お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

待ちに待った夏合宿のはじまりはじまり!

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「えっちゃん、本当に大丈夫なの? あっちには男の子もいるんでしょう?」
「平気。基本別行動だし、宿泊場所も離れているから。…心配しなくてもエリカちゃんの身体を傷つけるマネはしないよ」
「そういう意味じゃなくて……男の子は怖いでしょう?」

 合宿の準備をしていた私に、二階堂ママが声を掛けてきた。珍しく帰ってくるのが早い。今日はお仕事が早めに終わったらしい。

 今ママが言っているのは【えみを殺した犯人と年格好の似た少年】がという意味だ。
 事件直後の私は、10代半ばで犯人によく似た体格の少年に恐怖心を抱くようになっていた。小柄な男子や長身な男子はそこまでではない。それに年代の違う男性に対してもだ。
 当初はそうだったけども、学校に通っていたら似た背格好の男子はたくさんいる。時間と共に慣れてきたから、大丈夫だと思う。

「大丈夫だよ。男子バレーの人たち身長が高い人ばかりだし。ママは心配しすぎ」
「…そう? それならいいけど」

 まだ心配そうだったけど私は何かあれば連絡するからとママに言った。
 あ、それはそうと話しておかないといけないことがあった。

「そういえばこないだね、例の元婚約者とやらを見掛けたよ」
「……なにか言われたの?」

 話を聞いたママは少々険しい顔をしていらっしゃった。まぁ娘を切り捨てた人間なんだからいい印象はないよね。

「いやいや遠目で見ただけだから。1人の女子を大勢の男子が囲んでて…学校で有名みたいよ」
「……そう」
「…友達が言ってたんだけど、エリカちゃんがあの事件に巻き込まれたのに、元婚約者は心配する素振りもなかったって言ってたけど…仲悪かったの?」

 それともセレブというのはそういう感情を露わにしてはいけないというルールでもあるのか。いつでも感情を乱さず平静であれみたいな貴族的なしきたりでも…?
 私の問いにママは少々気まずげな表情を浮かべていた。

「…エリカは、執着していたのかもしれないわ。私も夫も仕事仕事であの子に寂しい思いをさせていた。…倫也みちや君はエリカに最も親しい存在の婚約者だったから…独占欲もあったのだと思う」
「こんな美少女に好かれるのは男として嬉しいと思うんだけど…元婚約者はそうでもなかったのかな」
「……そうね」

 ママにも二人の間のことはわからないらしい。…そもそも思春期の人間が生々しい男女関係についての話を自分の親に詳しく話をすることはあまりないかな? 私ならしないもん。
 エリカちゃんがどこにいるかもわからない現状じゃ元婚約者しかわからない事なのだろう。

 だけどそんな事を知っても元に戻るわけでもないし、私は暗い顔をするママを安心させようと明るい声を出した。

「まぁ、取り敢えず元婚約者とは関わらないようにするよ! でもね、元婚約者が執心の相手が女子から嫌がらせ受けてるんだって。クラスメイトが私にとばっちりが来るかもって言ってた」
「…えっちゃん、何かあったらメールでもいいから私に連絡してくれる?」
「うんわかった。セレブ同士のイザコザとかありそうだし、その辺は私よくわかんないからママに振るね」

 ママはまだ心配そうな表情を浮かべていたが、明日から合宿の私を気遣って退室していった。大丈夫だよ。私はそこまで弱くないから。適当に乗り切るから心配しないでよ。
 しかし、二階堂夫妻は本当に娘のエリカちゃんのことを知らないんだな。決して冷遇しているわけではないとは思う。…なんだけど、どこか歪な家族だよな。
 …エリカちゃんは、どんな女の子だったのだろうか?

