太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

デイジーの花の栞【テオ視点】

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『やぁっ!』

 とろい、弱い、やわらかい。

 幼い頃のデイジーは俺に対抗しようと何度も飛びついてきた。だけど動きが遅いからすぐに見破れる。フェイントを掛けようと、罠を仕掛けようと無駄。
 すぐに転がしてマウントを取れば、あいつは不思議な色をした紫の瞳に涙を浮かべ、悔しそうに歯噛みする。
 俺は、あいつが俺だけを見てくるその瞬間が大好きだった。

 あいつから香ってくる甘い匂い。たまらなくて毎度耳に噛みつくと、あいつは怖がって痛がって泣いていた。
 そのたびに周りの大人に引き剥がされ、俺は親に怒られた。

『なんで駄目なんだよ、あいついい匂いがするんだ!』
『ばっ…生意気を言うな! お前にはまだ早い!』
『父ちゃんだって母ちゃんに噛み付いてるじゃねぇか! なんで俺は駄目なんだ!』
『このバカ息子! 養えるようになってから言え!』

 いつも決まって最後には父ちゃんにげんこつされるが、俺は自分の中の衝動が抑えきれずにあいつに噛み付いた。

 あの頃は父ちゃんの言っている言葉の意味が分からなかった。父ちゃんが母ちゃんにやってることと同じことをしているのにどうして俺は駄目なんだって憤慨していたくらいだ。
 俺はデイジーが気になって、構いたくて、噛みたくて仕方がなかった。俺だけをその瞳に映してほしくて、逃げるデイジーを追いかけ回していた。
 その理由に気づいたのは大分後のことだった。

 お前は知らないだろうな。
 お前と会えない1年という期間は俺にとってそれ以上の時間に感じる。王都へ向けて旅立って半年という期間すら、俺にはもう数十年会えていないような気分だ。
 俺がこんなにも恋い焦がれている気持ちには全く気づいてないんだろう?

 あいつは本当は泣き虫なんだ。強がっているけど気を張っているだけの弱い女なんだ。だけどあいつはいつの日か泣かなくなった。
 他人と関わるのを避けて一人、誰もいないところで時間を過ごすようになった。
 負けず嫌いで生意気なデイジー。
 それでも俺はあいつが気になって気になって仕方がない。甘くて柔らかいあの匂いが嗅ぎたくて周りの匂いを嗅ぐが、デイジーと同じ匂いを持つ奴はいない。
 あいつと違って素直で従順な女が寄って来ることもあるが、それじゃ駄目なんだ。

 はじめて対面した幼かったあの日から俺はあいつに心囚われている。



 あいつのいない日々は胸にポッカリと穴が開いたように空虚だった。
 時折、あいつの兄貴から手紙が来たと見せてもらうが、淡々と学校生活のことが書かれているだけ。文字がずらりと並んでいるだけ。紙からあいつの匂いがするか嗅ぐが、残り香がうっすらあるだけ。
 つまらない。
 あいつの生意気な反応がないと毎日がつまらない。

 家と職場の往復という単調な毎日を過ごしていた俺は、道の端で幼い子どもが押し花を作っているところを目にした。
 その子の手元にはあいつの名前と同じ花があった。白い花弁に中央は空に輝く太陽のような黄色い花芯。それを見るとどうにも切なくなってしまった。

「なぁ、それ作り方教えてくれないか?」

 小さな子どもに教えてもらいながら、作ったことのない押し花を作成する。慣れない作業に少し手間取ったが、綺麗に完成した日には達成感を味わった。

「お兄ちゃん、それ女の子にあげるんでしょ? よろこぶといいね!」

 作るのを手伝ってくれた少女に言われ、俺は照れくさくなって笑ってしまった。
 喜ぶかな、喜んでくれるといいな。あいつは沢山本を読むから栞がいくつあっても足りないだろう。

「お兄ちゃんかっこいいもの! 絶対に喜ぶよ!」

 他の子どもも一緒になって応援してくれた。
 俺は普段絶対に書かない手紙に挑戦しようと思ったが、書いていたら女々しい言葉の羅列が続いたので手紙はやめた。
 封筒にあいつのいる王都の学校の住所と宛名を書くと、その中に栞だけを入れることにした。

「はやく帰ってこいよ」

 伝わらない想いを込めて。
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