太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

砂の味のする料理と太陽のトマト

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 私が村へ里帰りできたのはファーナム嬢のお陰である。
 それまで私はギルダたちの監視によって身動きが取れず、辺境伯一家に帰りたいと訴えても先延ばしにされ続けていたので、彼女の厚意がなければ今も村に帰郷できなかったであろう。

 もうこの間みたいに深夜にコソコソ伝書鳩を送る必要はない。しっかりお礼の気持ちを込めてファーナム嬢宛に伝書鳩を送った。
 一度は関係を断ち切ったものの、学校で彼女と知り合わなければ今の私はいないかもしれないので感謝である。


「デイジーねぇちゃん、お姫様みたい」

 私の状況をよくわかっていないハロルドは何も考えずに綺麗だと称賛の言葉を投げかけてきた。私は苦笑いする他無い。
 私の表情が曇っているからか、ハロルドは心配そうに私の手を握ってきた。

「どうしたの、お腹痛いの?」
「おいで、ハロルド」

 義姉さんが申し訳無さそうにしながら、私からハロルドを引き離そうとする姿に距離を感じる。
 きれいなドレスに整えられた髪、うっすら施された化粧。そりゃあこれだけ着飾れば貴族の令嬢に見れるようになるものだろう。
 だけど私は装うたびに、心がおしろいで固められていくようで息がしにくくなっている感覚に襲われていた。

「アステリアお嬢様がお戻りになられたとラウル王太子殿下もお喜びになられておりましたわ」

 ぞろぞろと後ろにメイドをひきつれたギルダが周りに聞こえるような大きな声で発した。その言葉に私の眉間にシワが寄っても許されるはずだろう。

「お嬢様は生まれる前から婚約者が定められていたのですよ。未来のシュバルツ国王妃殿下になられる方です。本来なら気安くお話できるお方ではないのですからね!」

 この人は一体何なのだ。人のこと散々いびっておいて…。
 仮に私の婚約者が王太子だとしてもこの人が威張れるようなことじゃないんだぞ。

「私が行方不明になったことでそれはもう白紙撤回になったはずですよ。やめてくださいギルダさん」

 こなくていいのにゴリ押しで付いてきたギルダは今日も私に喧嘩を売るような発言をしていた。

「何をおっしゃいます! 女神様からの神託がありましたのよ! お嬢様が王妃になればシュバルツは栄えるだろうと。女神様はアステリアお嬢様のその黒髪に王妃の冠が乗ることを望んでおられます!」

 知らんよ、そんな生まれる前に勝手に決められたこととか。神託はあくまで女神様の希望であって強制じゃない。

「ラウル殿下のお隣に貴色の黒髪をもつお嬢様が並ばれる姿を想像するだけで胸がいっぱいです」
「私はあなたの自尊心を満たすために存在するのではありません。とにかく、そのことは白紙です。周りに言いふらして誤解を生むような発言はよしてもらいましょう」

 私は投げやり気味に返す。
 この人クビにできないかなぁ。教師として人として尊敬できる人が相手なら、嫌いな行儀作法も頑張るからさ…
 フォルクヴァルツ一家の存在だけでなく、このギルダのせいで、私を見る周りの目が変わってしまった。昔の憎き仇敵・人間の子孫へ送る複雑な視線とは違って、ここではお貴族様に対する畏怖の視線にはなるが……私は遠巻きに見られ、気軽に誰かに話しかけられることはなくなっていた。

 みんなこちらを見ているのに、その間には壁がいくつも存在しているように近づいてこない。
 ……あいつだってそうだ。私が帰ってきてからずっと、ものいいたげな顔してこちらを睨みつけてくるのに何も言ってこない。いつも匂いを察知してはつきまとってきたくせに…

 なんで何も言わないのよ。
 昔みたいに「そんなの似合わない」って言ってよ、なんで黙ってるのよ。こんなの私らしくないじゃない。
 睨んでくるテオを私も睨み返した。
 あんたは私が貴族の血を引く人間だとわかったら離れていくのか。あんたは群れのリーダーなんでしょ。子分の帰りを歓迎したらどうなんだ。
 私とテオは距離が空いているのにしばし睨み合っていた。テオは何も言ってこない。…私も何を言えばいいのかわからず、そのままテオを見つめていた。

「アステリア様、いけません。未婚のレディが殿方を凝視するなど」
「!」

 テオを見ていたのにそれを遮るかのようにギルダの憎たらしいしわくちゃの顔が目の前に現れた。私はメイドに腕を掴まれ、その場から引き剥がされそうになった。
 ──ほら、すぐにこれだ。
 私が誰かと接触する素振りを見せるとそれを阻止しようとするのだ。それは身内も該当する。育ててくれた両親との会話すら邪魔をされるのだ。
 ていうかこの人、二言目にはフォルクヴァルツのためと言うけど、その割には私が辺境伯一家と大事な話をしようとすると妨害するし……何がしたいんだ?
 男性を近づけないのは分かるが、家族とも血縁とも引き剥がそうとする。そのせいで周りの人は余計に遠巻きにするのだ…

