攻略対象の影薄い姉になったけど、モブってなにしたらいいの?

スズキアカネ

文字の大きさ
292 / 312
番外編

影薄いはずのモブ姉が強すぎて、狙っている彼を攻略できない件【林道寿々奈視点】

しおりを挟む

『あやめちゃん!』

 その呼び名に私は不思議な感覚を覚えた。どこかでその名前を聞いたような気がする。そんな違和感からだ。
 あやめちゃんと呼ばれたその子は同じ高校の同級生だった。違うクラスで話したことのない、どこにでもいる女子高生。
 染めたことのない黒髪に健康的な丸顔。黒目がちのその瞳は愛嬌があって、友達と笑い合うその姿は普通に可愛らしかった。

 何故、私がその子のことを気になったのか。その時点では分からなかった。そのことに気づいたのは、“彼”との出会いだった。
 あれは3月のこと。高校の入試シーズンに運悪くじゃんけんで負けた私は受験生の誘導係になってしまったのだ。そのため学校に登校しなきゃならなかったのだが、そんな日に私は電車で痴漢に遭っていた。

 後ろで何やらもぞもぞしているなと思っていると、スカートの上からねっとりとお尻に触れる手。背筋が悪寒でゾゾッとした。声を上げたいのに、こんな時に限って私の声帯はストライキを起こしていたのだ。
 やめてください、その一言だけなのに恐怖で声が出ない。嫌で嫌で仕方ないのに、と私は情けなくも泣きそうになっていた。

『…おい、やめろよオッサン。痴漢とかして恥ずかしくねーの?』

 お尻から手が離された。誰かが助けてくれたのだ。その声は変声期を迎えたばかりの少年の声だった。私が振り返ると、学ラン姿の男の子が痴漢をしていたであろうおじさんの手を掴み上げていた。
 小さな顔に配置されたパーツは恐ろしいくらいに整っており、アーモンド型の瞳は軽蔑の眼差しで痴漢を睨みつけている。中学生ながらも美しく整った顔立ちをした彼の顔を見た瞬間、記憶が濁流のように流れ込んできた。
 前世の記憶だ。自分が何者であったのか、目の前の彼が一体誰なのかまで……未来の、一年後の彼の姿がスチル画として蘇る。今は黒髪だけど、来年度彼は髪の毛を染めるのだ。今は品行方正にしているけど、高校入学した後徐々に素行不良になっていくのだ……

『大丈夫ですか?』

 高校前の駅で駅員に痴漢を突き出した彼は私を気遣うように声を掛けてきた。

『た、助けてくれてありがとう…』

 私が震える声でお礼を言うと、彼から『自分の姉もよく痴漢に遭うので、ただ単に許せなかっただけです』とあっさり返された。
 記憶が蘇った私には「優しい…」とときめく間もなく、疑問が湧いた。

 姉。…お姉さんも痴漢に遭うんだ……?
 あれ? あのゲームの中では彼とその姉は仲が悪かったはずなんだけど……痴漢に遭ったとかそういう話する間柄なの?
 どういうこと?

『じゃあ俺、試験があるので』
『えっあっ待って……行っちゃった』

 彼は駅の階段を飛ばしながら駆け出し、あっという間にその場から走り去ってしまった。まさに風のように去っていった。
 そうか、彼は今日私の通う高校を受験するのか。彼は間違いなく合格する。春から同じ高校に通うんだ…! また会えるんだ! 飛び上がるくらい私は喜んだ。

 たった一度、痴漢から助けてもらっただけだった。
 私はそのたった一度で彼に恋をしたんだ。

 だけど彼は乙女ゲームの攻略対象だ。ヒロインの相手役候補なのだ。そして私はモブですらない、その他大勢のポジション……
 ──彼がヒロインのものになるのが許せなかった。運命だとしても、それに抗ってやりたくなったのだ。
 そうだ、私にはあのゲームの記憶がある。私なら彼のヒロインになれるんだ。
 内なる自分がそう囁いた気がした。

 だけど、ちょっと待てよ? と冷静な私がストップをかけようとする。
 彼の姉の名前は……あやめ。…同級生に同じ名前の子がいたけど……そういえば、彼女の名字も田端だった。あの子が、彼のお姉さん…?
 …どういう事なの。ゲームでは違う高校に進学していたはずなのに…それに、ゲームの中ではもっと陰気で顔を前髪で隠すような暗いキャラだったはず…

 所々引っかかりはあったが、モブ姉もとい田端あやめは彼の実姉だ。血のつながった姉は恋のライバルにはなりえない人物。なのでさほど危険視しなかった。

 ──その時の私は馬鹿だった。
 ヒロインよりも誰よりも強敵なのが誰なのかも気づかず、ヒロインの役割を乗っ取って彼を攻略しようとしていた。
 戻れるなら過去に戻ってやり直したい。


■□■

 
 入学式当日、桜吹雪の下にヒロインはいた。向こう側から彼が歩いて来ている。あの出会いのスチルを思い出したが、私はその流れを敢えて妨害してやった。

「ねぇ君ー! 新入生だよねー? 体育館こっちこっちー!」

 声をかければ、彼はこちらに意識を向ける。私は入学式実行委員として新入生を誘導する係をゲットしたので何ら違和感もない。
 彼を体育館に案内してあげると、彼にお礼を言われた。痴漢から助けてもらったのはひと月前のことだけど、彼は私のことを一切覚えていないようだった。それが寂しくて悲しかったが、そんなことにめげてはいられない。
 私は必ず彼を射止めてみせる。
 たとえヒロインの座乗っ取りだとしても、恋は戦争、多少は汚い手を使っても許されるはずなのである。私はばれないように拳を握りしめた。


