大正夢浪漫・いろは紅葉

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縁談と想い人【三人称視点】

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「…見合い?」
「准将の娘さんだ。年の頃は22。少しばかり嫁ぎ遅れの年齢ではあるが、控えめで家庭的な女性だぞ」

 青年に話を持ちかけた壮年の男性は外国産の葉巻が入った箱を傾けて青年にすすめる仕草を見せたが、青年は手のひらをむけてそれを遠慮していた。
 青年は小さくため息を吐いた。
 いつかそのうちそんな話を持ちかけられるだろうな、と青年は察していた。青年は26歳。妻子がいてもおかしくない年齢であった。
 ただでさえ花形の海軍所属。女にモテないわけがない。だけど彼には全く浮いた話が出てこなかったのだ。

「それとも何だ、好きな女がいるのか? 最近…お前のもとに吉原の遊女から手紙が届いているそうじゃないか」

 どこからそんな情報を…と青年は訝しんだ。確かに立て続けに同じ遊女から文が送られて来るが、馴染みでもなんでもない相手だ。
 壮年の男性は口から紫煙を吹き出した。煙が部屋に充満する。青年は咳き込みそうになるところを堪えて、口を開いた。

「…その遊女は、私もよくは知らないのです。見世のオヤジさんを介抱したときに少し話しただけで、一方的に手紙が来るようになりましたけど……私には他に好きな女性がおります」

 青年はその女性を思い浮かべたのか、先程まで硬かった表情を軽く綻ばせた。それを目にした壮年の男性は眉をひょこりを浮かせて目を細めていた。

「…ほぉう? どのような娘だ?」

 青年の想い人に興味がわいたらしい。どんな相手かを尋ねると、青年は少し躊躇した様子を見せた。

「…向上心のある、とても聡明な女性です。…彼女はまだ学生ですので、まだ想いを伝えていません」
 
 それどころか、自分を異性として見ているかもわからない。青年を兄と慕う少女が結婚相手として見てくれるのかと言えば……わからない。青年の声は自然と弱々しいものになっていた。
 そんな青年の様子を見ていた壮年の男性は火のついた葉巻を咥えて煙を吸い込んだ。その鼻からはフワァと煙が立ち上がる。 

「……その娘を妾にしろと言ったらどうする?」

 男性はこの優秀な息子をなんとか出世させたかった。それは息子が可愛いとかそういうのではなくて、男性の矜持のようなものを守るためではあった。妾に産ませた息子ではあるが、この息子はいつだって自分の望み以上の結果を出してくれた。
 今のままでもこの息子は出世するであろう。だがしかしそれでは遅い。一番の近道は軍の偉い人間の娘と縁組させることだ。
 愛しいと想うその娘は妾にして、准将の娘を本妻とする。……自分と同じ道を歩ませようとしたのである。甲斐性さえあれば許される。父親として息子に道を師事したしたつもりであった。

「……あなたが、それを言うのですか…」

 青年の膝に置かれた手がぐっと握り込まれた。彼は腹の底から湧き上がってきそうな怒りを必死に押し留めていた。

「いくら父上でも言っていいことと悪いことがあるかと思いますが。…母があの家でどれだけ肩身狭い思いをしていたかご存じないとでもいいたいのですか?」

 静かに怒る青年の姿を見た男性は目を丸くしていた。
 男性は地位持ちの人間だった。義務さえ果たせば、好きなだけ遊べた。気に入った女を囲っていたことすらある。
 だがその女と息子は家を出ていってしまった。正妻とその子供らによる迫害に耐えかねたのだ。 
 出ていったなら仕方がないと諦めていたが、妾の息子が思いの外優秀だったので、その息子だけはなんとか手元においておきたかった。
 自分の思い通りに動いてきたこの息子なら自分の言うとおりに結婚すると思っていたが、ここにきて反抗心を見せたことで、男性は興味を持った。

「──なら、会わせなさい」
「…え?」
「私のお眼鏡にかなう娘であれば縁談の話はナシとしよう。来月迎賓館で行われるパーティにその娘を連れてくるが良い」

 突然の提案に青年は言葉を失っていた。目の前の父の気持ちが読めないからであろう。

 妾の息子として生まれ育った忠は、惨めな生活に戻りたくないからここまで頑張ってきた。今まで父の言うとおりに頑張ってきたが、結婚相手までは決められたくなかった。
 ここで父親に罵倒されようと耐えきってみせる気持ちでいっぱいだったが、自分の想い人に会わせなさいという言葉に彼は動揺を隠せずにいたのである。
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