太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

腹吸いカンナの独壇場

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 私が反抗的な態度をとったことでギルダから根に持たれるだろうなとウンザリしていたが、あれ以降ギルダの姿が見えなくなった。
 それに加えて名目上私付きのメイドも……あんなに私の動向に目を光らせていたのに、急にどうしたというのか。

「あの…ギルダさんとメイドたちはどこに…?」

 別に心配とかそういうのではなく、不気味なので所在を知りたくて、村に来ていた辺境伯に問いかけたのだが、彼は苦笑いを浮かべていた。

「…彼女も年なんだろう。体調が悪いみたいでね、故郷に帰すことにした」
「え…」
「メイドもそれについていった」

 そうは見えなかったけど……そうなの?
 それにしては急だな。あの人ならやせ我慢しそうなのに。それに私についていたメイド全員…? いや、いなくても全然いいけど、むしろ清々するけど……なぜだ?
 私が煮え切らない表情を浮かべていると、側にいた夫人が口元を扇子で隠してクスクスと笑い始めた。

「ごらんなさい、アステリア。カンナさんがまた赤ちゃんと戯れているわ」
「え?……また吸ってる…」

 私の意識はすぐに、変態行為を働くカンナに向いた。彼女はカール兄さんの息子たちに標的を絞ったらしく、ニコニコしながら彼らににじり寄っていた。
 警戒した様子のハロルドは子熊形態の弟を抱きかかえて固唾を飲んでいた。カンナは頬を赤らめながら鼻息荒くしている。どこからどう見ても変態である。

「んふふ、子熊ちゃん、お姉ちゃんに抱っこさせてェ? ハァハァ…」

 カンナは子熊をとっ捕まえると、そのもふもふお腹に顔をうずめて思いっきり吸った。真っ昼間から公衆の面前である。

「やめてカンナ」
「はぁ…いいにおい…デイジーもどう? いい気分になるよ…」
「薬物依存者みたいな事言わないで」

 私は赤子の匂いでキメる趣味はないから遠慮させていただく。

「あんよかわいいねえ、あんよ」

 子熊の前足を握ると、それをアーンと口の中へ入れようとするカンナ。彼女の欲望はとどまるところを知らないようである。

「腹吸いババァ!」
「また吸ってやがるのか!」

 ここに来てカンナは腹吸いババァ(17)の異名を手に入れた。この村に住まう子どもたちの間ではモンスター扱いを受けている。

「私は子ども好きの優しいお姉さんだよぉー」

 カンナの守備範囲は広いのか、赤子から初等学校生まで、年下の子を余すことなく愛でていた。

「ああああ吸われたぁ!」
「腹吸いババァに捕まったぞ!」

 10歳の男の子を捕まえてそのお腹に吸い付く17の女……これは案件であろうか。

「カンナやめてよ…」

 私は恥ずかしくて手のひらで顔を隠していた。
 カンナはうちの村に何をしに来たの。私に会いに来るというのは口実で、最初から子どもを吸う目的でやって来たの?

「カンナちゃんに遊んでもらうとうちの子たちぐっすり寝てくれるから助かるわぁ」

 笑いながら声を掛けてきたのは長兄の奥さんであるタナ義姉さんだ。彼女はカンナのことを好意的に受け取っているようだ。大人の目にはカンナが子どもたちの遊び相手をしているように見えるらしい……
 だけどそれって、どうなの。
 子どもたちがぐっすり寝てくれるって……カンナは生気でも吸ってるの…? 人間ではなく夢魔か何かの化身なの…?

 カンナの登場で村の雰囲気も同行してきた辺境伯一家の態度も変わったように思える。よくわからないがカンナの呑気な雰囲気に感化されたのだろうか……
 カンナに会えたことで私は以前のように笑えるようになったけど、それと同時に疲れも感じるような…。

「ババァ! 魔法使うのは卑怯だぞ!」
「ナメんじゃないよ! 人間が獣人の素早さに勝てるわけ無いでしょうが! つーかまーえたー!」
「ズルだぞ! 恥ずかしくないのか!」

 大人気なく、転送術を操って子どもを追い回すカンナ。めちゃくちゃかっこ悪いこと言ってるし……17歳児か。
 以前にもまして村は賑やかだ。そして、しばらく緊張状態が続いていた村人たちも笑顔を取り戻したように見える。──私達の来訪のせいで無駄に警戒させてしまっていたからその辺は申し訳なく思っている。

 ……そういえばルルが未だに帰ってこない。
 カンナがこの村にやってきたタイミングでちょっと出かけてくると言ったっきり、姿を見せないのだが、カンナのこれを察知して逃げたというわけじゃ…無いよな?


■□■


 村の広場では祭りに向けて会場が設営され始めた。
 私はそれを尻目にカンナと一緒にその辺を散歩していたのだが、広場のすぐ側であいつを見つけて立ち止まってしまった。女の子に囲まれて何やら親しげにお話をするテオ。
 未だに私達は一切なんの会話もせずに過ごしていた。

「あっかっこいいお兄さんだ、やっほー! ごきげんようー!」

 隣にいたカンナがバカでかい声で挨拶をすると、耳の良い獣人たちはビクリと驚いていた。
 手を振られていたのはテオで、テオはあたりを見渡し、カンナを見て困惑した表情を浮かべていたが、挨拶に応えるように小さく手を振り返していた。
 もう2人は知り合いなのか。紹介する機会もなかったのに、カンナのコミュニケーション能力には感服してしまう。

