バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ

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意識し始めた彼女と積極的に動く彼。

取らんと欲するものはまず与えよ

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 女の子と一緒にいる悠木君を見ていると、物凄くイライラする。
 これ以上近くにいると彼にひどいことを言ってしまいそうだったから、女の子を連れて早くどこかに行ってほしかった。

 それなのに、悠木君はその場に棒立ちしたままだった。
 
「森宮…」

 恐る恐る悠木君が私に声をかけてきたので、たこ焼き返しを持った手がビクリと動いた。だけど私は顔をあげずに悠木君の呼びかけを無視した。

「あー…美玖ちゃん、30分くらい休憩に行っていいよ」
「え?」
「なんか大きな誤解があるっぽいし、ちゃんと話したほうがいいと思うな?」

 たこ焼き屋台の店長から休憩に行けと言われて私は首を横に振った。しかし、店長からたこ焼き返しを奪われ、ハイハイ休憩行ってきてねと屋台から追い出されてしまった。
 これから繁忙を極めることを見越しているというのに、私を休憩にやったら店が回らないんじゃ……

 変な気を効かせた店長によって悠木君の前に差し出された私は地面を睨みつけていた。祭りを楽しむ参拝客達の中で私はピリピリと異様な空気を発していた。そんな私を見た悠木君は戸惑っているようだった。

「森宮、なにか怒ってるか?」
「……別に」

 なんで私、へそを曲げた子どもみたいに不貞腐れているんだろうか。

「この人誰? 悠木君の彼女…?」
「だったらどうなんだよ。取り込み中だからどっかに行ってくれ」

 さっきまで悠木君にくっついていた女の子を彼が雑にあしらうと、彼女は憤慨した様子で悪態つきながらどっかに消えた。
 悠木君はむくれたままの私の手を取ると、人の波の流れに沿って歩き始める。私は手を振りほどこうと少し抵抗したが、悠木君にしっかり手を握られたので仕方なく黙って足を動かした。

「……本当にあの女は違うから。中学の時のダチに呼ばれて行けば、引き合わされるわ、断って撒こうとすれば絡みついてくるわで……」

 お祭りで賑わう人混みの中をゆっくり歩きながら悠木君が弁解してくる。俯いていた私は胸の奥にじわりと芽生えた感情に唇を噛み締めた。
 悠木君が客寄せパンダになりやすいのは知っていたよ。だけどなんか面白くないんだ。

「悠木君は、私が他の男子の腕に抱きついててもなんとも思わないの? ……私は見てて不快だった」

 …言ってしまってから気づいた。なんか私の発言、彼女みたいだなって。
 自分が返事を引き伸ばしにしてるのに偉そうに何を偉そうなこと言ってるんだろうと思って前言撤回しようと顔をぱっと上げると、振り向いた悠木君が眉間にシワを寄せていた。
 まずい、流石に悠木君も不快に感じたよね。私の図々しい言い分に気分を害してしまったかも。

「あの、ごめん、私」
「…もしも森宮が他の男に同じ事してたら俺もむかつくと思う」

 繋いだ手に力が込められる。悠木君の瞳を直視した私はドキッとした。悠木君がここに存在しない“他の男”に抱きついた私の想像をして嫉妬しているように見えたのだ。

「悠木君…」
「変なところ見せてごめんな」

 ──チリーン…ドォン……チリリーン……ドォーン
 悠木君と見つめ合ったのは数十秒だった。
 それを遮ったのはどこからか聞こえてきた鈴と和太鼓の音。この祭りのメインである神事が始まったのだ。

 参道の中央を空けるようにと警察官から規制され、参拝客らがサイドに寄せ集められて満員電車のようにギュウギュウに圧縮された。
 数年に一度に行われるこの神事は、馬に乗った神主が牛車を引いたお供と共に、神社の敷地の外から内に向かってゆっくり進むというもの。牛車の中には今年作られた作物類を積んで、それを豊穣の神様に捧げるのだ。

 先程までは人ごみとは言え、人と人の間にスペースが残されていたのに、今では腕を動かす隙間も無いくらいにギュウギュウ詰めにされていた。

「森宮、危ない」

 悠木君が潰されている私を腕の間に囲って守ってくれた。しかしぎゅうぎゅうと背後から横から人が押し寄せてきて更に密着することになる。
 私は彼の腕の中に守られながら、顔を上げた。
 馬に乗った神主がゆっくりゆっくりと進んでいく姿が目に映る。こんな人ごみの中なのにおとなしくゆっくり歩いているお利口さんな馬は、栗毛の毛並みも筋肉の付き具合も素人目で見ても美しかった。日常から離れた神秘的な光景。そこだけ時代が違って見えた。
 こんな満員ギュウギュウ状態じゃなければ楽しめたのに。

