太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

文字の大きさ
75 / 209
Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

胸騒ぎとペンダント

しおりを挟む
 玄関前の鏡で身だしなみを確認すると、マントの隙間から覗く高等魔術師のペンダントが胸元でキラリと輝いた。
 どうせ移動で髪は乱れるだろう。適当に結んで到着してから整えばいいか。私はベルさん作のブーツの踵を鳴らして歩き始めた。

「…あの貴族に薬作って渡せばよかったじゃねーか。お前が出向いてやる必要はなかっただろ」

 いざ玄関の扉を開けると、待ち伏せしていたテオがムスッとした顔で文句を言ってきた。
 またあんたはお見送りのために仕事半休取って来たのか。

「どんな症状かわからないの。実際に患者を診なきゃどの薬を作ればいいか判断つかないでしょうが」

 私は医者じゃないから診ても病気はわからんかもしれんが、無難な薬や栄養剤を飲ませて様子を診るってことは出来るので、その方向でいくつもりだ。
 テオは私が他国へ出張することに反対の体を見せているが、きつく引き止めないのはあのシャウマン氏のお母さんの命が危ないと聞かされたからであろう。
 微妙に渋っているのは相手が貴族の子息なので、なにか悪いことに巻き込まれないか心配しているのだろうな。

『落ち着け、私がついてる。なにかあればあの青二才を喰ってやる』

 上の方から降ってきた声にテオが顔を上げると、そこにはドラゴン姿に戻ったルルがグルグル喉を鳴らしていた。
 にやりと笑ったルルの口元から鋭い牙が覗く。

『犬っころは村で大人しく待っていろ』
「だから犬じゃねーって。…つーか、なんか胸騒ぎするんだよ。あの貴族の野郎がどうとかじゃなくて……別の、何か起きるんじゃねーかって」

 テオはなんて言っていいかわからない不安を感じているのだという。彼の獣耳と尻尾が力無くへたってしまっている。
 野生の勘か、それは。
 ……まぁ確かに他国の貴族が隣国の平民出身の魔術師に助けを求めるんだもんな。私が身分登録している魔術師機関を介してとかではなく、直接契約と来た。
 シュバルツの医療、魔法魔術レベルは我が国とそう差はないはず。それなのにどの医師に診せても救えないという、謎の病にかかった貴族夫人。…不穏だよね。

 私は自分の首にかかった細い鎖のペンダントを片方抜き取る。それをテオに差し出すと奴は目を丸くして私とそれを見比べていた。

「あげる。こっちは必要ないから」

 渡したのは上級魔術師のペンダントだ。高等魔術師になった今、それはもう使えない。不要というわけじゃないけど、身分証明には使えないから。

「俺に…?」
「ハロルドに中級魔術師のペンダントあげた時羨ましそうに見ていたでしょ?」

 欲しかったんじゃないの? と私が首を傾げると、テオは戸惑っていた。
 獣人は魔法魔術とは無縁だ。私が操っている姿を見て憧れを抱いたんじゃないかなと思ったけど、違うのか?
 
「いや、そっちじゃなくて…」
「これを開くと方位磁針になってるの、私の努力の結晶なんだから大事にしてよね」

 私は大丈夫。そんな不安そうな顔しないでよ。らしくない。これあげるから元気だしなよ。
 テオの手のひらに無理やりペンダントを乗せると、テオはそれを両手で支えるように持ってぼんやりしていた。
 嬉しかろう。飛び跳ねて喜んでもいいんだよ。

「おっと、もうそろそろ行かなきゃ。じゃあね、いってきます」
「あっ、デイジー!」

 いつまでもここで油を売っている暇はない。なんかテオが呼び止めていたけど、私はルルの背中に乗って一気に上昇した。ルルの翼の力であっという間に村を離れて、隣国に向かって飛んでいった。
 シュバルツ国境付近で一旦降りて入国審査した後は一気にシャウマン氏の領までひとっ飛びの予定である。


■□■


 私は先に頼まれていた仕事を終えてなるべく早めに村を出発していたのだが、シュバルツ王国シャウマン伯爵邸であるお屋敷に到着したのは依頼主が戻ってくる前だった。
 …馬車の旅ってこんな時間かかるものだったっけ?

 シャウマン伯爵家の門を叩いて、用件と身分を明かすと、シャウマン伯爵家執事の初老男性とメイド数名が慌てふためいた様子でお出迎えしてくれた。
 さすが貴族様のお屋敷だ、ムダに広い。綺麗に整えられた庭に立派な建物。ここに来るまでシャウマン伯爵領を上空から眺めたが、緑が沢山で、農業が盛んな町だとひと目でわかった。気候も温暖で、飢えや寒さに苦しむことのない恵まれた領だなって印象である。

 依頼主のエドヴァルド・シャウマン氏が帰ってくるまで今しばらく待機していてほしいと言われて、私が通されたのは談話室である。メイドがご丁寧にお茶とお菓子を出してくれた。紅茶と季節の果物のタルト。タルトからはみ出るくらい大きな果物がゴロゴロ豪華に乗っかっている。こんなの食べたことない。