 …私が考えても答えは出るわけがない。考えるのはよそう。
 成長ホルモンを促進するために22時にはベッドに入った私は、明日からの合宿にワクワクしていた。

 バレー部の先輩方の話を聞くと英学院のバレー部夏合宿はすごく楽しいらしい。
 私が通っていた誠心高のバレー部合宿は鬼ハードで、二度と行きたくないと皆が口をそろえて言うほどの鬼合宿だった。
 英学院も同じく朝から晩まで練習をミッチリするものの、夜には花火とか肝試しとかするらしい。
 いいね! なんか青春ぽくって!!

 ワクワクしながら目を閉じると、いつの間にか深い眠りについていた。



 その日、懐かしい人達に会う夢を見た。

『松戸! たるんどるぞ!!』
『松戸! しっかり立ちな!』
『レギュラーになったからって調子乗らないでよね』
『松戸さん、水分補給してね』
『笑先輩! スパイク練習しましょ』

『笑!』

 苦しくて、辛かった誠心高の部活。
 厳しい監督に先輩、レギュラーになれた私を妬む同級生、献身的なマネージャーに後輩…親友の声が蘇ってきた。


 朝目覚めた時、目から幾筋もの涙が溢れていて耳の中に溜まってしまっていた。
 その不快感で目が覚めた私が天井の柄を見て、それが松戸家のものじゃないと認識した時「あぁ私は死んでしまったのだな」と改めて感じたのだ。


■□■


 合宿先は山麓にある合宿所。
 毎年英学院のバレー部合宿先として使われてるそうだ。すぐ近くに練習用の体育館があり、そこで3泊4日の合宿を行う。


「二階堂、ちょっと待った。そのクーラーボックスは何だ」

 合宿所に入るのに私はバレー部の顧問に呼び止められた。私の手にはスーツケースと魚釣りで使われそうな大型のクーラーボックスがあった。
 疑いの眼差しを向けられた私は仕方がないので、クーラーボックスを下ろして蓋を開けてみせた。

「………なんだこれは」
「4日分の牛乳ですが。なにか」
「……明らかに限度を超えてるだろう」
「私、朝昼晩牛乳飲まないと落ち着かないんですよ」

 エリカちゃんの背は全然変化がない。
 筋力は順調に身について逞しくなっているのだが、身長は伸びる気配がない。なので最近飲む量を500から1リットルに変更した。つまり一日3リットル。クーラーボックスには12本の牛乳が詰まっている。
 もちろんカルシウムの為のいりこも徳用パックでスーツケースに入れている。それ出汁を取る用じゃ…というツッコミは受け付けない。

 それを見た顧問は引きつった顔をしているが、私の中には諦めるという言葉は存在しないのだ。

「私あと20cm伸ばす予定なので、これは必要なものなんです」
「無理だろ」
「大丈夫です! 私の骨端線はまだ存在しているはずですから!」

 大体合宿にクーラーボックスや牛乳を持ち込んではいけないなんて決まりはなかったはずだ。
 顧問もそれ以上きつく言えないようで「無理だと思うぞ…」と呟きながら私をあしらう動作をしてきた。

 全く夢のない顧問だな。
 私が遺憾に思っていると、クックック…とどこからか笑いをこらえる声が聞こえてきて振り向いた。

「…二階堂さん面白いねぇ。牛乳持ち込みする子とか初めて見た」
「この辺コンビニがないと聞いていたんですもん。部員は基本合宿所から出られないでしょ? 女子マネの野中さんをパシるのも申し訳ないと思って」
「だけど牛乳…! それどんくらい入ってるの?」
「12リットルですかね」
「12!」

 何やら彼のツボにはまったらしい。
 腹を抱えて大きな体を曲げているのは男子バレー二年の二宮にのみやいさみさん。「名字に同じ“二”が付くね!」とよくわからない共通点を持ち出して話しかけられたことがある。
 もともと人懐っこい質なのか、男子バレー部のムードメーカーみたいな存在らしい。人に不快感を与えずに上手く相手の懐に入る事ができる人だ。
 ゆるい天パの髪を上手く遊ばせており、さりげにピアスの穴の跡がある耳たぶから察するにお洒落な男子なのだろう。
 彼は甘めの端正な顔立ちだが、試合となると真剣かつ険しくなる。そのギャップがたまらないってどこかの女子が言ってた。

