太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

文字の大きさ
47 / 209
Day's Eye 森に捨てられたデイジー

人の優しさ

しおりを挟む
「使われた薬の効果を抜くために、今日はここで入院ね」
「……」

 大会会場にいた時よりも身体の痺れはひどくなり、体の感覚が鈍くなっている。
 今では歩くことはおろか、指を自分の意志で動かすことすら出来ない状態だ。喉が動かないどころではない。体の感覚がないのだ。当然ながら水を飲むことも出来ない。
 そのため、身体に管をつなげて脱水にならないように処置を施された。ぼんやりする意識の中、医務室の先生に目で問いかける。

「マックさんに使われた薬は、使用資格が必要な危険薬物なの。本来であれば外科手術などの医療行為をする時に使うものなんだけど……貴族のお坊ちゃんはどこでこんなものを入手したのかしらね」

 分量を間違えれば呼吸困難に陥り、命を落とす恐れもある、と言われて微妙な心境に陥った。
 貴族様にとっては、それで私が死んでも構わないってことか。死んだら金を積んでなかったことにするつもりだったのかな。……バレないとでも思ったんだろうか。

「いくらお貴族様だとしても、こんなこと許せません!」
「もちろんよ。殿下がすぐさま捕縛したそうだから、きっと罪に問われることでしょう」

 先程から私の手を握ってピィピィ泣いていたカンナは自分のことのように憤っていた。
 カンナは私の手をあたためるように擦り続けてくれているが、本当に感覚がないんだ。先生が保温魔法を私の周りに巡らせてくれているが、それすら感じない。おそらく薬の影響で体温が下がっているのだろうな…

 このまま私に付き添っていると駄々をこねるカンナを先生が追い出し、私は病室で一人静かな夜を過ごした。薬の影響で私の意識は混濁していたので一人でも全く気にならなかった。深い深い沼の底に沈み込むように眠りについたのである。



■□■



「はい、これあげる」

 若干身体の痺れは残っているが、翌日にはなんとか起き上がれるようになった私のお見舞いに来たマーシアさんがあるものを差し出してきた。
 それは、昨日の大会の優勝賞品である、薬図鑑だ。

「これが欲しかったんでしょ?」

 え、くれるの…?
 ていうかマーシアさん、決勝まで進んで優勝したのか。確かにこの人は戦闘能力高いなぁとは前々から思っていたけど、優勝するとは……

「安心していいよ、デイジーの仇は私が取ってやったよぉ」

 いつものほわほわした笑顔でなんて無いことのようにマーシアさんは言うが……そんなまさか、私のために優勝賞品を取ってきてくれたのか…

「ありがとう…ございます」

 私は力なく本を両手で抱えると彼女にお礼を言った。マーシアさんに感化されて私の心までほわほわしてきた。
 受け取った本はずっしり重い。この薬図鑑には幾多もの薬の作り方や、薬効のある材料の説明などがみっちり書かれている。薬学オタクにはたまらない一品だが、めちゃくちゃ高い。その上発行部数が少ないため中々入手できない品なのだ。そんな貴重な書物を私にくれるなんて…
 なんだかまぶたが熱くなってきたのでこらえていると、ワシャワシャと頭を撫でられた感触がした。視線を上げると、マーシアさんが私の頭を撫でているではないか。

「なんかいつも気ぃ張ってるけどさ、たまには肩の力抜いていいんだよ」

 私はデイジーの味方だからねぇと笑うマーシアさん。
 変人だと思っていた。ヘラヘラしていて、どことなく苦手意識はあったけど、実はいい人なのかもしれない。


■□■


 その翌日には退院許可が出たので5年の教室に向かった。そのまま普通に教室に入ると、クラスメイトが一斉にこちらを見てきた。視線の数にびっくりした私はギクリとして後退りしてしまった。

「あ、あの、おはよう、もう身体大丈夫なの?」
「ご心配おかけしました、もう大丈夫です」

 恐る恐る声を掛けてきた女子生徒がいたので、私はペコリと頭を下げる。

「マックさんが休んでいた間の授業のノート…これよかったら」
「…ありがとうございます」

 なんだか気を遣われているみたいだ。私はお礼を言って有り難くノートの写しを頂いた。
 私はお世辞にも人当たりがいいタイプではない。愛想も良くないのに気を遣ってもらってなんか申し訳ないな。自分が使用している席に荷物をおいて腰掛けると、隣の席の男子生徒も声を掛けてきた。

