お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

勿体ぶっているのではない、ケジメです。

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 日曜夜に慎悟から連絡があった。週明けには登校すると言われたが、実際に顔を見ないと不安だった私は月曜の朝練が終わるなり速攻教室に飛び込んだ。

「慎悟! 本当に大丈夫なの!? まだ寝てたほうがいいんじゃ…」
「土日しっかり休んだからもう大丈夫」

 加納ガールズに囲まれていた所に割り込んだ私は慎悟に飛びついた。顔色は良くなっているし、おでこに触れても熱はなさそうだ。声も普段どおり。
 ホッとした。慎悟が体調崩してダウンするのを見るのはこれが初めてだったので、すごく心配だったんだ。

「二階堂さん! 割って入ってきてなんなのあなた! 無礼よ!」
「そうよそうよ!」
「慎悟様は病み上がりなのよ!?」

 加納ガールズがちょっとうるさいが、完全復活した慎悟の姿を見られて私は安心していた。
 あの日ベッドに押し倒して不埒な真似をしてきた云々は人の耳に入らないところで注意しようと考えていると、慎悟が警戒した様子で顔を上げた。 
 慎悟の視線を追うと、いつの間にか背後に迫っていた微笑む上杉の姿。その笑顔の作り物めいた出来栄えよ。朝っぱらから胡散臭いやつである。

「もう登校してきたんだ? もう少し休んでいたほうがいいんじゃないかな?」
「…ご心配ありがとう。お陰様で全快したよ」

 上杉の言葉が悪意に聞こえてしまうのは何も私だけではないと思う。慎悟もお礼を言いつつも慇懃無礼な受け答えの仕方だ。
 その態度が気に入らなかったのか、上杉はいやみったらしく片眉を器用に動かしていた。

「君達はもう少し僕に感謝してもいいと思うんだけどな?」
「は…?」

 上杉の言葉が理解できないようで慎悟は訝しんでいた。何故奴に感謝しないといけないのかって顔だ。慎悟は熱で意識が混濁していたので、上杉におんぶされて車に乗せられた事を覚えていないのだろう。
 慎悟から意味がわからないと言いたげに視線を向けられたので、私は自分の不甲斐なさに泣きたくなった。

「“私”の身体ならおんぶできただろうにごめんね…慎悟を上杉の魔の手にかけてしまったの……不甲斐なくてごめん」
「……は?」

 慎悟は余計に困惑している様子だ。私だって頑張ったんだよ。だけどおんぶできなかったんだ。それでも引きずっていこうと思ったらこの男が…!

「ねぇ、僕が加納君を襲ったような言い方やめてくれる?」

 上杉がうるさい。
 お礼は言うべきなのはわかってるんだよ。だけどこいつの場合見返りを求めるから嫌なんだ……! 私はギリギリと歯噛みをした。
 喉の奥に詰まったありがとうの言葉を吐き出すのにかなり苦しんだが、絞り出すように吐き出した。

「……慎悟を車まで運んでくれてありがとうございました…!」
「お礼なら別の形で欲しいんだけどなぁ」
「ほらね! あんたって奴はこうして下心を出してくるから! やだよ! 絶対にやだよ!」

 私は慎悟に抱きついて叫んだ。
 もぉぉー! こいつって奴は! そういうとこやぞ上杉!
 たまにいい事をしたらこうして…! あんたにお礼を求められると貞操の危機、もしくはサイコスリラー生活への片道切符を渡される気がしてならないんだ!
 上杉は困った子を見つめるかのように私を見てくるが、そんな目で見つめられる道理がない。断る。人としてどうなのと言われようとその手には乗らない!
 情けないが逃げるしか出来ない。野生生物が密猟者を警戒するように威嚇していると、慎悟が私の手を握ってきた。

「礼なら俺がする。運んでもらったのは俺だ。俺が礼をするのが筋ってものだろう。助かったよ、ありがとう」

 慎悟が素直にお礼を述べると、上杉は無表情になった。さっきまでニコニコだったのに急変するのやめてよ怖い。私は上杉の視線を避けるために慎悟の背中に隠れた。

「…本当に君、独占欲強くなったよね。…風邪引いている時くらい控えたら?」
「…は?」

 上杉から言われた言葉に慎悟はぽかんとしていた。…完全に覚えていないなこりゃ。私は慎悟の部屋で起きたことを思い出し照れしてしまった。
 …目敏い上杉のことだ。首に痣を作って学校に戻ってきた私のことに気づいていたのだろう。結果的に何もなかったとはいえ、そういうことをしていたと誤解を受けても仕方ない。私達は交際しているし、不自然ではないものね。
 居た堪れなくなったので、一刻も早くこの会話を切り上げてほしい。

「ほら、先生が来ちゃうよ!」

 力任せに慎悟の背中を押して席に誘導した。タイミングがいいのか悪いのか、そこで予鈴が鳴ったので、慎悟には後で話があると告げると私も席に戻っていったのである。
 

■□■


 昼休みに慎悟を屋上前の階段踊り場に連れてきた。ここが一番人気ないんだ。
 先週の事もだが、あのパーティの時のこともある。ここはきっちり念を押しておくべきだと思うのだ。

「憶えていない…もったいないことした」

 金曜に起きた『風邪っぴき慎悟ベッド押し倒し事件』のことを注意したら慎悟はふざけたことを抜かしていた。
 もったいないことってなんだよ!

