40 / 79
勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。
光の焦点距離の違いをコントロールし、レンズを通して対象を壁に大きく映しています。
しおりを挟む
【明日バイト?】
そのメッセージを見つけたのはバイトの休憩中だった。彼からの問いかけに私は【早朝と夕方からのバイトがある】と返信しておいた。明日は高校の創立記念で学校がお休みなのだ。
生憎休みではあるが、労働に関しては話は別である。早朝3時間のコンビニバイトと夕方からのスーパーのバイトに入る予定だ。
間を置かずにぴこん、と音を立てて新たなメッセージがポップアップ表示される。
【空いてる時間使って遊びに行かない?】
突然のお誘いに私はドキッとした。まさか彼から遊びのお誘いがやってくるとは思わなかったからだ。
しかしこれにイエスと返事はできない。
【ごめん、明日のスキマ時間は用事がある】
バイトじゃないけど、先約がはいっているんだ。せっかく誘ってくれたのにすまんな。
■□■
映画割引チケットをお父さんにもらったので、大学の講義が教授の都合でなしになったお姉ちゃんと一緒に映画を観た。普段あまり映画観に行かないけど、大画面スクリーンも音響も迫力があって楽しかった。午前中は映画を観て、午後は私のバイトの時間までウロチョロすることになった。映画館隣接のショッピングモール内を散策していると、どこからか視線を感じたので視線を巡らせる。
視線の主と目があった瞬間、私はあっと声を漏らした。
なんと、奇遇にも通路を挟んだ向こう側に悠木君がいた。私服姿の彼は女性向けコスメショップの前で女性たちの視線にさらされながら棒立ちしていた。なんでそんなところにいるの? 最近ポツポツ出てきた美容系男子にチェンジしたのかね?
「おぉ、悠木君偶然だね」
私が手を振ると、悠木君はお店から離れてこちらに向かって歩いてきた。
「美玖、どしたの?」
「学校の同級生がいた」
雑貨屋で南米先住民の伝統的な帽子を発見して試着していたお姉ちゃんが帽子をかぶったまま声をかけてきた。悠木君が私の前に来たついでに紹介しておく。悠木君の姿を一目見た瞬間、お姉ちゃんはキラリンと目を光らせた。
「なんと、君は噂の悠木君だね!?」
「あっはい…噂…?」
「お父さんが言ってた通りのイケメンだね! えっそれでそれで? 美玖とはどこまで行ったの?」
お姉ちゃんは気安く悠木君に絡むと、ワクワクした様子で何かよくわからない問いかけをしていた。友達だと言ってるのにこの姉は…
「友達だって言ってるでしょ。変なこと言わないで」
「えー私はそうは思わないけどなぁ」
「ごめんね悠木君、気にしないでね」
唇を尖らせて納得できないと言う姉の代わりに謝罪すると、悠木君は複雑そうな顔で苦笑いしていた。
「お前、今日の誘い断ったのって姉ちゃんと出かけるからか」
「うん。映画観にいってた」
お姉ちゃんから映画に誘われて創立記念日の今日行くことにしたの。土日は人が多いし、私がバイトに入っていることもあるのでちょうどよかったのだ。
「そっか…なら、これから一緒に食事でも…」
「でも私お姉ちゃんと一緒だから」
折角のお誘いだけど同行者が居るからとお断りすると、背後からぐっと肩を握られた。
「いいじゃん! いこうよ!」
ノリノリで返事したのはお姉ちゃんである。私は驚きで固まってしまった。
…まさかお姉ちゃん、悠木君に興味を持った? 4歳年下の、妹と同い年の男子高生に女子大生が……自分の身内が同級生とどうこうなるのを想像するとそれはそれで複雑なんだが、ここで拒否するのもおかしな話なので私は口を閉ざす。
売り物の帽子を元の場所に戻すと、彼女はワクワクした表情で「早く行こう!」と私と悠木君の背中をぐいぐい押した。
「私も是非ご一緒させてください。森宮先輩」
横から森宮先輩、と呼ばれたお姉ちゃんはピタリと動きを止め、まじまじと身長差のある相手を見上げる。
そこではモデル顔負けのスーパー美女がにっこり微笑んでいるではないか。私も森宮だけど、彼女に先輩と呼ばれる立場じゃないので、お姉ちゃんに対してで間違いないだろう。
「…私のことを知っているの?」
お姉ちゃんは突然現れた美女に目をシパシパさせながら、困惑気味に問いかけていた。お姉ちゃんは相手が誰だかわからないみたいだ。
「もちろんです。特進科の彗星だった森宮莉子先輩を知らない、在籍時代が被っていた特進科の生徒はおりませんよ。私一学年下だった悠木さや香と申します。こうしてお話するのは初めてですね」
