大正夢浪漫・いろは紅葉

スズキアカネ

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【伍】

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 准将とその娘さんが去った後、忠お兄様が「ごめんね、立て続けに…」と謝ってこられた。

「いいえ! これは当て馬マッチのお役目ですから!」
「……当て馬? マッチ???」

 忠お兄様が首を傾げた。そんな呆けた顔をすると、うんと大人であるはずの忠お兄様のお顔が幼く見えた。いいもの見れたぞ。
 それはともかくだ。私は見事ミッションコンプリート出来たと思うのだ。
 
「さくらさんのために縁談をお断りするのね! 私は全てわかってますよ!」

 運命は決まっているもの! どんな苦難があろうと2人の絆は誰にも断てないのだ…!

「違うよ」

 だけど彼からドキッパリ否定されてしまった。

「亜希ちゃんがなにを誤解しているか知らないけど、遊女の彼女は全く関係ない」
「え、でも…」
「亜希ちゃん、女学生の間でどんな本が流行っているのかは知らないけど、あまり鵜呑みにしちゃ駄目だよ? あれは非現実の世界なのだから」
「でも、そんな……」

 そんな否定せずとも。
 じゃああのドラマは何なのよ。
 なぜあの設定の世界で、同じ登場人物がいるこの場所に私が存在するのか。私は何のためにここにいるのさ。
 私があわあわと百面相しているのがおかしかったのか、忠お兄様は私の頬を両手でそっと包んで、仕方のない子を見るかのような優しいまなざしを送ってきた。その目からそらせない。
  
「お兄様?」

 そんな事されると落ち着かないんだけどな。ほら心臓がドキドキ大きく鼓動はじめてる。
 大きな手。戦う人の硬い手のひら。私が持っていないものをすべて持っているお兄様。大きな体を屈めて、その秀麗な顔を私の顔に近づけると囁くようにして言った。

「亜希ちゃんはまだ子どもだからね。もう少し大人になれたら教えてあげるよ」
「…なんですかそれ!」

 また子ども扱いした!
 ムッとした私はグーでお兄様の胸元を叩く。子ども扱いするなと言ってるのになんで子ども扱いするんだ!

 痛い痛いと口には出すけど、忠お兄様は笑顔だ。
 全く! 私のことをからかって!
 ……お兄様だって、私をいつまでも妹扱いしているじゃないか。私は妹じゃないのに。もう16歳なのにいつまでも子ども扱いして…
 私は頬を膨らませた。

「ほら、そんな顔しないの。せっかく今日は綺麗にしてるんだからもったいないよ」
 
 お兄様の手が伸びて、私の顔の横に触れた。
 あ、まただ。お兄様は肌には触れないようにイヤリングを撫でるように触れてくる。いつもはそんな事しないのに。
 普段は髪の毛で隠れている首元。そこを見つめられているようで……なんだか恥ずかしいと感じるのは私だけなのだろうか。

「──忠」
 
 一瞬、忠お兄様の声かと思った。
 だけどそれにしては雰囲気が違う。それに自分の名前を口にする場面ではないだろう。

「…父上」
「その娘か、お前がご執心なのは」

 忠お兄様が父と呼ぶ相手……まさか、彼もここにいたのか。
 私が振り返るとそこにいたのは…ラスボスの忠パパではないか…!
  
 ドラマの忠とさくらの恋の障害物は色々ある。
 その中でも彼は強敵であった。

 彼はとにかく自分の肩書が可愛い、強欲な男で、妾に産ませた息子を利用してさらなる権力を手に入れようとするのだ。
 そのためには遊女のさくらは邪魔。排除するために人知れず他所へ身請けさせようと動くのだ……
 私は遊女じゃないので身請けはできないだろうけど……私も排除されちゃうのであろうか。

 その人はどことなく忠お兄様の面影がある。だけどお兄様と違って冷たそうな印象だ。
 私に目を向けた早乙女氏は、目をぱっちりとさせていた。

「…君が忠のいいひとか」
「! はじめまして…宮園亜希子と申します」

 声を掛けられたことにびっくりして、一瞬声が出なかったけど、なんとか私は挨拶をした。
 い、いいひと……相手として相応しいか見定められているな……大丈夫かな。この人若い頃は女遊びすごかったみたいだから女を目が肥えていそう……

