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■第二章 試される大地
第五話 家造り――外張り断熱
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床下は完成した。
次は、柱と壁だ。
柱と板は僕がこの地で厳選したヒノキを使う。
ヒノキは切り出したあとの伸び縮みが少なく、木材の中でも丈夫な種類で、湿気や虫食いにも強い。
何より、良い香り。それに色合いが素晴らしく、僕が一番好きな木だ。
木に刻まれた成長の証――年輪の緩やかなうねりを見ていると、生命の力強さや悠久の時間を感じずにはいられない。年輪は文字通り木の年齢を示すもので、年輪が多いほど長く生きている木ということ。
これは夏と冬で木の育つスピードが違うため、自然に痕跡が残るのだ。
その年輪の中心部を『心材』と呼ぶが、木の芯だけあって、硬くて周辺部よりも強い。
これを柱として使う。
「ああ、この切り出したばかりの木の匂い……スーハー。んん~」
「ちょっとアッシュ! 柱に抱きついてないで、さっさと次の指示を出してよ! 日が暮れちゃうわよ」
「ああ、ごめんごめん、レニア。じゃ、基礎――石の土台だね。それに短い柱『床束』を建てていこう。木は切った面に、樹脂を塗っておくのを忘れないでくれ」
「この樹脂は、虫除けと防腐剤だったわね?」
「ああ。人間の体には良くないから、刷毛から散ったり飛ばないように、ゆっくりね」
「分かった」
『床束』と床下の通風口には、ヒノキではなく年季の入ったジヅカという木を使う。この木はなぜかネズミが食わない。きっとネズミにとっては美味しくない味なのだろう。
土台の上に短い『床束』を縦軸に置き、その上には『大引』という横軸の長い柱を置く。これが床板を支えるものとなる。
(横の断面図)
| |
| 管 |
| 柱 |
――――――――――
大引(柱)
――――――――――
| 床 |
| 束 |
――――――
| 土台(石) |
柱と柱は凸凹に削って『ほぞ継ぎ』方式で噛み合わせ、さらにその中に木の『くさび』を打ち込んで固定するので、釘は使わない。
鉄の釘は錆びたり木材を弱くするので、なるべく使わないほうがいいのだ。
次に普段僕らが目にする縦の柱を立てる。『管柱』と言うが、中央の大事な部分には『大極柱』という一番太い柱を立てる。
縦軸の次はXの文字のように斜めに『筋交い』という細めの柱を補強としていれる。
そこからようやく壁になる板を外と内側から釘で打ち付けていく。
さらに、ノースオーシャン領の特別仕様として、近くで見つけた軽石と樹脂を塗った木くずを交ぜて壁の内側に入れ込んでおく。
軽石は表面に小さな穴がたくさん開いていて、水に浮く程の軽さだ。中に気泡がたくさんあるため、温度が伝わりにくく断熱材として使えるのだ。
板と板の間は風がそのまま通り抜けないよう、隙間にモルタルも塗り込んだ。
縦軸の『管柱』も外から隠すように板を打ち付けていく。
こうしておけば、柱が冷えにくく、建物を支える重要な柱が結露することも防ぐことができる。
「ねえ、アッシュ、家の間取りなんだけど、もっと広い家にしましょうよ。なんか狭くない、この家?」
レニアが提案するが、僕は首を横に振った。
「いや、間取りは狭くする。天井も低めにしておかないと、寒いよ?」
「ああ、そっか……広いと暖が難しいのね」
「うん」
兼好法師曰く『天井の高きは、冬寒く、燈暗し』だそうだ。
兼好法師が誰かは知らないけど。
「ま、土台だけ見ると狭く見えるかもしれないけど、壁も造って、全部建てたら広さはちょうど良くなるよ」
「だといいけど」