 せっかく里帰りしたのに台無しである。
 魔法使って逃げちゃ駄目かなと考えていると、フッと目の前が陰った。

「あ」

 誰かが空を見上げてぼやいた。
 私は顔を上げずともわかった。

『…おい女、主から手を離せ。嫌がっているのが分からぬか』

 その気配。
 私の掛けた術が長期の不在で魔力不足により解けてしまったのか元の姿で空中をフヨフヨ浮いた彼女はグルグルと喉奥を鳴らし、金色の瞳でギルダとメイドたちを睥睨していた。

『エドヴァルドに話は聞いていたが、面倒くさいことになっているじゃないか主。何故私を呼ばないんだ』
「呼びたいのは山々だったんだけどねぇ…」

 お互いの距離が遠すぎて一心同体の術の効果が全く無く、手紙も送れずで…手も足も出なかったと言うか。
 一月ぶりくらいの再会になるルルはドシーンと地面に足をつけると、私の腕を掴むメイドの首根っこを爪で引っ掛けてぽいっと引き剥がした。まるで服についたゴミを取り払うようである。メイドたちは勢いよく尻から着地していた。

「なっ、なっなっ…ど、ドラゴン!?」

 ギルダは生のドラゴンを見るのが初めてらしく、口から泡を吹いて腰を抜かしていた。
 確かにドラゴンは希少種ではあるが、そこまで口パクパクさせて驚くものであろうか。

『主、ひどく痩せているじゃないか。食事をとっていないのか』

 ルルにも私が痩せてしまったことが分かるくらい、私はひどい状態のようだ。
 村に帰れば美味しいもの食べられるかなと思ったけど、周りにこの人達がいると食欲が失せて全然食べられないんだよ。全然味がしないの。ここまで来ると泣きたくなるよね。

『食え。私が育てた』

 ルルは爪先に布包みを持っていた。シャウマン伯爵家の庭師のおじいさんと一緒に栽培したものらしい。包みを開けると、そこにはみずみずしい新鮮生野菜が入っていた。

「…綺麗だね」

 どんな高級料理を見ても美味しそうとは思えなかったが、ルルが持ってきたトマトは真っ赤でツヤツヤで、とても美味しそうに見えた。
 私はそれを1つ手に取ると、そのまま丸かじりした。

「いけません! そんなはしたない!」

 またなんかギルダが口を挟もうとしている。だけど私はそのみずみずしい果肉に歯を立て、中に含まれた水分ごと飲み込んだ。

「…美味しい」

 これまで食べていたのは本当に砂だったのかもしれない。
 久々に感じた味に私はなぜだか泣けてきてしまった。

「おいしい、おいしいよルル」

 私が泣きながらトマトを囓るもんだから、ルルが少しうろたえていた。

『あ、あぁ、私が作ったのだから当然だな!』

 ドレスが汚れるのもいとわず、その場に座り込んで泣きながら美味しい美味しいと壊れたようにトマトを食べる私は異様だったろう。皆が困惑した目で私を見ている。
 だけど私は久々に感じた生きた味が嬉しくて仕方がなかったのだ。

「これだから村娘はっ! 貴族令嬢としてありえない行動です!! おぼえておいでなさい! 帰国した後はビシバシ指導いたしますからねっ」

 いつもの脅し文句である。聞き慣れてしまってもう耳障りなだけである。怒りで顔を真っ赤に染めたギルダがこちらにつかつかと近づいて来るが、それを遮るかのようにルルが鋭い爪のある手で制した。
 
『うまいものをうまいと言って何が悪いんだ。トマトも美味しいと言われて食べられる方が幸せに違いないだろうが』

 実際のところトマトの本心はわからないけどね。感謝しようとしまいと結局は食べられるのだし。

 ドラゴンのルルにはギルダの発言は理解できないし、意味の為さないものであろう。
 そしてギルダにとってもルルの発言は理解できないものだったのだろう。ドラゴンから飛び出してきた発言とは思えないのか、ぴしりと固まっている。

『……主をここまで追い詰めたのはお前か? 貴族がどうちゃらとか訳のわからんことをキーキーとやかましい……ドラゴンである私にはそんな人間の決めたことなど関係ない』
「ヒッ」

 身を屈めてゆっくりとギルダに顔を近づけるルル。巨体のドラゴンに顔を近づけられたギルダは引きつった声を漏らして後退りする。

『ババァの肉はまずそうだから食わんが……あまり目に余るようだったら咬み殺すからな』

 一瞬でギルダはルルの敵認定されたらしい。
 ぐわぁっと開けられたルルの口から覗いた鋭い牙にギルダ一行は飛び上がり、その場から脱兎のごとく逃げ去っていったのであった。
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