 彼の身長は187cm。私は彼の身長に嫉妬しながら、恨みがましい視線を送った。

「身長がある二宮さんにはわかりませんよ。私は少しでも大きくなりたいんです」
「ごめんごめん。それ持とうか?」
「結構です」

 二宮さんとクーラーボックスを持つ持たない攻防を繰り広げていると、彼の腕に女子がぎゅっと抱きついた。

「ニノっち! 何してるの? 皆もう部屋に入ってるよ?」
「あーごめんごめん。二階堂さんもいこっか」
「私こっちなんで」
「あ、そっか。じゃまたね」

 男子と女子の部屋は入り口は同じでも別棟なのでそこで彼らと別れた。

 何故か男バレマネージャーの富田さんにキッと睨まれたんだけど、意味がわからないよ。

 英学院バレー部には男子・女子それぞれにマネージャーが付く。
 マネージャーの仕事はいわゆる雑用だ。
 しかし雑用と侮るなかれ。マネージャーの質でチームの試合結果も変わることもあるのだ。

 たまに偏見を持つ人もいるけど、マネージャーにも色々なタイプが居るんだよ。


「みんな~お疲れ様~」

 キャピキャピ(死語)した声が合宿先の体育館に響き渡る。
 男子バレー部のマネージャーは男子にドリンクの入ったボトルを手渡し、タオルを配っている。

 彼女は男子バレー部のマネージャーである3年の富田さん。女子力の高い人でおめめパッチリの美人さん。男バレのアイドルらしい。
男子バレー部のマネージャーだから女子バレーとは全くと言っていいほど関わりがない。
 まぁ別にそれはいいんだけど……形骸化してるが、マネージャーと部員の交際は禁止となってるんだけど…その辺大丈夫かな?

 ちなみに女子バレーにもマネージャーはいる。2年の野中さんという女子なのだが、彼女はなかなかいいマネージャーだなと思う。飾り気のない清楚な子で、いつも誰よりも早く部活に来て、誰よりも遅くに帰宅する。
 私は実質バレー部員の下っ端なので、野中さんの手伝いがてら同じように朝早く来て夜遅くに帰宅してる。それが切っ掛けでよく話すことが増えた。とても頑張り屋さんな女の子だ。

 彼女も本当はバレーがしたかったらしい。だけど自分の能力じゃ無理と判断し、少しでもバレーに関わりたいということで、裏方サポートとしてでもいいからマネージャーを志望したらしい。

 結構そういう人はいる。
 誠心でも身体の故障を原因にバレーを辞めたけど、 バレーが好きだからマネージャーになる人や、将来スポーツトレーナーになりたいからその為に経験を積みたいという人とか。

 誠心はバレー以外の部活競技も力を入れてて、たまにミーハーな女子が男子部に入るも余程ガッツがないと辞めてく子が多かった。続けば男子のマドンナ化してた。それを妬む人はいたけど、別にいいんじゃないかな? 仕事ちゃんとしてるなら。
 一方女子部にはマネ志望者が少ないけど、その代わりに本気で裏方サポートがしたい! って子が多かったな。女子の部活は陰湿な嫉妬が多くて、いじめもあったりした。監督や先輩の厳しいシゴキに耐えられなくて辞めてく子もいたから、誠心のマネはカウンセラーの役割も果たしていた。
 裏方とは言っても、私達を支えてくれる心強い存在であり、なくてはならない存在だった。

 マネージャーの仕事は大まかに言ってバレーの試合中の記録係・練習試合の際の接待・ドリンク出し・洗濯・手当て・選手の成績の記録・書類作成・ボールのメンテナンスなど。 
 合宿ではそれに食事作りと買い出しとその他雑用が待っている。
 まぁマネージャーは合わせて2人いるし分担すればなんとかなるよね。
 私も手が空いたら助けに行こうかなと考えながら練習に戻ったのだった。

 
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