168 / 209
Day‘s Eye 花嫁になったデイジー
忘れられない危険な匂い
しおりを挟む
フォルクヴァルツの青空市場は今日も盛況だった。異国の商人も交えた店が所狭しと並んでいる。
ここにはあの悲劇の欠片もない、笑顔と生きる力がみなぎっている。
「……すげぇ」
村に攻め込まれた際に宿敵フェアラートによる投影術で燃えているフォルクヴァルツの光景を目にしていたテオは、今の栄えたフォルクヴァルツの姿を見てあんぐりとしていた。
多分想像していたものと違ったので驚いたのであろう。
「アステリア姫様!」
「おかえりなさいませ!」
青空市場で呼び込みをしていた店主が私に気がつくと、その声に反応して他の領民も声を掛けてきた。その勢いにびっくりしたテオが耳をぺたりと前に倒しているが、こればかりは慣れてもらうしかない。
「姫様、そちらが旦那様で?」
「美男美女ですねぇ…」
「幼い頃からの恋を成就させたんですよね、素敵です!」
幼い頃からテオに想われていたのは否定しない。その辺りが脚色されて美談になっている気もしないこともないが、いい方に勘違いされているならそのままにしておく。別に結婚するために身分を捨てたわけじゃないけど、もう何も言わない。
私が幼馴染の獣人と結婚したという話は領民にも広まっており、巷ではそれが土台となったロマンス小説が発売されている。物語の中でライバル役としてどこかで見たような王太子も出てくるのだが……メイドに押し付けられたそれを渋々読んだ時、こいつは誰だと思った。私の知っている某殿下じゃない誰かが、物語上の主人公に言い寄っていて違和感しかなかった。
あの殿下が私に向かってあんな歯の浮くようなセリフを吐くわけがないだろう。気色悪いな。
世の中の女性はあの曲者殿下をこんな風に美化して妄想してるのかな…知らないって幸せなことである。
領民たちと挨拶を交わしていると、店の人からお菓子や果物を頂いた。ここにルルがいたらきっと喜んでいたはずなのに。ルルは城にある畑が気になるからって一足先にフォルクヴァルツ城へと飛んでいってしまったのだ。
「──アステリア様とはあなた様のことだったのですね…」
食べ物やら花やらを押し付けられて苦笑いを浮かべている私の前に割り込むようにして現れたのは、整髪料を塗りすぎてテカテカ光っている変な髪形、胸元に品のないブローチを付けて悪目立ちをした、そこはかとなく成金の匂いがする男であった。
その男はニコニコ愛想よく笑いながら私に近寄ると「お噂はかねがね」と言ってずいっと小さな容器に入った何かを差し出してきた。その容器はガラスで出来ていた。ガラスには模様がついている、女性が好みそうなデザインの……化粧品だろうか。
「こちら当商会で取り扱っております美白美容クリームになります。お近づきの印にどうぞ」
……美白美容クリーム? 怪しさ満点過ぎて私は怪訝な顔を浮かべる。
この人はうちの領民じゃないな。フォルクヴァルツの人独特の訛りがないし…服の仕立てからして…
「なにも怪しいものではありませんよ、こちら王都でも貴婦人に人気のクリームでして…」
そう言って蓋を開けた商人はひとすくいクリームを取るなり、私の手に塗ろうと手を伸ばしてきた。
「近づくな」
私が避ける前に、テオが割り込んできた。私の視界はテオの背中でいっぱいになる。
商人を怪しいと感じ取ったのは私だけじゃないみたいだ。テオの尻尾の毛がぶわっと逆立って警戒している。
「それ、デイジーが昔やばいって言ってた化粧品と同じ匂いがする」
ぐるぐるとテオの喉奥が鳴った。
昔私がやばいと言った化粧品……テオの言葉に私は過去の記憶を思い出した。あれは村にやってきた流れの商人のことだ。怪しげな美容クリームを奥様方に売ろうとしてたけど、私が割って入って行ったため村での購入被害者を出さなかったあの……
「…水銀クリームのこと?」
まだそんな物を扱う商人がいたのか。まさか物を売る人間が水銀の危険性を知らないのか。びっくりだわ。
「うちの嫁さんに変なもの押し付けんな…デイジーになにかあったら承知しねぇぞ」
「そんなとんでもございません! 私共の扱う化粧品は安心安全な成分で出来ております」
オロオロと言い訳をしているが、商人は狼獣人の嗅覚を舐めてるな。印象深いものほど、過去の代物であっても憶えているものだよ。
テオは警戒を解かずに商人を睨みつけている。商人はといえば、テオの眼光に怯みながらも汗かきながらヘラヘラと笑っていた。
「旦那様も奥様にはいつまでも綺麗でいてほしいでしょう?」
媚びを売るようにテオに同意を求める商人。だがテオは不機嫌そうに、「あ゛?」とどす低い声で相手を威嚇していた。
「デイジーは充分白くて綺麗だ! これ以上綺麗になりすぎると他の男が目をつけるだろうが!」
