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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき
キッカと今生の別れ
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新たに薬のストックが出来上がったので出稼ぎがてら隣の町へと販売しに行くと、先々で顔見知りの町民らが声をかけてきた。
私がハルベリオン討伐に向かった旨の情報が一般人にも知られており、一人前の魔術師として尊敬の意を込めて声を掛けてくれる人が多かった。そのため平日にも関わらず、路上販売スペースに商品を並べるとすぐにお客さんが立ち寄ってくれた。
「これこれ。これが効くんだよー。君は薬作るのに治癒魔法を込めてるって噂だぞ」
「いやぁ…治癒魔法は使ってないですねぇ」
そんな噂が流れているのか。
たまたま薬が体に合っているだけだと思う。私の作る薬は自然由来の素材を使っていて、変な混じり物はない。至ってシンプルな薬である。人に備わった治癒力に薬がいい方に作用して身体を良くしてくれているのだ。それに魔法の力は必要ない。
以前も贔屓にしてくれていたそのお客さんは一通りの薬を購入してくれた。ありがたいことである。
「ん? これも薬か? 初めて見るな」
「いえ美容クリームです」
お客さんに問われた私は遠い目をした。本当は作る気なかったんだけどね…
町へ薬を売りに行くために、村の外れの丘の上で薬を黙々と作っていた私の元へやってきた村の奥様方がソワソワしながら言うのだ。
『またあの美容クリームを作って欲しいの』
私は魔術師なんだとあれほど。
……でも美容クリームは売れる。いい儲けにはなるので大量生産して、町でも売ってしまおうと思って持ってきたのである。
今回はすごいぞ。以前私が失敗した若返り薬をもう一度作って入れた。少量入れることで肌を若返らさせることが判明したのだ。
パッチテストにはお母さんとお隣の奥様が協力してくれた。ふたりに感想を聞くと肌が若返ったとはしゃいでいた。
私のように幼児になって記憶が後退することもなかった。そんなわけで美容クリームは進化したのだ。その為少し値上げしたけど。
魔術師の業務である薬の販売とは関係ない美容品ではあるが、儲けになるならいいの。お金はいくらあっても困らないから。
薬よりも需要があったとしても、別に悔しくなんてないから。
──その後、美容クリームを発見した町の奥様方によってあっという間に売り切れてしまった。
個人的には薬を買ってほしいと思うのだが、彼女らの関心はそちらなのねと切ない気持ちに襲われたのである。
■□■
「デイジー、薬もう全部売れたのか?」
町から戻ってきた私を発見した仕事中のテオが声を掛けてきた。手ぬぐいで汗を拭いながらこちらへと近寄ってきたが、またサボってると親方にどやされるぞ。
「うん。今回は様子見でそこまで量持っていかなかったから」
むしろ美容クリームを大量に持ってくればよかったなと思いました。美容クリーム完売した後に「次はいつ!?」と女性陣から血走った目で問い詰められて怖かった。
思い出してゾッとしていると、そんな私を見たテオがニコニコと楽しそうに笑っていた。
「…なに? なにかいいことがあったの?」
何が面白いんだ。と首を傾げてみせると、テオは更にヘラヘラしている。年頃の女子がカッコいい、素敵とヒソヒソ噂するお顔はだらしなく溶けてしまいそうになっている。
「お前が目の前にいるんだなぁと思うと、嬉しくなった」
「……」
離れていた期間が長く、もう二度と会えないかもしれないという状況がテオを素直にさせたみたいである。
事あるごとに素直な気持ちを打ち明けてくるものだから、私は彼のその変化についていけずに黙りこくってしまう。
「しかめっ面してるけど、頬が赤くなってるぞ。お前は肌が白いからすぐに分かる」
指先で頬を撫でられる。その絶妙な撫で加減がくすぐったくなって私は目を細める。
以前の乱暴さが鳴りを潜めて、テオから宝物を扱うような触り方をされるたびに私の心はムズムズしっぱなしなのである。
まだまだ問題は解決していないが、一応私達は恋人関係。
だが、私は相変わらずな感じ。キスの雰囲気になっても恥ずかしくて慣れずにいる。嫌なわけじゃなく、恥ずかしいのだ。テオの胸を押して止めてしまうことも少なくない。
だがテオは素直じゃない私を見てはデレデレして、恥ずかしがる私の唇を奪ってはかわいいかわいいと口に出して可愛がってくるのである。
私は恥ずかしいからやめろと言っているのだが、テオはお構いなしに人目はばからずベタベタくっついて愛情表現してくるようになって、私達の交際は村の人達みんなの知るところになった。
中には「もったいない、テオには運命の番がいるんだぞ?」「本能で裏切るかもしれない。お互いのためにも別れたほうがいい」と言ってくる人もいた。
それは意地悪ではなく、私達のことを考えた上で言ってくれているとわかっているから私は黙って聞いているが、テオは違う。
真剣な表情で「デイジーを裏切るくらいなら死ぬ」と言うもんだから、村人はテオの気が触れるのを恐れて、触るな危険状態である。
私はこんなにも想われて幸せだと惚気けたらいいのか、馬鹿なことを言うなとテオを叱り飛ばせばいいのか。
貴族籍を抜けて戻ってきた私と、本能を押し殺して運命の番を断り続けるテオ。私たちの覚悟が生半可じゃないと思われたのか、徐々に村人も何も言わなくなっていった。
私は自分のために貴族籍を抜けて来ただけで、別にテオと夫婦になろうとは元々考えていなかったんだけど、周りには都合のいいように誤解されてしまっていた。
だけど今は否定せずにいたほうがいいのだろう。
「コラ! テオまたお前はデイジーの尻追いかけてるんか!」
「やべっ」
「お前、今日残業な!」
「そんな!」
ほれみろ。親方にバレた。
テオは親方に力技で工場の中へと連れさらわれていた。私は手を振ってお見送りをして差し上げる。今あんたがすべきはいちゃつきではなく仕事だ。働け。
私はひと仕事終えたから、本でも読んでのんびりしようかな。
一旦家に帰って荷物を片付けると、本を抱えて村の外れの私の特等席に向かう。大樹の下に座って息を吸う。空は青く、風は穏やか。緑の匂いがする。
あぁ自由が愛おしい。こんな風にゆったり過ごせることがどんなに幸せなことか。
貴族としての暮らしは、実の家族とわかり合えた後はそこそこ幸せであったけど、制限があって息苦しいのには変わりなかった。多分あそこで暮らしていたらどこかで爆発していただろうなぁと思う。
生まれてからずっとあそこで暮らしていたのであれば、それが普通だったのだろうが、捨て子と自覚して田舎村で育った私には身に余る環境だったんだ、きっと。
私のわがままを聞いてくれたフォルクヴァルツの家族には感謝してもしきれない。元気にしていると手紙を書かなくては。きっと気にかけてくれているはずだから。
私は膝元の本を下敷き代わりにすると、便箋を敷いた。そして羽ペンを滑らしたのである。
「あっいたいた」
本の世界にのめり込んでいた私はその声にページを捲る手を止めた。
顔を上げると、丘を登ってくる少女の姿。彼女は私と同じ人族であった。
「……キッカ?」
薄汚れていた印象だった彼女はなんだか小綺麗になっていた。私がぼんやりと彼女を見上げていると、キッカはニッと笑っていた。
「あたし、母さんの母国に帰ることになったんだ。これからシュバルツの港から船に乗って旅立つ予定なんだけど、あんたには最後に顔を見せておこうと思って」
住んでるのがこの村だったか記憶が曖昧で不安だったけど、いてくれてよかったよ。そう言って彼女は私の前に座り込んだ。
「くそオヤジは処刑されたよ」
その言葉に私は目を丸くする。
…処刑、ということは、彼女の父親はハルベリオン王に近い位置にいたということだろう。
だけどキッカに悲壮さはまったくなかった。むしろ晴れ晴れとした顔をしていた。
「やっと解放されたんだ。父親が死んだことを嬉しいって思うのは罰当たりかな?」
キッカは苦笑いを浮かべていたが、憑き物が落ちたようにスッキリした顔をしていた。初対面時の荒んだ様子が嘘みたいである。
「母さんは先に兄貴と港町に向かってる。やっと国に帰れるって嬉しそうだよ。母さんにはあっちに兄妹がいるらしいから、その人達頼ってまっとうな仕事を探すつもり。あっちでは盗みなんかしないで真面目に生きていくよ」
彼女も好きで盗みをしていたわけじゃない。そうするしか生きるすべがなかった。あの国に行ってようやく私は理解できた。私だってあの国に流されていたら同じことをしていたに違いない。
彼女の生い立ちを勝手に同情したりしていたけど、キッカもこうして新たに前へ進んでいこうとしているみたいで安心した。戦場下での再会と別れだったから少し心残りだったんだ。
「…そっか。元気でね」
「うん。あんたもね」
海の向こうの遠い東の国。この国がある大陸からは遠すぎて、謎に包まれた国。彼女とは恐らく今生の別れになるであろう。
私とキッカは黙って握手を交わした。
「!」
ふとキッカがなにかに反応して首を動かしていた。つられて彼女の視線の先に目を向けるとそこにはテオがいた。
テオは不思議そうに私とキッカを見比べている。多分キッカがこの国の顔立ちじゃないこともあって疑問に感じているのだろう。
「…友達か?」
「うん、そう。旅をしていたときに知り合ったキッカだよ。これからお母さんの母国に帰るからって挨拶に来てくれたの」
テオはキッカをまじまじ観察していた。逆にキッカもテオを物珍しそうに頭の先から爪先まで観察し、私の耳元に顔を寄せてきた。
「ふーん? あんたのいい人、いい男じゃん」
ヒソヒソ声でキッカは言った。ニヤニヤ笑って私をからかうと、「じゃあ、あたし行くね! バイバイデイジー!」と大声で別れを叫んで丘を下っていった。
ハルベリオンで鍛えられたその健脚はたくましい。あっという間にあっちの方まで向かっていった……足でシュバルツの港に行くのだろうか。ここからだとかなり距離があるけども。…いやまさかね。どっかで乗合馬車つかまえるのかな?
「すばしっこいな」
獣人のテオが言うくらいだ。キッカは運動神経がいい。じゃなきゃ危険と隣り合わせの還らずの森なんかに潜り込めないもんね。彼女は大切な人の為なら命知らずになれる強さがある。
「たくましくて強い子なんだよ」
はじめに出会った時は追い剥ぎされそうになったんだけどね。
あんな出会い方だったけど、縁って本当に不思議なものだ。最初に私がキッカを助けて、その後キッカから助けられた。
キッカは生きるチカラに満ち溢れている。あの国でたくましく生きてこれたんだ。心配せずともきっと大丈夫だ。
彼女の多幸を願って、彼女の姿が見えなくなるまで見送ったのである。
私がハルベリオン討伐に向かった旨の情報が一般人にも知られており、一人前の魔術師として尊敬の意を込めて声を掛けてくれる人が多かった。そのため平日にも関わらず、路上販売スペースに商品を並べるとすぐにお客さんが立ち寄ってくれた。
「これこれ。これが効くんだよー。君は薬作るのに治癒魔法を込めてるって噂だぞ」
「いやぁ…治癒魔法は使ってないですねぇ」
そんな噂が流れているのか。
たまたま薬が体に合っているだけだと思う。私の作る薬は自然由来の素材を使っていて、変な混じり物はない。至ってシンプルな薬である。人に備わった治癒力に薬がいい方に作用して身体を良くしてくれているのだ。それに魔法の力は必要ない。
以前も贔屓にしてくれていたそのお客さんは一通りの薬を購入してくれた。ありがたいことである。
「ん? これも薬か? 初めて見るな」
「いえ美容クリームです」
お客さんに問われた私は遠い目をした。本当は作る気なかったんだけどね…
町へ薬を売りに行くために、村の外れの丘の上で薬を黙々と作っていた私の元へやってきた村の奥様方がソワソワしながら言うのだ。
『またあの美容クリームを作って欲しいの』
私は魔術師なんだとあれほど。
……でも美容クリームは売れる。いい儲けにはなるので大量生産して、町でも売ってしまおうと思って持ってきたのである。
今回はすごいぞ。以前私が失敗した若返り薬をもう一度作って入れた。少量入れることで肌を若返らさせることが判明したのだ。
パッチテストにはお母さんとお隣の奥様が協力してくれた。ふたりに感想を聞くと肌が若返ったとはしゃいでいた。
私のように幼児になって記憶が後退することもなかった。そんなわけで美容クリームは進化したのだ。その為少し値上げしたけど。
魔術師の業務である薬の販売とは関係ない美容品ではあるが、儲けになるならいいの。お金はいくらあっても困らないから。
薬よりも需要があったとしても、別に悔しくなんてないから。
──その後、美容クリームを発見した町の奥様方によってあっという間に売り切れてしまった。
個人的には薬を買ってほしいと思うのだが、彼女らの関心はそちらなのねと切ない気持ちに襲われたのである。
■□■
「デイジー、薬もう全部売れたのか?」
町から戻ってきた私を発見した仕事中のテオが声を掛けてきた。手ぬぐいで汗を拭いながらこちらへと近寄ってきたが、またサボってると親方にどやされるぞ。
「うん。今回は様子見でそこまで量持っていかなかったから」
むしろ美容クリームを大量に持ってくればよかったなと思いました。美容クリーム完売した後に「次はいつ!?」と女性陣から血走った目で問い詰められて怖かった。
思い出してゾッとしていると、そんな私を見たテオがニコニコと楽しそうに笑っていた。
「…なに? なにかいいことがあったの?」
何が面白いんだ。と首を傾げてみせると、テオは更にヘラヘラしている。年頃の女子がカッコいい、素敵とヒソヒソ噂するお顔はだらしなく溶けてしまいそうになっている。
「お前が目の前にいるんだなぁと思うと、嬉しくなった」
「……」
離れていた期間が長く、もう二度と会えないかもしれないという状況がテオを素直にさせたみたいである。
事あるごとに素直な気持ちを打ち明けてくるものだから、私は彼のその変化についていけずに黙りこくってしまう。
「しかめっ面してるけど、頬が赤くなってるぞ。お前は肌が白いからすぐに分かる」
指先で頬を撫でられる。その絶妙な撫で加減がくすぐったくなって私は目を細める。
以前の乱暴さが鳴りを潜めて、テオから宝物を扱うような触り方をされるたびに私の心はムズムズしっぱなしなのである。
まだまだ問題は解決していないが、一応私達は恋人関係。
だが、私は相変わらずな感じ。キスの雰囲気になっても恥ずかしくて慣れずにいる。嫌なわけじゃなく、恥ずかしいのだ。テオの胸を押して止めてしまうことも少なくない。
だがテオは素直じゃない私を見てはデレデレして、恥ずかしがる私の唇を奪ってはかわいいかわいいと口に出して可愛がってくるのである。
私は恥ずかしいからやめろと言っているのだが、テオはお構いなしに人目はばからずベタベタくっついて愛情表現してくるようになって、私達の交際は村の人達みんなの知るところになった。
中には「もったいない、テオには運命の番がいるんだぞ?」「本能で裏切るかもしれない。お互いのためにも別れたほうがいい」と言ってくる人もいた。
それは意地悪ではなく、私達のことを考えた上で言ってくれているとわかっているから私は黙って聞いているが、テオは違う。
真剣な表情で「デイジーを裏切るくらいなら死ぬ」と言うもんだから、村人はテオの気が触れるのを恐れて、触るな危険状態である。
私はこんなにも想われて幸せだと惚気けたらいいのか、馬鹿なことを言うなとテオを叱り飛ばせばいいのか。
貴族籍を抜けて戻ってきた私と、本能を押し殺して運命の番を断り続けるテオ。私たちの覚悟が生半可じゃないと思われたのか、徐々に村人も何も言わなくなっていった。
私は自分のために貴族籍を抜けて来ただけで、別にテオと夫婦になろうとは元々考えていなかったんだけど、周りには都合のいいように誤解されてしまっていた。
だけど今は否定せずにいたほうがいいのだろう。
「コラ! テオまたお前はデイジーの尻追いかけてるんか!」
「やべっ」
「お前、今日残業な!」
「そんな!」
ほれみろ。親方にバレた。
テオは親方に力技で工場の中へと連れさらわれていた。私は手を振ってお見送りをして差し上げる。今あんたがすべきはいちゃつきではなく仕事だ。働け。
私はひと仕事終えたから、本でも読んでのんびりしようかな。
一旦家に帰って荷物を片付けると、本を抱えて村の外れの私の特等席に向かう。大樹の下に座って息を吸う。空は青く、風は穏やか。緑の匂いがする。
あぁ自由が愛おしい。こんな風にゆったり過ごせることがどんなに幸せなことか。
貴族としての暮らしは、実の家族とわかり合えた後はそこそこ幸せであったけど、制限があって息苦しいのには変わりなかった。多分あそこで暮らしていたらどこかで爆発していただろうなぁと思う。