初対面で私を女子力がなさすぎるとディスってきた悠木君のお姉さんはめちゃくちゃ愛想よく私のお姉ちゃんに話しかけていた。
何だこの態度の差。
そっか、悠木君のお姉さんも特進科出身でお姉ちゃんと在学期間が被っていたのか。口ぶりからしてふたりは知り合いじゃないけど、お姉ちゃんが有名だったから一方的に知られていたみたい。
「私、後夜祭のミスコンにも出ていたんですけど、ご存じなかったですか?」
「あー…私、2年生以降の後夜祭フケてたから……ごめんね、これだけの美人さんなら有名人だろうに…私ガリ勉だからさ」
1年の時後夜祭まで参加してたけどつまんなかったので、2年生以降は先生に適当に言って帰宅していたのだとお姉ちゃんが言うと、悠木君のお姉さんもといさや香さんは肩をすくめていた。
これだけの美人だ。後夜祭のことがなくても男子の間で噂になってその名前も耳にする機会があっただろうけど、お姉ちゃんは医学部目指す毎日を送っていたのでスルーしていたのかもしれない。
自己紹介はそこそこに、商業施設のレストラン街に入っているイタリアン料理店に入ると、そこで各自食べたいメニューとサイドメニューを頼んで遅めのお昼ごはんを食べることにした。
席につく時、何故かさや香さんが私のお姉ちゃんの横の席を強奪してきたので、今私は悠木君の隣に座っている。2人は同じ女子大生ということもあり話が盛り上がっているのかずっとおしゃべりしている。
「映画、何観たんだ?」
おとなしく食事をしていると横から質問されたので、私は一旦水で喉を潤した。
「映画? 宇宙人と通信できる少年のシリアス成長ドラマだよ。悠木君こそ、コスメショップで…美容系男子に目覚めたの?」
「違う、あれは姉貴の買い物がなかなか終わらねぇから外で待ってたの」
私は悠木君と普通に話していただけだ。お互いに何していたのかって雑談していただけなのだが、ふと気づけば目の前に座る姉sがこちらに聞き耳を立てていた。お姉ちゃんに至ってはにやにやが隠せていない。だからそういう関係じゃないって言っているのに…
「映画かぁ、俺もそっちがよかった」
「割引チケットあるからあげようか。これから観に行けばいい」
かばんの中から割引チケットを取り出すと、それを悠木君に差し出す。彼はチケットと私の顔を見比べて、「うん、お前のことだし別に他意はないんだよな」となんか一人で納得しながらチケットを受け取っていた。何だよ、私がお金でも請求するとでも思っているのか。
なんか…対面の席で「夏生君! 頑張れ!」とさや香さんが応援していたけど、何を頑張るというのだろう。悠木君ははぁ…と肩を落として元気を失ったし…情緒不安定ここでもか。
「ちょっとトイレ」
全員が食べ終わった頃、すっと席を立ち上がった悠木君はお花を摘みに行った。
「ちょっと美玖、さっきのは一緒に観に行こうって誘う場面でしょ!」
悠木君の姿がなくなるととたんにお姉ちゃんが私を注意してきた。
注意されるようなことをした覚えはないので、私は口をへの字にして不満を示す。映画ならさっき観たし、悠木君にだって都合ってものがあるだろう。そんな簡単に言わないでくれ。
「美玖、お姉ちゃんは賛成だよ? 一途っぽいし、いい子じゃない」
「だからそんなんじゃないって…」
お姉ちゃんの目から私達がどんな関係に見えているのかわからないがいい加減にしてほしい。私に何度否定させるんだ。悠木君と気まずくなりたくないからそういう風に冷やかすのやめてほしいのだけど。
「私の夏生君はね、女嫌いの気があるの。その中でも貴方には心をひらいているのよ?」
「あーはい。友達として良い付き合いができていると思います」
「私が求めているのはそういう返事じゃないの!」
さや香さんまで情緒不安定な反応をし始めた。やはり姉弟だからだろうか。どういう返事ならご満足いただけるのであろうか。
「姉ちゃんそういうのいいから──そろそろ出ようぜ。支払い終わったし」
どこから聞いていたのかはわからないが、悠木君はお姉さんを窘めつつ、店を出ようと提案してきた。
…支払い終わった。その言葉を聞いて私は慌てて財布を取り出す。
「えぇと私は…」
「いいよ金は」
「良くないよ何言ってるの!?」
男がごちそうする時代なんてもう終わりそうになっているってのに、なに太っ腹なところを見せようとしているんだ。悠木君のご両親が稼いだお金でご飯食べさせてもらうなんて、とても申し訳ないじゃないか!