 彼…和真君は入学したその日から注目の的となった。
 それと同時に彼の姉である田端あやめも別の意味で注目されるようになった。

「田端、髪の毛の色を戻せ。それと化粧をするな」
「あっ風紀副委員長様、あそこに校則違反者がいますよ! おーい沢渡くーん!」
「お前が言うな」

 モブ姉なのに、攻略対象と接触しては、何かしら騒動に巻き込まれている彼女は和真君とは別の意味で目立っていた。
 モブ姉ってあんなに派手だったっけ? あんなに……アグレッシブだったかな……
 私は自分の前世の記憶を疑い始めた。

 その上、攻略状況は芳しくない。
 ヒロインと同じアクションをとっても、和真君が心を開く様子はない。シナリオ通りに和真君が非行しはじめたが、何かがどこか違う。
 何故なんだろう。
 …あぁそうだ、和真君とモブ姉は特別仲が悪い風には見えないんだ。もしかしてモブ姉が原因なのか…?


 私はモブ姉の生態を調べるために跡をつけることにした。
 そこで目にしたのは犬に群がられるモブ姉の姿である。ギャルギャルしい格好をしているのに、犬と触れ合うその姿は微笑ましく映った。
 それにしても、歩けば犬に当たるってくらい犬にぶち当たっている。

「ハッハッハッ…」
「どうしたのペコちゃん!? すみません、いつもはこんなことないのにー」
「ははは、いえいえ」

 散歩中の犬がモブ姉の前でお腹を見せて期待の眼差しで見上げている。モブ姉がお腹をひと無ですると、もっともっとと身体を拗じらせて歓喜している。
 1頭来てはまた1頭寄ってくる。まるで歩く犬フェロモンだ。

「可愛いねぇ、いい子だねぇ」
「きゅぅぅん」
「あやめちゃんの手にかかると、うちの暴れん坊将軍もおとなしくなっちゃうわぁ」

 磁石で引き寄せられるように犬がモブ姉へ寄っていく。どんな屈強な犬もモブ姉にかかればかわいいわんちゃんに様変わり。
 どういうことなんだ。ここは花咲く君への世界ではないの…? えっ…わんわん物語…?

「ウー…ワンッ!」
「ギャウギャウ!」
「きゃあ!」

 モブ姉を監視すべく、電信柱の影に隠れていた私は、散歩中のよその犬たちに吠えられ、追いかけ回された。さっきまで田端あやめに尻尾振ってたくせに何なのこの変わり様は!! まるで不審者扱いじゃないの!?
 異常なほどに犬に愛された田端あやめ、一体何者なの…!? ますますわからない。


■□■


 あやめちゃんが私と同じ転生者だと知ったのはそれから後の話だ。
 あやめちゃんは、私が転生者だと気づいていて警戒していたそうだ。私がヒロイン乗っ取りしようとしていることを許せなくて妨害しようとしていたみたい。

 あやめちゃんはあのゲームのシナリオ通りに事が進んで欲しいようだ。攻略対象とヒロインが結ばれるべきと考えている。
 ……そんな事言うあやめちゃんだって攻略対象を好きになっているくせに。

 確かに私のしていることは卑怯だったと思う。だけど好きになった気持ちを否定しないで欲しい。それは私だけじゃない。あやめちゃんの気持ちもだ。
 人を好きになる気持ちは皆同じなんだから。

 私は和真君が好きだ。
 なので、ヒロインである本橋花恋のことが嫌いである。ドジっ子だかなんだか知らないけど、いろんな攻略対象とイベントを起こしているくせに誰のルートに進んでいるのかもわからない。
 そういうところも見ていてむかつくし、運命の出会いが約束された特別な存在なことも腹が立つ。
 あの女が誰かとくっつくのを待つくらいなら、卑怯な手を使わずに正攻法で彼に好意を伝えていく。彼が振り向くまで私は諦めない!



「…唐揚げなら姉ちゃんが作ってくれたのがあるからいい」
「……私、朝5時に起きて作ったんだよ?」
「そもそも頼んでないけど」

 そう、諦めない。
 彼の姉の作った唐揚げのほうが上手でも、姉の唐揚げがあるからいらないと言われても私は決して諦めたりしない。


「これから? 姉ちゃん迎えに行くから無理。この間変なつきまといに遭ったから、姉ちゃんのバイトの帰りは橘先輩と交代で送り迎えしてんの」
「……」

 …そう、けっして諦めない。
 彼がいつだって姉を優先しようと私は諦めない。彼は優しい人だから、大事なお姉さんを見捨てるマネはしないのだ。


「和真くーん! がんばってぇぇ!」

 彼の試合に応援に来たのに、彼の視線の先にいるのが姉のあやめちゃんだったとしても、私は、私は絶対に…!


「昔は俺ばかり守ってもらっていたから、今度は姉ちゃんを守れるくらいに強くなりたいんだ」

 乙女ゲームでは不良系美形だった彼が、たくましく強くなっていく彼は硬派なイケメンにクラスチェンジした。
 それはすべて、大好きな姉のため。
 貴重なテレ顔で空手を習い始めた理由を語られた私は……


「和真君がシスコンになっちゃったのは、あやめちゃんのせいなんだからね!」
「うわ、急に何!?」

 あやめちゃんは困惑した様子で「そんな事ないと思う」と否定するけど、そんな事があっているから私の恋はうまく行かないんだよ!

 和真君が振り返ってくれないのは、なにもかも強敵すぎるあやめちゃんが悪い!!

 絶対に絶対に諦めないんだからぁっ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

処理中です...