テオらしい反論の仕方である。
褒められてるんだけど少しばかり恥ずかしいぞ。
「おまけに器用で賢いから自分で美容クリームを作れるんだ。うちの村の母親世代もそれで若返ったって評判なんだぞ! だからそんな怪しい化粧品は必要ない!」
「て、テオやめてよ恥ずかしい…」
確かにうちの村の奥様たちは揃ってクリームを愛用して綺麗になったと評判になっている。私も怪しげなクリームを買わずとも自分で作れるので別に必要としていないけども…
周りにいた領民もこちらに注目してるじゃないか……
「なんの騒ぎだ! 散れ!」
ガチャガチャと鎧の音を立てて怒鳴り込んできた憲兵達によって領民たちがさぁっと引けていった。
険しい顔をしていた兵士たちは渦中にいる私達を見てハッとした顔をした。
「これはアステリア様!」
私の存在に気づいた彼らは素早く礼をとる。もう貴族籍じゃない私に対して今でも敬意を示してくれるのはありがたいが、とても居心地が悪い。
「失礼ですが、アステリア様…何事でしょうか?」
フォルクヴァルツでは優秀で堅強な獣人が兵士としてたくさん雇われている。彼らは同じ獣人であるテオが警戒して商人を睨み続ける姿に異変を感じたようだ。
「…この商人が持つクリームに水銀が入っていると、夫が訴えるもので」
「水銀!?」
ぎょっとした兵士たちは一斉に商人に視線を向けると、逃亡防止に素早く周りを囲んだ。さすがシュバルツの砦であるフォルクヴァルツを守る兵士たちだ。格が違うな。
「お前、見ない顔だな」
「許可証を提示しろ、それと販売している品を」
いかつい兵士たちに見下された商人はぎくりとしていたが、「決して怪しいものでは…」とペコペコしながら許可証を提示していた。
「姫様とご夫君はこちらへ」
果たして正規の許可証を取得した商人なのか、そのクリームには本当に水銀が含まれているのか色々気になったが、警備兵に誘導されてその場から引き離されてしまった。
「おかえりなさいませアステリア様!」
警備兵に誘導されて、馬車に乗せられた後は城へ直行である。先に到着していたルルから聞かされていたらしい使用人が城の出入り口でお出迎えしてくれた。
一緒にやってきたテオは落ち着かなそうに、居心地悪そうにしていた。
「お荷物お預かりします、テオ様」
「あ、はい…おねがいします…」
執事に声を掛けられたテオは借りてきた猫のごとく萎縮していた。さっき市場でもらった貢物の山を従者たちに引き渡すと、身を縮こめておとなしくしていた。
わかるよ、私も最初同じ心境だったから…
「アステリア…!」
私が生暖かくテオを見守っていると、奥の方から母上が小走りでやってきて、両手を広げて私に抱きついてきた。
「おかえりなさい、待っていましたよ」
「ただいま帰りました、母上」
ぎゅっぎゅっと私の存在を確かめるように抱き込んだ母上はそっと私から離れるとテオに笑いかけた。
「いらっしゃいテオさん。歓迎しますわ」
「こんにちは、お世話になります」
私はそのままいつもの薬草類の注文を済ませてしまおうと思っていたのだが、城の人達は私達が滞在するものだと思っていたらしく、お部屋に案内された。
テオも一緒だったので、ベッドが大きなお客様用のお部屋を用意しようとしてくれていたが、私室があるので断った。私の部屋とされている部屋も無駄に広すぎてテオが落ち着かなそうにソワソワしていた。ベッドも家にあるのより大きいもんね。
そのあと夕飯の席にお呼ばれしたときもいつもは気にしてない作法を気にして、テオはちまちま小鳥のように食事をしていた。
「大丈夫だよテオ。私もここに来たばかりの時は村での癖が抜けなくて粗相ばかりしていたから」
一家はそれに目くじら立てるほど心狭くないから大丈夫だ、という意味で言ったのだが、テオはしゅん…と耳を倒していた。
「いや……いつもの調子で食ったら高そうな皿を割ってしまいそうで…」
あぁ、そういう…
テオの発言に父上が軽く口を抑えて笑っていた。
「一枚くらいなら大目に見よう。気にするな」
「そんな…」
「そうよ、食事は美味しくいただくものよ。お気になさらないで」
私の実両親の言葉にテオは納得がいかないようで困ったように眉尻を下げていた。
「……昔は我が家もこんな風にゆっくりお行儀よく食べる余裕もなかったんだ。アステリアの無事がわかって、娘の夫も交えてこうして食卓を囲めることが私は何よりも嬉しく思っているんだよ」
父上の言葉にテオはぴくりと肩を揺らした。
彼らが苦労して今の生活を取り戻したことを知っているからだ。戦争らしい戦争というものを知らないテオだけど、それが想像を絶するものだと理解しているのだろう。
「たくさん召し上がってね」
「…ありがとうございます」