あとは収納で解決だ。家の広さは収納で決まる。
二階部分も一階と同じように造っていると、熊――の毛皮を着た村長が見回りにやってきた。
「ああ、バドさん」
「おい、この家はダメだ」
彼が僕らの家を見るなり言う。
「ちょっと! アッシュとアタシ達がちゃんと考えて造ってるのに、いきなり何を言い出すのよ。こっちは”神匠”なのよ、それを素人が――」
「まあまあ、レニア、待って。理由を聞いてみよう。それはなぜですか、バドさん」
「この地はお前達が思っている以上に雪が高く積もる。家の一階なんぞ、あっという間に埋まるぞ」
「えっ、そんなに降るの!?」
「なるほど……」
やはり現地にいる人間の情報は大事だ。
「よし、なら、二階にも入口を作ろう。これで大丈夫ですね?」
「ああ」
そういえばレンガ造りの館も二階に入口のような扉が設置されていた。
僕は最初、あそこから大型の投擲兵器でも出し入れするのかと誤解していたが、人の出入り口だったようだ。
雪対策として、屋根の傾斜も鋭くしておく。
こうすれば、雪が屋根の上に積もっても勝手に滑り落ちるだろう。そんなに積もるなら、雪の重さで家が潰れないようにしておかねばならなかった。
扉や木窓も断熱を考え、中を蜂の巣のようにくりぬくハニカム構造とした。ウッドゴーレムに空気を吸い出させて栓をし、内部に無数の真空部屋を作ることで冷気の伝わりを防ぐのだ。
ムーンベアは外の柵で防いでやれば、強度の心配はさほどいらないだろう。
窓は下から上への開き戸とし、開けっぱなしでも雪が入りにくい構造にした。
さらに動物の毛皮を扉の端に貼り付けて、隙間から風が入らないよう工夫する。
これも『外張り断熱』の考え方だ。
そして――職人総出で突貫工事をやり、十日で十棟が完成した。
ウッドゴーレムがいなければ、さすがにこんな短期間での工期は難しかっただろう。
「さあ、バドさん、入ってください」
僕は完成した新しい家に、村長を招き入れた。
次は、柱と壁だ。
柱と板は僕がこの地で厳選したヒノキを使う。
ヒノキは切り出したあとの伸び縮みが少なく、木材の中でも丈夫な種類で、湿気や虫食いにも強い。
何より、良い香り。それに色合いが素晴らしく、僕が一番好きな木だ。
木に刻まれた成長の証――年輪の緩やかなうねりを見ていると、生命の力強さや悠久の時間を感じずにはいられない。年輪は文字通り木の年齢を示すもので、年輪が多いほど長く生きている木ということ。
これは夏と冬で木の育つスピードが違うため、自然に痕跡が残るのだ。
その年輪の中心部を『心材』と呼ぶが、木の芯だけあって、硬くて周辺部よりも強い。
これを柱として使う。
「ああ、この切り出したばかりの木の匂い……スーハー。んん~」
「ちょっとアッシュ! 柱に抱きついてないで、さっさと次の指示を出してよ! 日が暮れちゃうわよ」
「ああ、ごめんごめん、レニア。じゃ、基礎――石の土台だね。それに短い柱『床束』を建てていこう。木は切った面に、樹脂を塗っておくのを忘れないでくれ」
「この樹脂は、虫除けと防腐剤だったわね?」
「ああ。人間の体には良くないから、刷毛から散ったり飛ばないように、ゆっくりね」
「分かった」
『床束』と床下の通風口には、ヒノキではなく年季の入ったジヅカという木を使う。この木はなぜかネズミが食わない。きっとネズミにとっては美味しくない味なのだろう。
土台の上に短い『床束』を縦軸に置き、その上には『大引』という横軸の長い柱を置く。これが床板を支えるものとなる。
(横の断面図)
| |
| 管 |
| 柱 |
――――――――――
大引(柱)
――――――――――
| 床 |
| 束 |
――――――
| 土台(石) |