「バカ! あともうちょっとでおばさんに目撃されるところだったんだよ! まだ私達にはああいうことは早すぎます! ケジメとして私はまだ許さないからそこのところよろしく!」
「……」

 慎悟は口をへの字にしていた。とても不満そうな顔をされたが、ケジメはケジメである。

「キスならいっぱいしてあげるよ?」

 そういえば風邪っぴき慎悟はキスをしたがっていたな。風邪治したらキスしてあげるって約束していたよね。私は慎悟の首に手を回して、屈むように促した。私から動いてキスすると、慎悟の手が腰に回ってきた。
 ついばむような軽いキスだったのがどんどん激しくなっていく。貪られるような口づけに私が翻弄されていると、慎悟がそっと離れて一言。

「…足りない」

 情欲を含んだ瞳は燃えるようであった。
 至近距離から瞳を覗き込まれて私はドキッとしたが、これに絆されてはならない。

「……慎悟は、私のこと好きなんだよね? 好きなら我慢できるよね?」

 慎悟は理性的なやつであると私は信じているぞ。頑張っているのは慎悟だけではない。
 だけど慎悟は眉をしかめて否定してきた。

「それとこれとは別だ」
「そんなことないよ! 私のことを好きなら、結婚するまで待てるはずだよ!?」

 慎悟は余計に渋い顔をしてしまった。
 だけどそこのところきっちりしていないと、私達の将来のことを認めてもらえないと思うんだよ。二階堂のお祖父さんそういうところ厳しそうだし、慎悟の両親も、二階堂パパママもキッチリしていそうだし…。

「…私は嫌なわけじゃないんだよ? …慎悟と一緒にいたいから、周りに認めてもらうために今はその時じゃないと言っているの」
「笑さん…」

 慎悟が一時の衝動だけでその先を求めているわけではないというのはわかっているんだ。好きな人と触れ合いたいという欲は私だって持ち合わせているから。
 だけどもうちょっとなのだ。私と慎悟の事をお祖父さんが認めてくれるまで後もう少しのところに来ている。だからお祖父さんが文化祭を見に来ると言っているのだと思う。
 今の状況で事に及ぶのは拙いと思うのだ。私は慎悟の胸に抱きついて、小さく呟いた。

「せめて、二階堂のお祖父さんに婚約を認めてもらうまでは…ね?」

 それがいつまでかとは私も返事はしかねる。なぜならお祖父さんがいつ認めてくれるのかはわからないから。
 慎悟のきつく私を抱きしめてきた。そして再び唇を奪われる。それが慎悟の返事みたいだ。
 
 自分が思っているよりも慎悟に我慢を強いているみたいだ。激しい口づけは彼の欲の深さを表しているかのようである。鼻で呼吸をしようとするが、どうしても苦しくなってしまう。
 だけど私も慎悟の唇に触れていたい。もっとくっついていたい。その熱に触れていたい。彼の背中に手を回して彼の熱い唇を求めた。

 その時が来たらもう勿体振るような事はしない。この身を許すのは慎悟にだけなのだ。
 もうちょっと辛抱して欲しい。


■□■


「菅谷君、シフトの調整してくれてありがとうね」
「いいえ、お気になさらず。試合頑張って下さいね!」

 もうひとりの紫の上である菅谷君にお願いをして、文化祭のシフトの時間を変則にしてもらっている。初日は私のほうが勤務時間が長く、2日目は菅谷君のほうが長い。2日目の招待試合のためである。合算すれば労働時間は変わらないので、菅谷君は快く引き受けてくれた。
 同じシフトに入った慎悟とは初日の空き時間に一緒に文化祭を回る約束をした。2日目では早番が終わったら、招待試合の応援に来てくれるそうだ。
 私と同じ時間帯のシフトになると、自動的にお祖父さんと遭遇するけどいいのかと確認したが、苦渋の決断だったようだ。
 応援に来てくれるのは嬉しいけど、今回ばかりは慎悟の気持ちを優先してくれても良かったのに。女装をあんなに嫌がっていたじゃないか。二階堂のお祖父さんに見られたくないんじゃないのか?
 
「じゃあまた明日ね」
「あのっ加納様!」

 私が慎悟にさよならの挨拶をしようとしたら、そこへクラスメイトの女の子が話しかけてきた。
 彼女は2日目に私達と同じシフトに入る予定の子ではないか。…普段慎悟とそんなに会話しないのにどうしたんだろう…。
 はっ、またこの魔性の男は女の子を無意識に引き寄せているのかと、私が疑惑の眼差しを慎悟に向けた。
 慎悟はクラスメイトの彼女を見下ろして不思議そうな顔をしている。

「あのっ、折り入ってお願いがあるんですけど!」

 まさか恋人がいる前で堂々と告白かと思ったけど、彼女の目的はそうではなかったみたいだ。

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