生まれてからずっとあそこで暮らしていたのであれば、それが普通だったのだろうが、捨て子と自覚して田舎村で育った私には身に余る環境だったんだ、きっと。
私のわがままを聞いてくれたフォルクヴァルツの家族には感謝してもしきれない。元気にしていると手紙を書かなくては。きっと気にかけてくれているはずだから。
私は膝元の本を下敷き代わりにすると、便箋を敷いた。そして羽ペンを滑らしたのである。
「あっいたいた」
本の世界にのめり込んでいた私はその声にページを捲る手を止めた。
顔を上げると、丘を登ってくる少女の姿。彼女は私と同じ人族であった。
「……キッカ?」
薄汚れていた印象だった彼女はなんだか小綺麗になっていた。私がぼんやりと彼女を見上げていると、キッカはニッと笑っていた。
「あたし、母さんの母国に帰ることになったんだ。これからシュバルツの港から船に乗って旅立つ予定なんだけど、あんたには最後に顔を見せておこうと思って」
住んでるのがこの村だったか記憶が曖昧で不安だったけど、いてくれてよかったよ。そう言って彼女は私の前に座り込んだ。
「くそオヤジは処刑されたよ」
その言葉に私は目を丸くする。
…処刑、ということは、彼女の父親はハルベリオン王に近い位置にいたということだろう。
だけどキッカに悲壮さはまったくなかった。むしろ晴れ晴れとした顔をしていた。
「やっと解放されたんだ。父親が死んだことを嬉しいって思うのは罰当たりかな?」
キッカは苦笑いを浮かべていたが、憑き物が落ちたようにスッキリした顔をしていた。初対面時の荒んだ様子が嘘みたいである。
「母さんは先に兄貴と港町に向かってる。やっと国に帰れるって嬉しそうだよ。母さんにはあっちに兄妹がいるらしいから、その人達頼ってまっとうな仕事を探すつもり。あっちでは盗みなんかしないで真面目に生きていくよ」
彼女も好きで盗みをしていたわけじゃない。そうするしか生きるすべがなかった。あの国に行ってようやく私は理解できた。私だってあの国に流されていたら同じことをしていたに違いない。
彼女の生い立ちを勝手に同情したりしていたけど、キッカもこうして新たに前へ進んでいこうとしているみたいで安心した。戦場下での再会と別れだったから少し心残りだったんだ。
「…そっか。元気でね」
「うん。あんたもね」
海の向こうの遠い東の国。この国がある大陸からは遠すぎて、謎に包まれた国。彼女とは恐らく今生の別れになるであろう。
私とキッカは黙って握手を交わした。
「!」
ふとキッカがなにかに反応して首を動かしていた。つられて彼女の視線の先に目を向けるとそこにはテオがいた。
テオは不思議そうに私とキッカを見比べている。多分キッカがこの国の顔立ちじゃないこともあって疑問に感じているのだろう。
「…友達か?」
「うん、そう。旅をしていたときに知り合ったキッカだよ。これからお母さんの母国に帰るからって挨拶に来てくれたの」
テオはキッカをまじまじ観察していた。逆にキッカもテオを物珍しそうに頭の先から爪先まで観察し、私の耳元に顔を寄せてきた。
「ふーん? あんたのいい人、いい男じゃん」
ヒソヒソ声でキッカは言った。ニヤニヤ笑って私をからかうと、「じゃあ、あたし行くね! バイバイデイジー!」と大声で別れを叫んで丘を下っていった。
ハルベリオンで鍛えられたその健脚はたくましい。あっという間にあっちの方まで向かっていった……足でシュバルツの港に行くのだろうか。ここからだとかなり距離があるけども。…いやまさかね。どっかで乗合馬車つかまえるのかな?
「すばしっこいな」
獣人のテオが言うくらいだ。キッカは運動神経がいい。じゃなきゃ危険と隣り合わせの還らずの森なんかに潜り込めないもんね。彼女は大切な人の為なら命知らずになれる強さがある。
「たくましくて強い子なんだよ」
はじめに出会った時は追い剥ぎされそうになったんだけどね。
あんな出会い方だったけど、縁って本当に不思議なものだ。最初に私がキッカを助けて、その後キッカから助けられた。
キッカは生きるチカラに満ち溢れている。あの国でたくましく生きてこれたんだ。心配せずともきっと大丈夫だ。
彼女の多幸を願って、彼女の姿が見えなくなるまで見送ったのである。
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