柱と柱は凸凹に削って『ほぞ継ぎ』方式で噛み合わせ、さらにその中に木の『くさび』を打ち込んで固定するので、釘は使わない。
鉄の釘は錆びたり木材を弱くするので、なるべく使わないほうがいいのだ。
次に普段僕らが目にする縦の柱を立てる。『管柱』と言うが、中央の大事な部分には『大極柱』という一番太い柱を立てる。
縦軸の次はXの文字のように斜めに『筋交い』という細めの柱を補強としていれる。
そこからようやく壁になる板を外と内側から釘で打ち付けていく。
さらに、ノースオーシャン領の特別仕様として、近くで見つけた軽石と樹脂を塗った木くずを交ぜて壁の内側に入れ込んでおく。
軽石は表面に小さな穴がたくさん開いていて、水に浮く程の軽さだ。中に気泡がたくさんあるため、温度が伝わりにくく断熱材として使えるのだ。
板と板の間は風がそのまま通り抜けないよう、隙間にモルタルも塗り込んだ。
縦軸の『管柱』も外から隠すように板を打ち付けていく。
こうしておけば、柱が冷えにくく、建物を支える重要な柱が結露することも防ぐことができる。
「ねえ、アッシュ、家の間取りなんだけど、もっと広い家にしましょうよ。なんか狭くない、この家?」
レニアが提案するが、僕は首を横に振った。
「いや、間取りは狭くする。天井も低めにしておかないと、寒いよ?」
「ああ、そっか……広いと暖が難しいのね」
「うん」
兼好法師曰く『天井の高きは、冬寒く、燈暗し』だそうだ。
兼好法師が誰かは知らないけど。
「ま、土台だけ見ると狭く見えるかもしれないけど、壁も造って、全部建てたら広さはちょうど良くなるよ」
「だといいけど」
あとは収納で解決だ。家の広さは収納で決まる。
二階部分も一階と同じように造っていると、熊――の毛皮を着た村長が見回りにやってきた。
「ああ、バドさん」
「おい、この家はダメだ」
彼が僕らの家を見るなり言う。
「ちょっと! アッシュとアタシ達がちゃんと考えて造ってるのに、いきなり何を言い出すのよ。こっちは”神匠”なのよ、それを素人が――」
「まあまあ、レニア、待って。理由を聞いてみよう。それはなぜですか、バドさん」
「この地はお前達が思っている以上に雪が高く積もる。家の一階なんぞ、あっという間に埋まるぞ」
「えっ、そんなに降るの!?」
「なるほど……」
やはり現地にいる人間の情報は大事だ。
「よし、なら、二階にも入口を作ろう。これで大丈夫ですね?」
「ああ」
そういえばレンガ造りの館も二階に入口のような扉が設置されていた。
僕は最初、あそこから大型の投擲兵器でも出し入れするのかと誤解していたが、人の出入り口だったようだ。
雪対策として、屋根の傾斜も鋭くしておく。
こうすれば、雪が屋根の上に積もっても勝手に滑り落ちるだろう。そんなに積もるなら、雪の重さで家が潰れないようにしておかねばならなかった。
扉や木窓も断熱を考え、中を蜂の巣のようにくりぬくハニカム構造とした。ウッドゴーレムに空気を吸い出させて栓をし、内部に無数の真空部屋を作ることで冷気の伝わりを防ぐのだ。
ムーンベアは外の柵で防いでやれば、強度の心配はさほどいらないだろう。
窓は下から上への開き戸とし、開けっぱなしでも雪が入りにくい構造にした。
さらに動物の毛皮を扉の端に貼り付けて、隙間から風が入らないよう工夫する。
これも『外張り断熱』の考え方だ。
そして――職人総出で突貫工事をやり、十日で十棟が完成した。
ウッドゴーレムがいなければ、さすがにこんな短期間での工期は難しかっただろう。
「さあ、バドさん、入ってください」
僕は完成した新しい家に、村長を招き入れた。
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