神なき島の物語

銭屋龍一

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10 都市伝説の地なのか

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 オカに帰る道々、ナウと話した。
 今回の交渉がうまくいったと喜ぶのは速いとナウは言った。もともと裏では、そのようなことはとっくに行われていた。ただ、裏取引だけでは、オカに住む民にまで利益は回らない。というか、回さないための仕組みだった。知らせないための仕組みだった。だから各地の王は、本当の情報を民たちが知ることを極端に恐れている。今回のことは、その微妙な部分に本当に小さな穴を開けたに過ぎない。
 かつては、そのような問題があれば、たとえ自らが死すとも、民に伝えようとする志のある人がいた。今では、志があっても、そんな動きをする前に殺されてしまう。
 ナウのような青年は至る所の国にいるらしい。
 そんな情報や、そんな者たちと、どうやって結びついたのだと訊くと、それはソラの存在があったからだと返ってきた。

 ソラとは何だ?
 ソラとは、オカの背後にそびえる山々の地を指すとのことだ。地上から見ると、単に山々が連なっているように見えるが、実際にはそこには天空都市があるという。
 そこには天から降りた者たちが暮らしているとのことだ。
 そういえば、そんな話をどこかで聞いた気がする。天孫降臨、ユダヤの失われた十二支族とのつながりや古代中国からの太白伝説など、都市伝説と呼ばれるものが多数存在すると。あれはどこの話だっただろうか。確かある特定の場所がそれだと、長く言い伝えられていたはずだ。正式な調査団も入ったという記事も読んだ気がする。だが肝心なところは思い出せない。
 どうやら、わたしは、まるで違う異世界にやってきたのではなさそうだ。何者かの意思によって、ここに、存在せよと命じられた。そんな気がする。それも強く。

 ソラとオカの関係は、と訊いた。
 ソラとオカとは、盛んな人的交流があるわけではない。それぞれの国の代表が、それぞれにとって重要で、必要なところだけ、話し合いをするという関係だという。
 しかし、オカにとっては、ソラは無視できない存在でもある。なぜなら、オカが必要としている水は、すべてソラの地から流れてくるからだ。その一点だけでも、その地の重要性は高い。
 さらには、ソラの方がいろいろな分野において技術力が高いらしい。石を刃物とする技術は、もともとソラのものだ。そして、ソラには、石とは比べようもなく硬く強く切れる刃物があるらしい。
 それほどの優位性をもっているソラが、どうしてオカと対等な付き合いをしているのか不思議だった。
 それは、ソラでは度々食料不足が起こるかららしい。天空都市では、少し強い気候変動や、干ばつなどがあると、たちまち食料に事欠くようになるというのだ。さらにその土地は肥えてなく、作物を育てるために、焼き畑農業がおこなわれ、そのため大量な木々が天空都市から消えていっている。ナウの見立てでは、いずれ限界がやってくるのは、間違いないらしい。
 だが現時点では、オカが必要なものをソラが与える見返りに、一定数の食料をオカからソラに渡している。

 もっといろいろなことを聞きたかったが、オカが近づいてきた。
 イズモで獲れる魚の種類は確かめてきた。おおよその漁獲高も、そこにあった船の数や、釣り竿や、モリなどの本数などから、想像できそうだ。
 オカの収穫高については、逆にまだ正確にはわかっていないが、その一部を外に対して配っても、問題はないほどの量が採れることは間違いない。
 それに裏取引を行っていたのであれば、交換比率の大方の目安も存在していることだろう。

 イズモのスサノには、指定した魚種を後でオカまで届けるようにと依頼してきた。
 それを受けて、今度はオカのタワと交渉する番だ。
 さて、どんな結果が待っているのだろうか。

 最後の行程の、川底から、オカへと、谷を登っていたとき、ナウが言った。
 わたしの言葉を教えてくれ、と。
 わたしは喜んで教えると答えた。 
 
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