かいかどうか、そっちで確かめてみて」
「いいわよ?」
「じゃ、行くよ……フー!」
僕はパイプになっている入口に息を思い切り吹き込む。たくさんの管に枝分かれしていたので、思ったほど力を入れなくても空気を送り込めた。
「あっ、つ、冷たいんだけど!」
「よし、じゃあ、成功だ」
「ええ? いいの? 冷たい風が出てきたらマズいと思うけど……」
「いいんだ。熱がきちんと入れ替わって遮断できてるからね。その証拠に――今度は逆にして、もう一度やってみるよ?」
「うん」
もう一度反対側から息を吹き込む。すると――
「あっ、今度は温かい!」
そう。ラジエーターのように枝分かれした管が、隣の管に熱を伝えてその空気を温めていたせいだ。
『全熱交換器』、完成!
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!
黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。
「あれ?なんか身体が軽いな」
その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。
これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!
異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。
あんど もあ
ファンタジー
好きな人と結婚して初めてのクリスマスに事故で亡くなった私。異世界に転生したけど、どうせ死ぬなら幸せになんてなりたくない。そう思って生きてきたのだけど……。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる