15 / 29
■第二章 試される大地
第六話 家造り――匠のアフターワールド
しおりを挟む
「うむ、では拝見いたす」
元騎士隊長のバドは、家に問題がないか、鋭い目つきで内部を観察しながら扉を開けた。
「ほう、玄関から入って、最初は横廊下か。これはいい。ムーンベアに侵入されても、部屋に入り込まれないよう、次で防ぐのに一人で足りるな」
バドはモンスター対策を褒めてくれたが、この玄関の造りにはもう一つ理由がある。扉を開けても風が真っ直ぐ吹き込まないようにしているのだ。
廊下にも引き戸を造っているので、夏場はそこを空けて部屋への直通とし、必要な時の風通しも考えてある。
ノースオーシャン領はどうか知らないが、ラピュドーラ領は夏は高温多湿で梅雨の時期もある。
祖父が敬愛していたかの兼好法師も
『家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。
暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり』
(夏を基本とすべし、冬は工夫次第でどうにかなるが、暑さは耐えがたい)
――と述べていた(らしい)。
やっぱり暑いときも寒いときも対応できるのが良い家だろう。
「靴はここで脱いでくださいね」
「むむ? 分かった」
トルキニア王国では寝室でも靴で入る習慣が普通だが、僕の家は脱いで家に上がる決まりだった。祖父も『土足は汚い』と顔をしかめていたし、家は清潔で綺麗な方が良い。
そして、居間は……
「な、なんだその火はッ! おい、床が燃えているぞ!」
慌てるバドは囲炉裏を初めて見たようだ。
伝統的な日本家屋の暖房器具であるが、残念ながら僕自身は祖父の故郷"日本"という国をこの目で見たことはない。造りを教えてもらっただけだ。
「大丈夫です、バドさん。これは火事にならないように設計されていますから」
僕は笑顔で説明して彼を落ち着かせる。
「なに? わざと床に造ったというのか? しかし、暖炉ならともかく、床のど真ん中に……」
「大丈夫です。灰で周りを囲ってあるので、外側に火は燃え移ったりしませんよ」
囲炉裏の利点は部屋の中央にあるため、部屋が均等に暖まりやすい。暖炉は壁際なので、どうしても熱が部屋の片側に偏ってしまう。
それに、煙突がある暖炉は上から風が入ってきてやたらと寒いのだ。
石壁で仕切りを造って壁の外に暖炉を造ればいいのだが、それも熱効率が微妙になる。
囲炉裏も排煙が難しいから、良いことばかりではないが、暖かさや断熱を考えるとやはりこちらが良かった。天井にも『全熱交換器』の管を配置し、必要に応じて外の空気と入れ換えられるようにした。
燃料の木は外に森があるから、いくらでも薪や枝を持ってこられる。
「それよりバドさん、気付いたことはなぁい?」
ニヤニヤしながらレニアが聞く。
「むむ、そういえば、床がそれほど冷たくないな。入るときは靴なしではどうかと思ったが」
バドは毛皮の靴下を穿いている。僕らもセバスさんに言われて穿いているが、ノースオーシャンでは必須装備らしい。しかも重ね穿きだ。
「『床断熱』に加え、床下には囲炉裏の周りに『管』を設置して、温かい空気の通り道を造ってみました。名付けて『床暖房』です。でも……思ったほど温かくないな」
僕は床を足で確かめて言う。
「いや、これなら毛皮一枚でも横になれるし、凍えることもないだろう。オレがここに赴任してきた最初の年は、家の中でも凍死する者がいた。暖炉の火はついていたというのに、だ」
「それは……」
「なんてこと……」
僕もレニアも、絶句する。
「なあに、心配することはねえよ。なにせここは"神匠"の造った家だからな。レニアが編んだ羊毛の下着を付けて、マチルダの作った豚汁を食べてりゃ、大丈夫だ」
アイゼンさんが自信を持って言った。
「そうね、バドさんも、これ使ってみて。温かいわよ」
「かたじけない。他の者の分ももらえるとありがたいが」
「もちろん! 余分に持ってきてるから、大丈夫よ」
「それと、こいつぁ『懐炉』だ。焼き石をこの中に入れておけば、一晩中、温かいぜ」
鍛冶職人のアイゼンさんもここに来る前に色々と防寒の方法を考えていたようで、手のひらサイズの入れ物を配った。
「これこれ。もう、アイゼンさんも先週『懐炉』を渡しておいてくれれば、寒くなくて良かったのに」
「いやあ、悪い悪い、囲炉裏を見るまでオレもすっかり忘れてたぜ」
「ええ?」
「じゃ、さっそく石ころを囲炉裏に入れておこう」
「そうね!」
皆で石を拾おうと外に出る。
すると執事のセバスさんが、広場に一人立ったまま空を睨んでいた。
元騎士隊長のバドは、家に問題がないか、鋭い目つきで内部を観察しながら扉を開けた。
「ほう、玄関から入って、最初は横廊下か。これはいい。ムーンベアに侵入されても、部屋に入り込まれないよう、次で防ぐのに一人で足りるな」
