お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

脳筋の私とインテリの慎悟。まるで正反対なのに惹かれ合った私達は磁石なのか?

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 本日晴天、降水確率も0%。
 いよいよ待ちに待った慎悟とのカレーデート当日だ。上杉の野郎には色気がないと言われたデートコースだが、私達はこんなデートでも十分楽しい。
 二階堂ママの指導の元、自分でお化粧も頑張った。今日は袖部分の刺繍が可愛い薄桃色のウエストタックワンピースで出かけることにする。日差しが強そうなので、日傘も持っていこうかな。手を加えずともエリカちゃんは美少女なんだけど折角のデート。準備はしっかりね。

 私と慎悟が待ち合わせしているのは、ちょうどお互いの家の中心にある駅。待ち合わせ時間に遅刻しないように早めに家を出た。駅までは二階堂家の運転手さんに車で送ってもらった。


「君かわいいね、1人?」
「えっ? …いえ、彼氏と待ち合わせ中ですけど?」
「えー彼氏なんて放っておいて遊びに行こうよー。俺楽しいところ知っているからさぁ」

 待ち合わせ場所の駅でまさかのナンパをされた。相手は所謂不良系な少年2人組だ。中学生から私くらいの年代の女の子って一定数の子がこういう悪い系男子好きなんだよね……だけど私は好みじゃない。

「いえ、本当にすみませんけどお断りします」

 私は丁重にきっぱりとお断りをして、横を通り過ぎようとした。…なのだが、この対応が相手の癇に障ったらしい。
 相手は舌打ちをすると、先程とは態度が一変して柄悪く睨んできたではないか。

「…んだよノリ悪ぃな」
「気取ってんじゃねーぞブス!」
「…はぁぁ!? エリ…私に向かってブスだとぉ!?」

 捨て台詞としても聞き捨てならないな! ちょっと待てそこの軟骨ピアスとモジャ毛!! 何処からどう見ても美少女のエリカちゃんをぶ、ブスだとぉぉ!?
 
「待った、落ち着け」
「慎悟、こいつらが」
「もう行くぞ。時間の無駄」

 私が不良共に反論仕掛けた所に慎悟がやってきて、私の腕を掴んで止めてきた。どこから見ていたんだあんた!

「こうなると思ったから、車で行こうと言ったのに…」
「あいつらブスって言った! エリカちゃんは可愛いのに失礼!」
「外から聞いたらナルシスト発言になるぞ、笑さん」

 現われた慎悟の美形さに圧倒されていた不良共は我に返るなり、「ブース!」と遠ざかっていく私を罵倒してきた。
 許さん、アイツら絶対に許さん! だけど慎悟は手を離してはくれない。なのでせめてもの仕返しで、「ブスって言ったほうがブスですー!」と子供の喧嘩のような捨て台詞を叫びながら駅の改札を無理やり通過させられたのである。
 今回も慎悟が切符を購入済みだったらしい。


「…あんたは本当に19歳なのか? あんなしょうもない挑発に乗るなよ…」
「だってあいつらが!」
「エリカは確かに見目麗しい。笑さんはそれをわかっているんだ、アイツらが言っていることが負け惜しみだってわかっているだろう?」
「言われっぱなしなのはもやもやする!」

 電車の対面式の座席に座った私達は先程の騒動について話していた。憤慨する私を慎悟は呆れた目で見てくる。その目止めてよ! 私は被害者だぞ!
 慎悟ってこういうのを我慢すると言うか、流すと言うか、無視する方法を選ぶよね。それって逆にストレスにならないかと尋ねてみると、慎悟はため息を吐いていた。

「全部相手するのは…逆に疲れるだろ。自分がどうしても許せないものは反論するさ」
「えぇー…限界まで我慢するのしんどくない?」

 そんなところまで大人びていなくてもいいのに。少しでも侮辱されたら、不快であると感情を表してもいいと思うんだけどな。侮辱するほうが悪いのは決まりきっているんだ。
 私はそう思ったけど、慎悟の考えは違うらしい。

「…ムキになって、感情的に反論しても相手が面白がって余計に悪化することもある。…それなら相手の出方を窺って、無視するか、反撃するかを選んだほうがいい」
「何だか意味深」

 確かにその言い分は一理ある。…まさにさっきの相手は私が反論したら、相手もそれに乗っかってきた。……確かに、余計に悪化していたな。
 私がその達観した考え方の理由を聞こうとしたら、慎悟は私からふいっと目をそらしてしまった。

「…まぁ、俺にも色々あったってことだよ」
「えー気になる言い方だなぁ」
「…話しても楽しくないから教えない」

 秘密主義か。
 慎悟は顔をしかめていた。…嫌なことを思い出してしまったみたいだ。そんな顔を見ていたら私もそれ以上深くまで追及出来なかった。
 生まれも育ちも違うから、慎悟が今までどんな環境でどんな人達と関わってきたか詳細な事までは知らない。私だって親しい人間のことは話すけど、仲の悪かった相手の話はしないもんなー。話しても楽しくないもんね。
 