「悪いよ四人分とか、せめて私とお姉ちゃんの代金は…」
「こういうときは男に花を持たせるんだよ、美玖」
ぽん、と私の肩を叩いたお姉ちゃん。私は何を言っているんだと信じられない気持ちで彼女の顔を見返す。
「美玖がかわいーく、ごちそうさまって言えば、悠木君は嬉しいと思うよ?」
「そんな訳無いでしょう」
何を言っているんだ。ただの厚かましい女じゃないかそんなの。私は納得行かなかったが、礼儀として「ごちそうさまでした」とお礼を告げると、悠木君からは「ん」と小さく返事を返されたのである。
「じゃあここから別行動ね」
お店を出ると、お姉ちゃんはさや香さんと2人でショッピングしてくると言って別行動を申し出てきた。
いつの間に2人はそんなに仲良くなったの…
「悠木君、美玖は鈍感だからはっきり言わないと伝わらないよ!」
お姉ちゃんの意味深な捨て台詞に悠木君はギクリとした表情を浮かべていた。なに? 私が鈍感だからはっきり言わないと伝わらないって……
その場に取り残された私達は微妙な空気感の中にいた。
「…悠木君、私になにか言いたいことがあるの?」
「あ、いや…」
「私がなんかとんでもなく失礼なことしているなら言って?」
気づかずに悠木君の気に障っていたなら申し訳ない。
言ってくれたら直すから遠慮せずに言ってほしい。私がお願いすると、悠木君は困ったような顔をしていた。頬を赤らめた悠木君はいつもよりも幼く見えた。
「…もうちょっと、俺の心の準備ができるまでは待ってほしいっていうか…」
「心の準備?」
心の準備をせねば言えないことなの?
私が怪訝にしていたからだろうか。悠木君はぱっと顔を隠すように背中を向けると、私の手をガシッと掴んで「行くぞ!」と引っ張り始めた。
行くってどこに。悠木君は無言でぐいぐい引っ張るので私は仕方なく彼の跡を追った。そうしてたどり着いたのは隣接の映画館……
そのあと私はまた映画を観た。今度は連続ドラマの劇場版を観たけど…一日に二度も映画を観る羽目になるとは思わなかったよ…
映画館に出た頃には丁度いい時間帯になったので、現地解散しようとしたら、悠木君はバイト先までわざわざ送ってくれた。明るいからいいって言ってるのに、「俺がしたいことだから」と言って聞かなかった。
今日も情緒不安定に輪をかけているな、悠木君。
そのメッセージを見つけたのはバイトの休憩中だった。彼からの問いかけに私は【早朝と夕方からのバイトがある】と返信しておいた。明日は高校の創立記念で学校がお休みなのだ。
生憎休みではあるが、労働に関しては話は別である。早朝3時間のコンビニバイトと夕方からのスーパーのバイトに入る予定だ。
間を置かずにぴこん、と音を立てて新たなメッセージがポップアップ表示される。
【空いてる時間使って遊びに行かない?】
突然のお誘いに私はドキッとした。まさか彼から遊びのお誘いがやってくるとは思わなかったからだ。
しかしこれにイエスと返事はできない。
【ごめん、明日のスキマ時間は用事がある】
バイトじゃないけど、先約がはいっているんだ。せっかく誘ってくれたのにすまんな。
■□■
映画割引チケットをお父さんにもらったので、大学の講義が教授の都合でなしになったお姉ちゃんと一緒に映画を観た。普段あまり映画観に行かないけど、大画面スクリーンも音響も迫力があって楽しかった。午前中は映画を観て、午後は私のバイトの時間までウロチョロすることになった。映画館隣接のショッピングモール内を散策していると、どこからか視線を感じたので視線を巡らせる。
視線の主と目があった瞬間、私はあっと声を漏らした。
なんと、奇遇にも通路を挟んだ向こう側に悠木君がいた。私服姿の彼は女性向けコスメショップの前で女性たちの視線にさらされながら棒立ちしていた。なんでそんなところにいるの? 最近ポツポツ出てきた美容系男子にチェンジしたのかね?