「なぁなぁマック、あのパンチ、カッコよかったぜ!」

 彼はぐっと拳を握って言った。第一声がそれってどういうことなのだろうか。

「あの瞬間のパンチは見ていてスッキリしちゃった!」
「君って動きが素早いよな」
「年下の女の子に拳で負けるってか弱すぎるよな……あの貴族の顔思い出すと笑えるよ」

 他の人も口々に素直な感想を漏らしていた。思い出し笑いをしている人までいる。
 貴族の悪口言っても大丈夫なの? 誰かに聞かれたらまずくないか? まぁ…ここ一般塔だから大丈夫だろうけどさ。

「…私は獣人の身体能力を見慣れてるから、そのお陰かと」

 それがあったから、ためらわずに相手の懐に入っていけたのだ。獣人と比較すると人間の動きは鈍い。勝てると思ったから拳を叩き込んだのだ。
 ……もしも相手がテオだったら、あっという間に転がされてマウントを取られていたに違いない。

「やっぱり人間の動きって遅いの?」
「個人差はあるけど、そうですね…」

 人間にも運動神経が飛び抜けている人はいるけど、やっぱり獣人には遠く及ばない。その差は中々埋められないよね。

「それにしても災難だったね」
「まぁあの貴族はマーシアがこてんぱんにやっつけてたし、元気出せよ」

 クラスメイトたちは皆私を気にかけてくれていたようだ。あの大会で貴族子息が薬物を塗布した針を握手の時に仕込んで私の手に突き刺したその後、薬のせいで私が呪文を唱えられなくなったことは皆知っているようだ。
 マーシアさんが文字通りボコボコにした後、殿下の命令で捕縛されたとか。大会の規約違反を数件、資格のない薬物を所持・使用、私に対する殺人未遂容疑など色々罪状がでてきて、以前にも前科があった子息をとうとう庇えなくなった学校側が退校処分に処したらしい。

 そこまでするのか…と一瞬思ったが、いや退学処分にされて当然かと思い直した。
 私としては自分の手でこてんぱんにやっつけてやりたかったが…もう二度と会わないほうがお互いのためなのであろう。
 あぁ、でもなんかやっぱりムカつくな。



 今回もいろいろあった一学期。
 入院時期もあってブランクもあった。だが日頃からの積み重ねのお陰で期末テストでは学年トップを飾らせてもらった。勉強は前々から真面目にコツコツしてきたので、数日の授業の遅れなど恐るるに足らん。全く余裕である。

 そんな私をやっぱりクラスメイトが畏怖の目で見ていたが、私の姿を見て「自分も頑張ろう」って気分になったようで、クラス全体の平均点は良かったようである。

 その後しばらくして、1ヶ月の長期休暇に入ったので、私は前々からの宣言通り帰省しなかった。寮に残って王立図書館へ往復する生活を送っていた。
 実技の練習は学校の実技塔の使用許可を取れば出来たし、薬の練習も問屋に出向いて材料を揃えればいつだって出来た。
 休暇中は寮母さんもおらず、完全に自給自足状態なのだが、全然平気だ。自分で炊事洗濯掃除をする生活にもすぐ慣れた。

 悠々自適な学校貸し切り生活を送っていた私に手紙が届いた。家族からのそれと一緒に届いた一通の手紙の差出人に私は目を丸くした。

 封筒の中には、デイジーの花で作った栞が入っていた。むしろ栞しか入っていない。手紙が存在しなかった。
 それ以前に手紙にしても栞にしてもあいつらしくない。今まで手紙なんか貰ったことがないので私は宛名を3度見した。

 貰いっぱなしではあれなので、家族の手紙のついでにあいつにも手紙を書いてあげることにした。
 試験では毎回学年首席を維持していること、2学期になったら飛び級試験を受けて最終学年に上がるのを目標としており、今は卒業試験と上級魔術師試験の勉強を並行して行っていると自分の近況を書き連ねた。
 毎日勉強で忙しいから帰れないけど、私は元気にしています。卒業後には必ず村へ帰ります、で締めておいた。

 栞を持ち上げてまじまじと見つめる。不器用なあいつが作ったにしてはきれいな押し花だ。
 窓から入ってくる外の光にかざして見る。光に透ける台紙の中央に咲くデイジーの花。

「…きれい」

 私の口からは自然とふふふ、と笑い声が漏れていた。
 どんな顔してこの栞作ったんだろうあいつ。想像するとおかしくなっちゃった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...