 そういえば慎悟は英学院で幅広く交友関係を結んでいるが、他校にも小中が同じだった親しい友人がいるみたいだ。何度かその人の話を聞いたことがある。
 実はその友人が去年の文化祭に遊びに来たらしいけど、私は会っていないんだよね。途中ですれ違ったかもしれないけど、どっちにせよ私の知らない人だから、会っていないも同然だな。

 慎悟は結構辛口でシビアなんだけど、裏表がないし、中立の立場で平等に接してくれるから穏健派セレブ生・一般生に慕われているんだよね。その逆も多少存在するけど、表立ってなにかを言ってくるような大した敵はいない。それほど影響力が強いんだろうと私は考えている。
 慎悟に堂々と喧嘩を売った人は…卒業生の斎藤君くらいしか私は知らない。それを考えると斎藤君は大物だよね。…上杉? さぁ…知らんなぁ。
 
 …慎悟と親しい友人、めっちゃ気になるので一度は会ってみたい。慎悟は変わった人だって言っていた。…気になるなぁ。そのうち会えるだろうか。
 
 だが今は目の前の慎悟だ。デートだと言うのになにかを思い出して難しい顔をしている。
 何を思い出して苛ついているのかは知らないが、目の前に最愛の彼女がいるというのにいい度胸である。
 慎悟の意識を私に向けるために、私はとあるお願いをしてみた。

「ねぇ慎悟、あとでボートに乗りたい」
「…え?」
「ほら、カレー屋の近くの公園に大きな湖があったでしょ? ふたりでボートに乗ろうよ」

 今回私は、以前にも行ったことのあるカレー屋さんをリクエストした。あのお店ならナンを焼いている姿を目の前で見れる。美味しかったので、他のカレーも食べてみたかったから。出来れば全制覇したい。
 カレーを食べた後どうしようかと思っていたのだが、公園いいと思わない? まだ炎天下の時期ではないので、いいタイミングだと思うのだ。

「代わりばんこでオールを漕ごう!」
「…あんた試合前だろ。膝だけでなく腕まで痛めたらどうするんだよ」

 私は良かれと思って提案したのだが、慎悟は冷静にツッコミを入れてきた。 
 いや、ボート操作くらいで怪我しないでしょ…多分。だけど慎悟は渋い顔をする。じゃあどうしたらいいのだと私は唇をとがらせた。

「乗りたいなら乗ってもいいけど、操作は俺がやる」
「えぇ…? 交代なら大丈夫だって…」
「また怪我して落ち込まれるよりはマシ」

 それを言われると耳が痛い。確かに怪我をした時はすごく落ち込んでいたから否定はできないけども…!
 だけど慎悟は普段運動していないから、慎悟こそ怪我するんじゃないか?

「…運動はたまにしてるよ」
「体育だけじゃないの?」
「付き合いでたまにスポーツしに行ってる」
「えっそうだったの? 例の変わった友達と!? 何すんの何すんの? 何して遊んでるの?」

 たまに呼び出しを受けては例の友人に連れ回されるそうだ。スカッシュとかボルダリングとかをやらされるとか話していた。
 だからかー。慎悟は意外と腕力があるなーって前々から思っていたんだ。

「えーじゃあ今度私とも行こうよ。私テニスも好きだよ」
「テニスとはちょっと違うけど?」
「いいよいいよ。じゃあ今度約束ね!」

 壁にぶつける以外はテニスみたいじゃない。楽しみだな。
 私は映画とか観劇では寝てしまう人間なので一緒に楽しめない。頭もそんなに良くない、ただのバレー大好き体育会系だ。なのでどっちかと言うとインドア気質の慎悟と趣味が全く合わない。
 一緒に2人で楽しめるものはないかなと考えながらもいい案を思いつけずに、いつも慎悟に合わせてもらっているのが心苦しいのだ。どうせなら一緒に楽しみたい。

「慎悟も行きたいところとか、してみたいことがあったら言ってね」

 それで同じものが好きになれたらすごく嬉しいんだけどな。慎悟は周りのことを気にして、自分のことを後回しにすることがあるから、ちょっと気にしていたんだ。
 だから正直に要望は伝えてほしいなと思って言ったんだけど、慎悟は真顔で返してきた。

「…笑さんがいるなら、俺はどこでも楽しいけど?」

 その瞳と口説き文句に射抜かれた私は10秒くらい息を止めて固まっていた。
 遠慮しないで言って、という意味で言ったのに…心臓がまた暴れちゃうじゃないの。無意識で言っているところがなんというか……慎悟は私を訝しげに見ており、全然自覚していない。

「うん…私も同じ気持ちだよ…」

 とりあえず同じ気持ちであるということを返すので私は精一杯であった。
  
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