「おぉ、悠木君偶然だね」
私が手を振ると、悠木君はお店から離れてこちらに向かって歩いてきた。
「美玖、どしたの?」
「学校の同級生がいた」
雑貨屋で南米先住民の伝統的な帽子を発見して試着していたお姉ちゃんが帽子をかぶったまま声をかけてきた。悠木君が私の前に来たついでに紹介しておく。悠木君の姿を一目見た瞬間、お姉ちゃんはキラリンと目を光らせた。
「なんと、君は噂の悠木君だね!?」
「あっはい…噂…?」
「お父さんが言ってた通りのイケメンだね! えっそれでそれで? 美玖とはどこまで行ったの?」
お姉ちゃんは気安く悠木君に絡むと、ワクワクした様子で何かよくわからない問いかけをしていた。友達だと言ってるのにこの姉は…
「友達だって言ってるでしょ。変なこと言わないで」
「えー私はそうは思わないけどなぁ」
「ごめんね悠木君、気にしないでね」
唇を尖らせて納得できないと言う姉の代わりに謝罪すると、悠木君は複雑そうな顔で苦笑いしていた。
「お前、今日の誘い断ったのって姉ちゃんと出かけるからか」
「うん。映画観にいってた」
お姉ちゃんから映画に誘われて創立記念日の今日行くことにしたの。土日は人が多いし、私がバイトに入っていることもあるのでちょうどよかったのだ。
「そっか…なら、これから一緒に食事でも…」
「でも私お姉ちゃんと一緒だから」
折角のお誘いだけど同行者が居るからとお断りすると、背後からぐっと肩を握られた。
「いいじゃん! いこうよ!」
ノリノリで返事したのはお姉ちゃんである。私は驚きで固まってしまった。
…まさかお姉ちゃん、悠木君に興味を持った? 4歳年下の、妹と同い年の男子高生に女子大生が……自分の身内が同級生とどうこうなるのを想像するとそれはそれで複雑なんだが、ここで拒否するのもおかしな話なので私は口を閉ざす。
売り物の帽子を元の場所に戻すと、彼女はワクワクした表情で「早く行こう!」と私と悠木君の背中をぐいぐい押した。
「私も是非ご一緒させてください。森宮先輩」
横から森宮先輩、と呼ばれたお姉ちゃんはピタリと動きを止め、まじまじと身長差のある相手を見上げる。
そこではモデル顔負けのスーパー美女がにっこり微笑んでいるではないか。私も森宮だけど、彼女に先輩と呼ばれる立場じゃないので、お姉ちゃんに対してで間違いないだろう。
「…私のことを知っているの?」
お姉ちゃんは突然現れた美女に目をシパシパさせながら、困惑気味に問いかけていた。お姉ちゃんは相手が誰だかわからないみたいだ。
「もちろんです。特進科の彗星だった森宮莉子先輩を知らない、在籍時代が被っていた特進科の生徒はおりませんよ。私一学年下だった悠木さや香と申します。こうしてお話するのは初めてですね」
初対面で私を女子力がなさすぎるとディスってきた悠木君のお姉さんはめちゃくちゃ愛想よく私のお姉ちゃんに話しかけていた。
何だこの態度の差。
そっか、悠木君のお姉さんも特進科出身でお姉ちゃんと在学期間が被っていたのか。口ぶりからしてふたりは知り合いじゃないけど、お姉ちゃんが有名だったから一方的に知られていたみたい。
「私、後夜祭のミスコンにも出ていたんですけど、ご存じなかったですか?」
「あー…私、2年生以降の後夜祭フケてたから……ごめんね、これだけの美人さんなら有名人だろうに…私ガリ勉だからさ」
1年の時後夜祭まで参加してたけどつまんなかったので、2年生以降は先生に適当に言って帰宅していたのだとお姉ちゃんが言うと、悠木君のお姉さんもといさや香さんは肩をすくめていた。