「あっそうだった! デイジーと入れ替わってる時に挨拶しただけだった!」

 …違ったようである。カンナはテオとお知り合いになったつもりで挨拶したけど、私の姿で挨拶しただけだったらしい。
 ていうことは……うわぁ、ハイテンションなカンナが入った私の奇行をアイツにも見られてるのか……
 私がしょっぱい顔をしていると、強い視線を感じたのでそちらに目を向けると、テオがこちらを見ていた。だけど、何も言ってこない。

「…テオ、あの子は住む世界が違うのよ。行きましょ」

 私とテオが睨み合いをしていると、テオの側にいた女の子がテオの腕を引っ張っていた。私にも聞こえるように言われた言葉に私は心に重しを乗せられたような心境になった。
 住む世界が違う…そうだな、その通りだ。

 テオもそう思って遠慮して私に関わらないようにしているんだきっと。
 ……おかしいな、昔はアイツがつきまとってくるのが鬱陶しかったのに、急にこうして距離を作られると、物足りないと言うかなんというか…寂しくて仕方がない。

「ねぇねぇデイジー! このお祭りって仮面つけるんでしょー! お揃いで作ろうよ!」
「えぇ…」

 カンナは私の手を引いて、お面を作っている村人の元へ誘導していく。お面は出来上がっているものを選んでつける人が多いのだが、自分で好きな模様を描く人もいる。
 カンナがきゃあきゃあ騒いでうるさいので、仕方なくまっさらな仮面に筆を付けた。

「……あのお兄さんさぁ、もしかしてデイジーの彼氏?」

 色塗り作業をはじめてしばらくしてから、カンナが小さな声で質問してきた。
 手がピクリと震えたが、私は平静を装う。

「違うよ、ただの幼馴染」

 線がブレちゃったじゃない。なんで急にそんな事言うのか。

「えー? そうなの?」
「…仮に恋人だとしても、今の私は身分が違うから無理だよ」

 そもそも種族も違うんだからありえないでしょ。……私達は生きている場所が異なるのだ。

「デイジー…」

 カンナが心配そうに名前を呼んできたけど、聞こえないふりをしてお面の絵を黙々描く。
 近いうちに私は祖国に帰らなければならない。もう気軽にこの村へは帰れないだろう。貴族令嬢として生きることを強制されるしかないのだ。

 ──どんなに嫌がろうと、私の前に道はない。

 じわりと視界が歪んだのは気のせいかな。絵が歪んでいるんだきっと。

「腹吸いババァがなんか書いてる!」
「祭り参加するんだ、腹吸いババァ」
「男の腹を吸うんだろ、痴女!」

 私の周りのじめじめした空気を裂くように、村の子どもたちがカンナに絡みに来た。
 この光景を見ていると、まるで初等学校時代に悪ガキ共が私をからかい追いかけ回していた時代を思い出す。今の場合標的はカンナであるが。

「やだぁそんなはしたないことするわけないでしょ」

 なんかそれらしく年頃のレディみたいな事を言っているが、全く説得力がない。好き勝手に子どものお腹を吸っている女の言い分とは思えない。
 村の子どもに囲まれるカンナを見守って、遠い目をしていると、くいくい、とドレスのスカートを引っ張られる感覚がした。発生源を見下ろすとそこにはネズミ系獣人の女の子がいた。
 あれ、この子。カール兄さんの結婚式の時に絡んできた子……

「お姉ちゃんは王子様と結婚するって本当?」
「え…」

 唐突な質問に私は目を丸くして固まった。彼女は興味津々な目をして私をキラキラと見つめてくる。

「あの怖いおばちゃんが言っていたでしょ。お姉ちゃんは貴族のお姫様だから、隣の国の王子様と結婚して、王妃様になるって」
「……」

 私はその問いかけに返事できずに固まっていた。
 私の人生はもう自分では決められない場所にまで来てしまった。それは実の両親である辺境伯夫妻が決めることだ。彼らは貴族。きっと益になると判断すれば、それなりの家に嫁がされるであろう。
 否定も肯定もできずに苦笑いを浮かべていると、ジャリッと土を踏みしめる音が聞こえてきた。人の気配に私が振り返るとそこにはテオがいた。
 女の子に囲まれてどこかに連れて行かれたと思っていたが、この場に戻ってきたようだ。

「テオ…」

 私が呼ぶと、テオはピクッと耳を動かしていた。そして尻尾は不機嫌そうに揺れている。テオは私を睨んでいた。何かを訴えたそうに苦しそうにして、私を射抜くような瞳で睨んでくる。
 私はその瞳に怯んでしまい、次に出す言葉を喉の奥に飲み込んでしまった。

「…お前…」

 ゆっくりとテオは口を開いた。
 その先の言葉を聞きたいようで聞きたくない私はビクッと肩を揺らして身構えた。

「ぎゃああああ!!」

 しかし、テオの言葉はかき消されてしまった。何かを言ったはずなのだが、全く聞こえなかった。原因は子どもである。
 彼らはテオの背後に隠れると、カンナを指差して必死の形相で訴えていた。

「テオ兄ぃ! このババァやばいって!」
「ショタの腹吸っちゃうぞー!!」

 カンナは転送術の無駄遣いをして、絡んできた少年たちのお相手を全力でしていた。

「ああぁぁぁ!」
「よくもっ腹吸いババァめ!」
「お姉さんだよぉ!」

 ひとり、またひとりと子どもの腹が吸われていく……

「…カンナ…恥ずかしいからやめて…」

 私は恥ずかしさに耐えかねて彼女を止めに入った。
 …結局、テオが私に何を言おうとしたのか聞けずじまいに終わったのである。
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