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第7話
しおりを挟む「ネル君、是非私の作ったお菓子を食べて帰って!」
「えっ? で、でも僕は今お金を持ってないから無銭飲食になっちゃう……」
「無銭飲食になんかならないわ。ラナを助けてくれたお礼よ。それに私がネル君と一緒にお茶がしたいの。だから、ねっ?」
私がお茶に招待するとたちまちネル君は破顔する。
「ありがとうございます。お嬢様とお茶を一緒にできるなんてとっても光栄です」
えへへと相好を崩す姿に私は手で目元を覆って天井を仰いだ。
――嗚呼、可愛い。可愛すぎる! こんなに可愛い美少年が私のお菓子を食べてくれる姿をまた拝めるなんて……まさに眼福!!
私の心臓がきゅうっと音を立てて締め付けられる。
可能ならネル君には毎日お菓子を食べてもらいたい。そんな欲望でいっぱいになっていると厨房にいたラナが店内に戻ってきた。手にはお盆が握られていて、その上には三つのカップとティーポット、そして今日のご褒美のために取っておいた数枚のフロランタンがのっている。
「お二人とも、お茶が入りましたよう」
ラナの言葉を合図に私はネル君を連れてイートインスペースの椅子に座る。
目の前にはお茶が入ったカップが置かれ、ソーサーの上にはキャラメルでコーティングされたスライスアーモンドがたっぷりのフロランタンが添えられている。
配膳し終えたラナが椅子に着席したところで、私は二人を見回してから口を開いた。
「さあ、開店初日のお疲れ様会をしましょう! 二人とも、今日は本当にありがとう」
私は細やかなお疲れ様会でお茶やフロランタンに舌鼓を打ちながら、楽しい一時を過ごしたのだった。
翌日もショーウィンドウの可愛さに惹かれて女性客が入れ替わり立ち替わりやって来た。
昨日に引き続き、試食用のフィナンシェを口にしたお客様はお菓子を買って帰ってくれる。焼き菓子も生菓子も今のところ売り上げの割合は半々と行ったところで、思っていたよりも順調な滑り出しをみせている。
ラナが会計を終わらせて包みをお客様に手渡すと皆、口を揃えて「こんなに可愛いお菓子は初めて」と笑顔になって帰っていく。
私が店頭に顔を出すことはないけれど、小さい店内なのでその声は作業をしている厨房にまで聞こえてくる。嬉しい言葉を耳にする度に私は拳を小さく掲げて喜んだ。
――ここまでお客様に喜んでもらえるなんて想像もしていなかったわ。お母様にお菓子の作り方やあり方を教えてもらっていて本当に良かった。
お母様は双子の弟と妹を産んだ後に流行病で亡くなってしまった。きっと生きていたら誰よりもお店を開くことを喜んでくれていただろうし、ひょっとしたら一緒にお店を経営していたかもしれない。
侯爵家の厨房に立つお母様を思い出すと、もう二度と一緒にお菓子を作ることができない寂しさや悲しさが胸の奥底から込み上げてくる。
私は亡き母を偲ぶと手に持つヘラを握り直した。今は感傷的になっている場合じゃない。
――マイナスな気持ちでお菓子を作ったら、食べてもらう人の気分までどんよりさせてしまうわ。みんなが幸せそうにお菓子を食べるところを想像して作らなくちゃ。
目の前のことに集中するために、私はボウルに入っているバターと砂糖を切るようにしてヘラで混ぜ合わせていく。
不思議なことに私が作るお菓子は、作り手である私の感情に左右されることがある。確かな証拠があるわけではないし、気のせいだと一蹴されてしまえばそれまでだけど、マイナスな感情に囚われてお菓子を作ると必ず食べる人にも影響が出てしまうのだ。
お母様を亡くした直後に領民の鉱夫たちにビスケットを配ったら皆の気分が沈んでしまって仕事の士気が下がってしまったことがあった。
その反対に私が食べる人の幸せや健康を願って作ったお菓子を鉱夫たちに配ると、いつものように明るく元気に働いてくれた。
その経験以降、私は厨房に立つ際は必ず食べる人の幸せや笑顔を想像しながら作ることにしている。だって、私のお菓子で誰かを不幸せな気分になんてしたくないもの。
ボウルの中に溶いた卵を少しずつ入れながら泡立て器で混ぜたいると、店内から「可愛い~!」という女性客の黄色い声が聞こえてきた。私のお菓子を愛でてくださるお客様にしてはいつもよりも声のトーンが一オクターブくらい上がっている気がする。
何となく興味を惹かれたので作業の手を止めると、私は厨房の覗き窓から店内の様子を観察する。すると試食品のコーナーには人集りができていた。
ラナを探すと彼女はその人集りの脇に立っていて女性客と同じように可愛いと口を動かしていた。
一体何がそんなに可愛いのだろうか。
人集りの中心へと目を凝らして見てみると、たちまち私は素っ頓狂な声を上げた。
「えっ? ネ、ネル君!?」
中心にいたのは、なんとネル君だった。しかも売り子として試食品のフィナンシェの説明をしてくれている。
「フィナンシェの味はプレーンとココア、ストロベリーの三種類を展開していて、形はウサギさん、リスさん、ハリネズミさんがあります。全部一緒のお顔じゃなくてよく見ると一つ一つに個性があるの」
少し舌っ足らずだけど一生懸命に商品を説明するネル君の姿はずっと説明を聞いていたくなるような魅力がある。
女性客と同じように声が高い調子で私も「可愛い」と呟いてしまった。
ネル君の宣伝の甲斐あってフィナンシェは飛ぶように売れた。その後も彼が説明してくれたお菓子は次々と売れていき、嬉しいことに開店二日目も閉店時刻より早くにお店を閉めることができた。
――二日連続で早くお店を閉めることができた。周りには私のパティスリーが人気なお店だっていう印象を植え付けられたかも。
お店を軌道に乗せることができれば侯爵家に頼らずに暮らしていけるし、借金返済の足しにすることだってできる。このままお店が順調に成長していくことを願うばかりだ。
そして昨日と今日の一番の功労者はネル君だ。
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