「おいしいです」

 遠慮なくもぐもぐ食べ、側にいたメイドさんに感想を言うと「それはよろしゅうございました」と頭を下げられた。
 隣に座っていたヒト型ルルがフォークを使わずに手掴みでタルトをムシャムシャ食べてるのを笑顔で黙認してくれてありがとうございます。彼女ドラゴンなんでですね、人間流のマナーを面倒臭がるんですよ…

 ここは以前滞在したビルケンシュトックの上に位置する領地。シャウマン家の爵位は伯爵位だが、依頼主の彼は子息で、まだ家督を継いでいないそうだ。
 紅茶で喉を潤していた私は、辺りを見渡す余裕が出来たので談話室を観察した。立派な調度品に芸術品…私にはその素晴らしさはわからないが、とりあえず高いんだろうなぁって思う。

「これ、領内の風景画ですか」

 私の目に留まったのは一面畑の絵だ。壁に飾られたスケッチに色を落としたような絵を見て私がつぶやくと、それに反応した執事が誇らしげに頷いていた。

「シャウマン領は農業が豊かでして、旅の画家がこの美しい風景を絵に残したいと描いてくれたものです」

 何も豊かなのは農業だけではないらしい。近年、鉱山金山の掘り当てに成功したそうで、お隣のビルケンシュトックの工業スキルを買って、協同運営してるそう。
 その収入があって領民は比較的豊かな生活を送っているそうだ。

「内政がうまくいってるんですね。ここの領主様は優秀なんでしょうね」

 なんてない感想だ。思ったまま言ってるだけ。別に深い意味はない。
 貴族なんてピンきりだ。先祖代々貴族でも政治に明るくないぼんくらだっている。民が悲鳴を上げてるのに税を上げるアホ領主なんか腐るほどいる。
 それと比べたら、この領は領主に恵まれているのだろう。
 
 ──しかし、執事は先程まで誇らしげだったその顔を渋めていた。

「…ここだけの話、内政は坊っちゃまが取り仕切っておられます」
「…えっ?」

 まだ家督を継いでないシャウマン氏が?
 いや、彼は立派な成人男性だし、跡継ぎならそういう勉強を幼い頃からしていただろうから、内政する分は全然問題ないだろうけど……普通は伯爵当人が中心になってするもんじゃないの? 詳しくは知らんけど。

「旦那様は15年前に出来た愛人に熱を上げておいでです。政事から目をそらし、民たちに理不尽な重税を課し、民からの訴えも無視し、民たちは苦しんできました」

 そう言って、執事は窓の外を遠い目で眺めていた。忌まわしい過去を思い出しているのか、ものすごく憂鬱そうな表情であった。

「……一時はどうなることかと思いましたが、坊ちゃまが地道に投資してきたそれを元手に領内の改革を行いました。坊ちゃまのお陰で我がシャウマン領はこれほどまでに回復、成長したのでございます」

 なるほど…シャウマン氏もとい、エドヴァルド氏には内政だけでなく、お金を増やし、活用する才能があるんだな。そして腑抜けの色ボケに成り下がった父親の代わりに見事な手腕で領地を蘇らせたと。アホな父親を反面教師にしたんだな。
 魔なしだと本人は自己評価低そうだったがそんなことないじゃないか。領民にとっては素晴らしい領主になってくれるに違いない。

 …しかし、執事の顔色は優れない。

「坊ちゃまはきっと素晴らしい領主になられるでしょう。……ですが、このシャウマン伯爵家を継ぐのは、旦那様の愛人の子が継ぐことになるでしょう」

 私は怪訝な顔で首を傾げた。
 ……何故だ? エドヴァルド氏は魔なしだが、シャウマン家の正統な嫡男だろう。愛人の子は所詮愛人の子だ。それともなんだ、愛人の子のほうが優秀なのか?
 執事は悔しそうな顔をして、ぐっと拳を握りしめていた。

「坊っちゃまは領主としての器をお持ちです。領民達も我々も坊っちゃまを慕っております。…ですが、旦那様の意向は違うところにあります。…そのことで私達使用人には口出す権利もありません」

 任命権はあくまで伯爵当人が持っている権利なのだろうか。領民がいての領主なのに……
 伯爵は周りが見えてないんだろうな。正妻に産ませた息子が必死になって領地を立て直ししたと言うのに、それを評価せずに愛人の子どもに入れあげる……自分のことしか考えられない伯爵なんだろう。

 貴族の不貞がどの程度許されるのかはわからないが、両手広げて歓迎されるものではないだろう。国の上の人や他の貴族の人達が眉をひそめたりしないのか。諌めたりはしないのか。
 領地改革や運営に魔力はそんなに必要ないと思う。それとも貴族間では魔力至上主義が横行して、魔なしにはその権利すら与えられないのか…

「…とても口惜しいです」

 エドヴァルド氏は領民や使用人に慕われている。魔なしであっても腐らず、努力して信頼を勝ち取った。彼が領主の器にふさわしいのは誰が見ても判断つく。
 ──だけど、世の中そんなに甘くないのだろう。

 私を接待してくれた執事やメイドたちはドヨンとした顔でしばし落ち込んでいたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。 そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。 幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。 そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――? 「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」 鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。 精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...