バドはモンスター対策を褒めてくれたが、この玄関の造りにはもう一つ理由がある。扉を開けても風が真っ直ぐ吹き込まないようにしているのだ。
廊下にも引き戸を造っているので、夏場はそこを空けて部屋への直通とし、必要な時の風通しも考えてある。
ノースオーシャン領はどうか知らないが、ラピュドーラ領は夏は高温多湿で梅雨の時期もある。
祖父が敬愛していたかの兼好法師も
『家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。
暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり』
(夏を基本とすべし、冬は工夫次第でどうにかなるが、暑さは耐えがたい)
――と述べていた(らしい)。
やっぱり暑いときも寒いときも対応できるのが良い家だろう。
「靴はここで脱いでくださいね」
「むむ? 分かった」
トルキニア王国では寝室でも靴で入る習慣が普通だが、僕の家は脱いで家に上がる決まりだった。祖父も『土足は汚い』と顔をしかめていたし、家は清潔で綺麗な方が良い。
そして、居間は……
「な、なんだその火はッ! おい、床が燃えているぞ!」
慌てるバドは囲炉裏を初めて見たようだ。
伝統的な日本家屋の暖房器具であるが、残念ながら僕自身は祖父の故郷"日本"という国をこの目で見たことはない。造りを教えてもらっただけだ。
「大丈夫です、バドさん。これは火事にならないように設計されていますから」
僕は笑顔で説明して彼を落ち着かせる。
「なに? わざと床に造ったというのか? しかし、暖炉ならともかく、床のど真ん中に……」
「大丈夫です。灰で周りを囲ってあるので、外側に火は燃え移ったりしませんよ」
囲炉裏の利点は部屋の中央にあるため、部屋が均等に暖まりやすい。暖炉は壁際なので、どうしても熱が部屋の片側に偏ってしまう。
それに、煙突がある暖炉は上から風が入ってきてやたらと寒いのだ。
石壁で仕切りを造って壁の外に暖炉を造ればいいのだが、それも熱効率が微妙になる。
囲炉裏も排煙が難しいから、良いことばかりではないが、暖かさや断熱を考えるとやはりこちらが良かった。天井にも『全熱交換器』の管を配置し、必要に応じて外の空気と入れ換えられるようにした。
燃料の木は外に森があるから、いくらでも薪や枝を持ってこられる。
「それよりバドさん、気付いたことはなぁい?」
ニヤニヤしながらレニアが聞く。
「むむ、そういえば、床がそれほど冷たくないな。入るときは靴なしではどうかと思ったが」
バドは毛皮の靴下を穿いている。僕らもセバスさんに言われて穿いているが、ノースオーシャンでは必須装備らしい。しかも重ね穿きだ。
「『床断熱』に加え、床下には囲炉裏の周りに『管』を設置して、温かい空気の通り道を造ってみました。名付けて『床暖房』です。でも……思ったほど温かくないな」
僕は床を足で確かめて言う。
「いや、これなら毛皮一枚でも横になれるし、凍えることもないだろう。オレがここに赴任してきた最初の年は、家の中でも凍死する者がいた。暖炉の火はついていたというのに、だ」
「それは……」
「なんてこと……」
僕もレニアも、絶句する。
「なあに、心配することはねえよ。なにせここは"神匠"の造った家だからな。レニアが編んだ羊毛の下着を付けて、マチルダの作った豚汁を食べてりゃ、大丈夫だ」
アイゼンさんが自信を持って言った。
「そうね、バドさんも、これ使ってみて。温かいわよ」
「かたじけない。他の者の分ももらえるとありがたいが」
「もちろん! 余分に持ってきてるから、大丈夫よ」
「それと、こいつぁ『懐炉』だ。焼き石をこの中に入れておけば、一晩中、温かいぜ」
鍛冶職人のアイゼンさんもここに来る前に色々と防寒の方法を考えていたようで、手のひらサイズの入れ物を配った。
「これこれ。もう、アイゼンさんも先週『懐炉』を渡しておいてくれれば、寒くなくて良かったのに」
「いやあ、悪い悪い、囲炉裏を見るまでオレもすっかり忘れてたぜ」
「ええ?」
「じゃ、さっそく石ころを囲炉裏に入れておこう」
「そうね!」
皆で石を拾おうと外に出る。
すると執事のセバスさんが、広場に一人立ったまま空を睨んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
犬の散歩中に異世界召喚されました
おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。
何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。
カミサマの許可はもらいました。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる