太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

皆を守る、命に代えても。

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 戦闘によって、身につけていたドレスはボロボロのどろどろになった。今の私を誰が貴族の令嬢と呼ぶであろうか。ただの泥臭い田舎娘にしか見えないことであろう。

 相次ぐ魔法での戦いに私は息を切らしながら、魔力切れ寸前の限界のところでなんとか意識を保っていた。
 共に戦っていた村の男衆も徐々に疲弊しはじめたが、それは相手の敵兵らも同じことである。

 フェアラートと私は睨み合っていた。相手も魔力をかなりの量消費したはずなのに、疲れた様子が全く見えない。私は負けじと気を張って相手を睨みつけた。
 私が気絶したらおしまいだ。あの悪夢のような予言が再現されるのだ。
 倒れるな、耐えろ、戦え…!

 私は高等魔術師だけど、努力してなれただけ。戦闘に関しては経験不足で強くないんだ。
 ここにいる皆を守りたいのに、あと少しのところで力が足りない。それが悔しくてたまらない。

 だけど私は勝たなければならない。
 負けはこの村の壊滅を意味する。
 私はこの命に代えても……

「我に従う土の元素たちよ…ぐぅっ…!?」

 土の元素を操って相手に攻撃を仕掛けようと呪文を唱えかけた私だったが、ひゅっと風を切る音と同時に、勢いよく背中に突き刺さった何かによって言葉を飲み込んだ。

「デイジー!!」

 私の背後を守って、敵兵をボコボコにしていたテオが血相変えて私の元へ駆け寄ってきた。
 ──鋭い氷柱が自分の背中に突き刺さったのかと思ったが、違う。
 どんどん強くなる痛みに屈した私は力なく前のめりに倒れ込んだ。異物は私の背中を貫通して内臓にまで到達していた。炉から出したばかりの鉄の塊を突き刺されたように熱くて言葉に出来ないくらい痛かった。

「テオ、待て! 矢を抜くな! 抜いたら出血で死ぬぞ!」

 どこからか知っているような声がテオの行動を止めている。その言葉で自分が背後から矢を射られたのだとわかった。
 魔術師なのに、魔法ではなく、矢で膝をつくなんざお笑い者である。

 ドクン、ドクンと自分の脈拍の音が耳のすぐそばで鳴り響いているように聞こえた。矢が突き刺さった部位から血液がだくだく流れているのだ。

「デイジー、しっかりしろ…! クソ、血が……」

 うつ伏せに倒れ込んでいた私はテオに抱き起こされた。テオの焦った声で今の状況がわかる。決して良くないのだろう。
 自ら動かなくても息をするだけで引き攣れたような痛みに襲われる。私は浅い息を繰り返し、痛みを逃そうとした。

「なに、あの晩死ぬ運命だったんだ、少し寿命が伸びて幸運だったと思えばいいだけの話」

 私の姿を無様だと言わんばかりに笑って見下ろすフェアラート。

「デイジーだめだ、動くな」

 テオが止めようとするが、私は歯を食いしばって立ち上がった。
 ……駄目だ、ここで倒れたら、予言のとおりになってしまう。私は戦わなきゃ。

「…我に従う、土の元素たちよ…うっ…」

 じわじわと背中から血液が流れていくのがわかった。ドレスや下着に血が吸い込まれていく。喉の奥からせり上がってくる血液が口から溢れそうになるが飲み込む。

 この男に、フェアラートには弱っているところを見せたくない。
 このまま戦いを続行することは、私の命を削っていることなんだと理解していた。この怪我では死は避けられない。
 それでも私は今更後に引けないのだ。

「もういい! 魔力を使うな!」

 止めようとするテオの手を押し留めて、私は村を守るようにして前に立つ。
 そしてフェアラートを睨む。敵に弱気なところを見せたら負けである。

 私は魔術師。
 魔法は人を救い、守るためにある。
 私は私の大切な人たちを守るために最後まで戦ってみせる…!

「…そういうところがますます母親に似ているな」
「彼の者を飲み込め…!」

 目を細めて面白くなさそうに呟くフェアラート目掛けてアリジゴクの呪文を放つも、奴は飄々とした態度で避けてしまう。
 魔力枯渇で目の前がチカチカして視界がどんどん狭まっていくため、敵がどこにいるのかわからなくなり始めた。グワングワンと頭痛とめまいが私を襲う。
 だめだ、まだ保ってくれ。
 私は戦いたい、目の前の男を討ちたいのに…!

「デイジー、もういい。俺が戦う。だからお前はなにもしなくていい」

 テオが私を抱き寄せて止めてくる。私はその腕の中でも意地で魔法を操った。
 わかってる。この戦い、私が負ける。
 だけど私も魔術師としての矜持があるの。だから最後の足掻きくらいさせて。

「もう、やめてくれ。死んじまう…」

 テオは泣きそうな声を出していた。
 熱い腕の中に抱き寄せられた私の耳元で、どくどくとテオの心臓の鼓動が聞こえる。
 私はその音に気が抜けてそのまま眠りに落ちそうになっていた。なんだかいろんな意味で泣きそうになった。

 悔しい、何が高等魔術師だ。なんのために私は存在するのか。
 私は無力だ。
 目の前に敵はいるのに、どうして、どうして勝てないの…!
 私がどんなに戦いたくても、私の体は言うことを聞かなかった。もう、口を開くのすら厳しい。諦めたくないのに、私の瞼は強制的に閉じようとしていた。


「──我に従う火の元素たちよ。爆破させよ」

 もっとも、ドガアアアアン! と鼓膜を破るような轟音と、森の木が全て倒れそうな地響きによって叩き起こされたけども。的確な攻撃によって敵サイドに甚大な被害が発生していた。プスプスと焦げた匂いが辺りに充満する。
 ……これは火の元素による魔法……
 私以外の魔術師の仕業だ。まるでこちらを庇うように攻撃を放っている。

「ちょっとちょっとー。急にやってきて何してくれちゃってるのかなぁー?」

 その声。そして容赦ない攻撃魔法。覚えがありすぎて私は目を白黒させて顔を上げた。
 ひょこっとテオの腕の中を覗き込む、くるくる赤毛の眼鏡女が現れたものだから、私は唖然とした。

「ま、マーシア、さん?」
「大丈夫? と聞きたいけど、デイジーひどい格好だねぇ…そんな事したのはあそこのおじちゃんかなぁ? 大丈夫だよ、私がお仕置きしておくからね」

 自分の卒業式以来の再会である彼女は相変わらずほわほわ笑っていた。
 それに対して、先程の彼女の攻撃魔法によって敵兵複数が爆発に巻き込まれて瀕死の重体に陥っている。
 ……学生時代もそうだった。彼女の戦闘能力は頭一つ飛び抜けており、実技で同級生を半殺しなんて日常茶飯事だった。
 その能力を買われて現在では魔法魔術省魔法犯罪課に所属して日々魔法犯罪を取り締まっている。

 彼女の派手な登場の仕方に…私は拍子抜けして脱力してしまった。

「シュバルツの王太子から、デイジーが女神の予言を受け取ったって伝書鳩が届いたの。──だから、加勢に来たよ」

 ……サンドラ様が連絡してくれたんだ。
 そしてラウル殿下が急いで伝書鳩を飛ばしてくれたんだ。はじめて彼のことを見直したかもしれない。

 ここへ急行したのはマーシアさん並びに戦闘慣れした魔法犯罪課の職員。連絡を受けたあとすぐに転送術で飛んできてくれたのだそうだ。
 彼らは村人たちに下がるように指示し、すぐさま反撃体制に出た。

「久々に本気出せそうー! エスメラルダ王国魔法犯罪取締官マーシア・レインがお相手つかまつる!」

 マーシアさんは楽しそうに声を上げていた。「ぶっ殺すぞー」と不穏なことを言いながらスキップしているもんだから、私を抱きかかえたままのテオが「何だあの女…」と引いていた。

 そこからは怒涛の展開だ。あちらのほうが兵士は多いが、魔術師はフェアラートの他にもうひとり魔術師が1人いる程度。
 戦闘専門である魔法省魔法犯罪課の彼らはどんどん奴らを追い詰めていった。
 どんどん戦闘不能者が増えて、ハルベリオン側が劣勢になったとわかると、フェアラートは転送術でひとり逃走していった。
 仲間すべて見捨てて。

「待てっ!」

 すかさずマーシアさんが追いかけようとしていたが、同僚の人に腕を掴まれて止められていた。

「レインよせ! 深追いはするな!」

 マーシアさんは不満なようだが、深追いは悪手だ。マーシアさんの実力を疑うわけじゃないけど、相手が悪い。
 役人らによって残った敵兵はすべて捕縛され、逃げ遅れた魔術師一名には魔封じの首輪を付けられて拘束されていた。
 敵兵側には死者が出たが、村にはひとりもいない。複数の怪我人はでたが、命に関わるような怪我は……私以外には誰もいない。

「我に従う光の元素たちよ、デイジー・マックを治癒し給え」

 今の名前と違うけど…と思ったけど、光の元素たちにとっては名前なぞどうでもいいことみたいだ。あたたかい力が私を包み込み、矢傷によって損傷した身体が治癒された。──ようやく呼吸が楽になった。
 私はマーシアさんに治癒魔法をかけられて一命をとりとめたが、魔力切れに加えて血を流しすぎて、意識が朦朧としていた。
 それでも頑張って目を開けようとしていると、テオの大きな手がそっと目の上に乗せられた。

「…もういい、もう戦わなくていいんだ。もう休め」

 そんな事言っても、これからエスメラルダ王国軍とかやって来て事情聴取を受ける必要があるでしょ。
 …それに急に神殿を飛び出していなくなったから、サンドラ様に非礼を詫びなきゃいけないしそれに……
 私を抱きかかえて離さないテオの体温の高さのせいで私の瞼は重くなる。血液不足の体にはテオのぬくもりが心地よすぎるのだ……

 私は女神の予言を回避できたのだろうか?

 フェアラートを結局逃してしまった。
 それがまた新たな火種になるのではないかと不安に思ったが、私の身体はもう限界を迎えており、そのまま夢を見ないくらいに深い夢の中へと旅立っていったのである。
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