これだけの美人だ。後夜祭のことがなくても男子の間で噂になってその名前も耳にする機会があっただろうけど、お姉ちゃんは医学部目指す毎日を送っていたのでスルーしていたのかもしれない。
自己紹介はそこそこに、商業施設のレストラン街に入っているイタリアン料理店に入ると、そこで各自食べたいメニューとサイドメニューを頼んで遅めのお昼ごはんを食べることにした。
席につく時、何故かさや香さんが私のお姉ちゃんの横の席を強奪してきたので、今私は悠木君の隣に座っている。2人は同じ女子大生ということもあり話が盛り上がっているのかずっとおしゃべりしている。
「映画、何観たんだ?」
おとなしく食事をしていると横から質問されたので、私は一旦水で喉を潤した。
「映画? 宇宙人と通信できる少年のシリアス成長ドラマだよ。悠木君こそ、コスメショップで…美容系男子に目覚めたの?」
「違う、あれは姉貴の買い物がなかなか終わらねぇから外で待ってたの」
私は悠木君と普通に話していただけだ。お互いに何していたのかって雑談していただけなのだが、ふと気づけば目の前に座る姉sがこちらに聞き耳を立てていた。お姉ちゃんに至ってはにやにやが隠せていない。だからそういう関係じゃないって言っているのに…
「映画かぁ、俺もそっちがよかった」
「割引チケットあるからあげようか。これから観に行けばいい」
かばんの中から割引チケットを取り出すと、それを悠木君に差し出す。彼はチケットと私の顔を見比べて、「うん、お前のことだし別に他意はないんだよな」となんか一人で納得しながらチケットを受け取っていた。何だよ、私がお金でも請求するとでも思っているのか。
なんか…対面の席で「夏生君! 頑張れ!」とさや香さんが応援していたけど、何を頑張るというのだろう。悠木君ははぁ…と肩を落として元気を失ったし…情緒不安定ここでもか。
「ちょっとトイレ」
全員が食べ終わった頃、すっと席を立ち上がった悠木君はお花を摘みに行った。
「ちょっと美玖、さっきのは一緒に観に行こうって誘う場面でしょ!」
悠木君の姿がなくなるととたんにお姉ちゃんが私を注意してきた。
注意されるようなことをした覚えはないので、私は口をへの字にして不満を示す。映画ならさっき観たし、悠木君にだって都合ってものがあるだろう。そんな簡単に言わないでくれ。
「美玖、お姉ちゃんは賛成だよ? 一途っぽいし、いい子じゃない」
「だからそんなんじゃないって…」
お姉ちゃんの目から私達がどんな関係に見えているのかわからないがいい加減にしてほしい。私に何度否定させるんだ。悠木君と気まずくなりたくないからそういう風に冷やかすのやめてほしいのだけど。
「私の夏生君はね、女嫌いの気があるの。その中でも貴方には心をひらいているのよ?」
「あーはい。友達として良い付き合いができていると思います」
「私が求めているのはそういう返事じゃないの!」
さや香さんまで情緒不安定な反応をし始めた。やはり姉弟だからだろうか。どういう返事ならご満足いただけるのであろうか。
「姉ちゃんそういうのいいから──そろそろ出ようぜ。支払い終わったし」
どこから聞いていたのかはわからないが、悠木君はお姉さんを窘めつつ、店を出ようと提案してきた。
…支払い終わった。その言葉を聞いて私は慌てて財布を取り出す。
「えぇと私は…」
「いいよ金は」
「良くないよ何言ってるの!?」
男がごちそうする時代なんてもう終わりそうになっているってのに、なに太っ腹なところを見せようとしているんだ。悠木君のご両親が稼いだお金でご飯食べさせてもらうなんて、とても申し訳ないじゃないか!