「むぅぅ…」

 苦しくて呻き声を漏らす。
 悠木君が守っていない背後からも人の圧がかかって苦しいのだ。

「大丈夫か、頑張れ」

 悠木君もどうにかしようと首をあちこちに回しているけど、四方八方人の波で身動きが取れそうにない。どこにも逃げ出せない状態である。
 こんなに長いこと悠木君と密着していたことあったかな…
 よく思いだせば、何度かハグをされた記憶があるけど、あの頃は悠木君の気持ちを知らなかったからそこまで意識していなかった。くっついた熱い体や耳元で吐かれる息、匂いまでも意識して恥ずかしくなる。

「ゆ、ゆうきく…」

 苦しい。物理的に潰されているから仕方ないんだけど、別の意味でも苦しい気がしてならない。タダでさえ苦しいのに、ぎゅうと強くなる腕の中。苦しくて酸素を求めて喘ぐと、悠木君の顔が私の首元に埋められた。
 ふに、と柔らかい物が首筋を撫でる。

 参道の中央ではチリンチリン、ドドーンと鳴り渡る鈴と和太鼓の音、馬の蹄の音がパカパカと聞こえる。だけど私の耳には悠木君と私の心臓の音が重なり合って大きく響いて聞こえた。
 隙間がないくらい抱き合って、悠木君の熱が私に感染したみたいに体が熱くなった。

 ざわざわざわ…と参拝客が騒ぎながら動いたのはそれからどのくらい時間が立っていた頃だろうか。規制解除されて人々が満員電車状態から解放される。それと同時に体を苛んでいた圧迫感から解放された。
 もう限界だった。これ以上ここにいたら私は死んでしまう。

 隙間ができた瞬間、私は悠木君の胸を押し返して彼から離れた。
 恥ずかしくて悠木君の顔が見られない。ドキドキして、胸が苦しい。

「森宮!」

 呼び止める声が聞こえてきたけど、私は人ごみを縫うように駆けて逃げた。息を切らせながらバイト場所の屋台に戻ると、屋台でたこ焼きを焼く店長が首を傾げていた。

「顔が赤いぞ美玖ちゃん。さっきのイケメンにチューでもされたのか?」
「してません!」

 私は外していたたすきを掛け直すと、バイトに戻って再びたこ焼きを量産することに精を出したのである。雑念を払うかのように、バイト終了時間までたこ焼きを焼き続けた。


■□■


「美玖ちゃん、時間だよ」
「はい、お先に失礼します」

 祭りが終わる時間はまだ先だけど、高校生の労働時間までの勤務の私はお先に上がらせてもらった。
 ──たこ焼きを焼くのに集中していたら幾分か冷静になれた。…変な逃げ方して悠木君に変な風に思われている気がする……次会った時なんて言おう。
 元はと言えば、悠木君が…

「森宮」

 横から掛けられた声に私はギクッとした。
 バッと振り向けば、そこにはスマホを持った悠木君の姿が。お祭りで賑わう参道から少し外れた、屋台関係者が出入りする裏通りで待ち伏せしていた彼は気まずそうに「終わるまで待ってた」と言った。
 そしてすっと私の前に手のひらを見せてきた。
 何も乗っていない手のひら。なんだろうと私は手と彼の顔を見比べる。

「ごめん、怖がらせた。何もしないから手だけは繋がせて」

 ……そのことを謝罪するためだけに、私のバイトの終わりを待っていたらしい。

「家まで送る。今日は自転車?」
「…今日は電車。ここ、自転車駐輪できない場所だから」
「そか」

 私はおとなしく彼の手に自分の手を預け、手を繋いで帰った。

「……私のこと構ってたらテスト勉強する時間がなくなるよ?」

 今日だって帰って勉強していたほうが良かったんじゃないの。中間テスト目前なんだし。それなのに私のバイトが終わるまで待ったりして…

「大丈夫。困ったら森宮に泣きつくし」
「普通科の私に泣きついてどうするの…」

 普段みたいに軽口を叩いたけど、私達の間に流れる空気感はやっぱり以前とは変わってしまった。
 途中で手をつなぎ直されて、指を絡め合う繋ぎ方に変わった。

 また奇妙な沈黙が生まれる。

 別に、抱きしめられたのが嫌だったから逃げたわけじゃないの。
 ……恥ずかしくて、どうしたらいいのかがわからなかった。あのとき首筋に感じた柔らかい感触は、多分悠木君の唇だった。私はそれを拒むことなく、ただ黙って彼に抱きしめられ続けていた。
 このままずっと抱きしめられてもいいと思った。私はそんな自分に驚いて逃げてしまったんだ。
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