「確か女学生と聞いたが…これほど綺麗なお嬢さんとは」
「いえそんな…」
「向上心のある聡明な女性だと聞いてはいたが、なにか特技があるのかね?」

 向上心? 聡明? 
 え、忠お兄様…一体何を言ったのよ。
 私に特技とか…思い当たるフシがないよ……

「いえ、特技という特技は…私は勉強が少しばかり得意な平凡な女学生なので」
「ほう、勉強が」
「幼い頃から忠お兄様には色々教えていただきました。女が学なんてと眉をひそめる方が多い中、彼は快くいろんな事を教えて下さいましたわ。ですから私も忠お兄様のように帝大に進みたいと考えておりますの」

 学ぶ内容は異なるけどね、私は家でおとなしくしているような人間ではない。なにか人の役に立てるようにしっかり知識を身に着けておきたいのだ。

「そうかそうか大学に…」
「これから時代は変わります。女だからという価値観は通用しなくなると思いますの。知識は時に武力にまさる武器です。決して無駄にはならないと思います」

 早乙女氏が「女は家にいるもの」という価値観の持ち主なら、私の考えはアウトであろうが、その時はその時だ。
 私はマッチ役。とりあえず今は女避けの役割を果たすのみ。

 忠お兄様や吹雪さんのように勉強する女を色眼鏡で見ない男性は少ない。たまたま私が周りの人に恵まれているだけ。この時代では私のような女が異分子なのだ。異物を見るような目で見られても仕方がないと私は諦めていた。
 早乙女氏は私を観察するようにしばらく眺めていたが、なにか納得するようにウンウンと一人頷くと、口元を綻ばせた。

「軍人の妻たるもの、男に寄りかかろうとする人形のような女よりはいい」

 ん……? なんだって?

「良さそうな娘さんじゃないか。しっかりしていて自分を持っている」

 早乙女氏は忠お兄様の肩を叩いてにこやかに笑っている。
 ……なんか認められた?
 私は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてしまった。
 
 ううん? なんで?
 今のが『私、他の女と違うんで』アピールに見えたの?

「…好きになる女の性格も似ているのか」

 ぼそっと呟くその言葉が聞こえたのは忠お兄様だけ。私は聞き逃してしまって、今なにか言ったかなと首を傾げていた。

「ほら、せっかく綺麗にドレスアップしてるんだ。壁の花にするのはもったいないぞ」
「…失礼します……亜希ちゃん、手を」

 忠お兄様に手を差し伸べられ、私は引き寄せられるようにその手に手袋を付けた手を載せた。
 彼はそのまま私をどこかへエスコートした。場所はフロアの中央。そこではミニオーケストラが曲を奏でており、男女が入り混じってダンスに興じている。

「え、お兄様! 私踊れないわ」
「大丈夫、そんな難しいことはないよ」

 背中に忠お兄様の手の感触を感じた私はドキッとした。
 ……こんなに近づいたこと、今までにあったかな…? 彼の顔が近い。息が届きそうなくらいの距離。私は恥ずかしくなって目を泳がせていた。

 曲に合わせて身体が揺れる。
 ダンス未経験者の私はベタに相手の足を踏みつけてしまった。

「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫。気にしないで」

 優しく微笑む忠お兄様はなんだか別の人のよう。
 私は夢心地だった。
 まるでシンデレラにでもなったかのよう。こんなに綺麗なドレスを着用して、軍服姿の彼と踊る……私がもっとダンス上手だったら絵になっていただろうに。

「…恥ずかしいわ」

 じっとこちらを見つめてくる忠お兄様の視線に耐えきれずに私は目をそらす。

「上手に踊れてるよ。大丈夫」

 耳元で囁かれたその声は妙に色を含んでいて、私は身体がむず痒くなってしまった。
 あぁ、熱い。
 こんな風になってしまうのはきっと、空気に酔っているせい。きっとそう。

 大きな窓に映る私達。背の高い忠お兄様にエスコートされるドレス姿の私はいつもよりも大人っぽく見えた。

 ねぇ、お兄様。今夜の私のことはちゃんと大人の女性として見てくれている? あなたの隣にいても浮いてないよね? 10も下の私はあなたと釣り合っているかしら?

 ……私は、ちゃんと役割を果たせたかしら?
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