「悪いよ四人分とか、せめて私とお姉ちゃんの代金は…」
「こういうときは男に花を持たせるんだよ、美玖」
ぽん、と私の肩を叩いたお姉ちゃん。私は何を言っているんだと信じられない気持ちで彼女の顔を見返す。
「美玖がかわいーく、ごちそうさまって言えば、悠木君は嬉しいと思うよ?」
「そんな訳無いでしょう」
何を言っているんだ。ただの厚かましい女じゃないかそんなの。私は納得行かなかったが、礼儀として「ごちそうさまでした」とお礼を告げると、悠木君からは「ん」と小さく返事を返されたのである。
「じゃあここから別行動ね」
お店を出ると、お姉ちゃんはさや香さんと2人でショッピングしてくると言って別行動を申し出てきた。
いつの間に2人はそんなに仲良くなったの…
「悠木君、美玖は鈍感だからはっきり言わないと伝わらないよ!」
お姉ちゃんの意味深な捨て台詞に悠木君はギクリとした表情を浮かべていた。なに? 私が鈍感だからはっきり言わないと伝わらないって……
その場に取り残された私達は微妙な空気感の中にいた。
「…悠木君、私になにか言いたいことがあるの?」
「あ、いや…」
「私がなんかとんでもなく失礼なことしているなら言って?」
気づかずに悠木君の気に障っていたなら申し訳ない。
言ってくれたら直すから遠慮せずに言ってほしい。私がお願いすると、悠木君は困ったような顔をしていた。頬を赤らめた悠木君はいつもよりも幼く見えた。
「…もうちょっと、俺の心の準備ができるまでは待ってほしいっていうか…」
「心の準備?」
心の準備をせねば言えないことなの?
私が怪訝にしていたからだろうか。悠木君はぱっと顔を隠すように背中を向けると、私の手をガシッと掴んで「行くぞ!」と引っ張り始めた。
行くってどこに。悠木君は無言でぐいぐい引っ張るので私は仕方なく彼の跡を追った。そうしてたどり着いたのは隣接の映画館……
そのあと私はまた映画を観た。今度は連続ドラマの劇場版を観たけど…一日に二度も映画を観る羽目になるとは思わなかったよ…
映画館に出た頃には丁度いい時間帯になったので、現地解散しようとしたら、悠木君はバイト先までわざわざ送ってくれた。明るいからいいって言ってるのに、「俺がしたいことだから」と言って聞かなかった。
今日も情緒不安定に輪をかけているな、悠木君。
1
あなたにおすすめの小説
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
恋。となり、となり、隣。
雉虎 悠雨
恋愛
友人の部屋にルームシェアすることになった篠崎ゆきは、引っ越してから三ヶ月、家が変わった以外は今まで通りの日常を送っていた。隣は赤ちゃんがいる家族と一人暮らしの背の高いあまり表情のない男。
ある日、マンションに帰ってくると、隣の部屋の前でその部屋の男、目雲周弥が倒れていた。
そして泥酔していたのを介抱する。
その一ヶ月後、またも帰宅すると隣の部屋の前でうずくまっている。また泥酔したのかとゆきが近づくと、前回と様子が違い酷いめまいを起こしているようだった。
ゆきは部屋になんとか運び入れ、また介抱した。
そこからゆきの日常も目雲の日常も変化していく。
小説家になろうにも掲載しています
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)[完]
麻沙綺
恋愛
ごく普通の家庭で育っている女の子のはずが、実は……。
お兄ちゃんの親友に溺愛されるが、それを煩わしいとさえ感じてる主人公。いつしかそれが当たり前に……。
視線がコロコロ変わります。
なろうでもあげていますが、改稿しつつあげていきますので、なろうとは多少異なる部分もあると思いますが、宜しくお願い致します。
ヒロインになれませんが。
橘しづき
恋愛
安西朱里、二十七歳。
顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。 そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。
イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。
全然上手くいかなくて、何かがおかしい??
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる