キボウのカタチ

銭屋龍一

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キボウのカタチ 51

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 そのとき、梅の心の中で雷鳴が轟き、背骨を稲妻が駆け抜けていった。
 違う。何かが違う。あの河川敷で誰よりもへたくそだった少年は、それでもがむしゃらにボールを追い続けていた。あの少年が、成長して、女性たちを次々に食い物にしたなんて、そんなことがはたしてあり得るだろうか? 
年月は人を変える。それは否定しない。それでもと梅は思う。
 確かにここに至るまでに、一連の事件に卓が関与したことは、複数人から証言として語られている。それでも何かが違うという思いは消せない。言ってみれば勘というしかないのだが。その自分の勘がこれは間違っている。真実は別のところにあると叫んでいる。
「足の障害って、俺と同じレベルなのか」
 卓が訊いた。その声には相手を心配する気持ちが込められているように思える。
「卓よりは軽いけれど、それでもまちがいなくある」
「まったく気づかなかった」
「徹底した隠蔽工作が行なわれたからな。おやじもそれをプレーから読み取られるのを真っ先に消した。どこからどう見ても健常者にしか見えないように動きの質を叩き込まれた。お陰で今告白するまで、卓にすら気づけなかったってわけだ」
「知らないままのほうが良かったのかな。いや、まあ、知れてよかったって気もする。うん。気もするな」
「かつて天才サッカー選手と呼ばれていたからって、それは何の実績にもならない。所属したチームでどのようなプレーをしたかによって、サッカー選手としてのキャリアは形成される。だが俺はそのキャリアを形作る前に次々と所属チームを退団してきた。だからスカイフラワーはラストチャンスと言っても過言ではない。ここで実績が残せなければ、俺のサッカー選手としての寿命は尽きる。だからお願いだ。今のチームだけは辞めるわけにはいかない。もう邪魔をしないで欲しい」
 弦の切実な叫びを聞いて、卓はうっすらと笑みを浮かべた。
「俺がもう何もしなければ、それは達成されるんだな」
「そうだ。今仕込んでいることがあるのならば、それをみんな水に流してくれさえすれば、後は俺自身のプレーで結果を出せる」
「何もかも水に流せとは、あまりにも虫が良すぎる話だが、これ以上スカイフラワーからおまえを追い落とすようなことは行なわない。それでいいんだな」
「それでいい。ありがとう」
 弦は深く頭を下げた。
 卓はしばらくそれを見下ろしていたが、やがて霊園入り口に向ってゆっくりと歩み始めた。
 久美子が今こそ飛び出すときだと合図してきたが、梅はそれを手で制した。
「今はまだ出て行けません。色々と調べてみたいことが出来ましたから」
 小声で言う。
「調べてみたいこと? 何、それ?」
 久美子も小声で返してきた。しかしその言葉には非難が込められているように感じられた。
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