流石に貴族相手に無礼講というわけには行かないけども、テオは少しだけ肩の力を抜いていた。
しかし完全に気を抜けたかといえば、嘘になる。
お部屋でも落ち着かない様子でソワソワしていたが、お風呂場でもたくさんの石鹸とかボトルに入った謎の液体があって、どれ使えばいいのかわからなかったと困った顔をしていて……テオの気持ちがものすごくよくわかった。
いざ就寝となるとふかふか過ぎるベッドに落ち着かない様子で寝付けないようだった。何度も何度も寝返りを打っていたので安心させようと私が両腕で抱きしめてあげると、「嫁さんの実家でそういう気分になれない」と断られた。
別に私は夜のお誘いをしたわけじゃないのに、失礼なやつである。
ここにはあの悲劇の欠片もない、笑顔と生きる力がみなぎっている。
「……すげぇ」
村に攻め込まれた際に宿敵フェアラートによる投影術で燃えているフォルクヴァルツの光景を目にしていたテオは、今の栄えたフォルクヴァルツの姿を見てあんぐりとしていた。
多分想像していたものと違ったので驚いたのであろう。
「アステリア姫様!」
「おかえりなさいませ!」
青空市場で呼び込みをしていた店主が私に気がつくと、その声に反応して他の領民も声を掛けてきた。その勢いにびっくりしたテオが耳をぺたりと前に倒しているが、こればかりは慣れてもらうしかない。
「姫様、そちらが旦那様で?」
「美男美女ですねぇ…」
「幼い頃からの恋を成就させたんですよね、素敵です!」
幼い頃からテオに想われていたのは否定しない。その辺りが脚色されて美談になっている気もしないこともないが、いい方に勘違いされているならそのままにしておく。別に結婚するために身分を捨てたわけじゃないけど、もう何も言わない。
私が幼馴染の獣人と結婚したという話は領民にも広まっており、巷ではそれが土台となったロマンス小説が発売されている。物語の中でライバル役としてどこかで見たような王太子も出てくるのだが……メイドに押し付けられたそれを渋々読んだ時、こいつは誰だと思った。私の知っている某殿下じゃない誰かが、物語上の主人公に言い寄っていて違和感しかなかった。
あの殿下が私に向かってあんな歯の浮くようなセリフを吐くわけがないだろう。気色悪いな。
世の中の女性はあの曲者殿下をこんな風に美化して妄想してるのかな…知らないって幸せなことである。
領民たちと挨拶を交わしていると、店の人からお菓子や果物を頂いた。ここにルルがいたらきっと喜んでいたはずなのに。ルルは城にある畑が気になるからって一足先にフォルクヴァルツ城へと飛んでいってしまったのだ。
「──アステリア様とはあなた様のことだったのですね…」
食べ物やら花やらを押し付けられて苦笑いを浮かべている私の前に割り込むようにして現れたのは、整髪料を塗りすぎてテカテカ光っている変な髪形、胸元に品のないブローチを付けて悪目立ちをした、そこはかとなく成金の匂いがする男であった。
その男はニコニコ愛想よく笑いながら私に近寄ると「お噂はかねがね」と言ってずいっと小さな容器に入った何かを差し出してきた。その容器はガラスで出来ていた。ガラスには模様がついている、女性が好みそうなデザインの……化粧品だろうか。
「こちら当商会で取り扱っております美白美容クリームになります。お近づきの印にどうぞ」
……美白美容クリーム? 怪しさ満点過ぎて私は怪訝な顔を浮かべる。
この人はうちの領民じゃないな。フォルクヴァルツの人独特の訛りがないし…服の仕立てからして…
「なにも怪しいものではありませんよ、こちら王都でも貴婦人に人気のクリームでして…」
そう言って蓋を開けた商人はひとすくいクリームを取るなり、私の手に塗ろうと手を伸ばしてきた。
「近づくな」
私が避ける前に、テオが割り込んできた。私の視界はテオの背中でいっぱいになる。
商人を怪しいと感じ取ったのは私だけじゃないみたいだ。テオの尻尾の毛がぶわっと逆立って警戒している。
「それ、デイジーが昔やばいって言ってた化粧品と同じ匂いがする」
ぐるぐるとテオの喉奥が鳴った。
昔私がやばいと言った化粧品……テオの言葉に私は過去の記憶を思い出した。あれは村にやってきた流れの商人のことだ。怪しげな美容クリームを奥様方に売ろうとしてたけど、私が割って入って行ったため村での購入被害者を出さなかったあの……
「…水銀クリームのこと?」
まだそんな物を扱う商人がいたのか。まさか物を売る人間が水銀の危険性を知らないのか。びっくりだわ。
「うちの嫁さんに変なもの押し付けんな…デイジーになにかあったら承知しねぇぞ」
「そんなとんでもございません! 私共の扱う化粧品は安心安全な成分で出来ております」
オロオロと言い訳をしているが、商人は狼獣人の嗅覚を舐めてるな。印象深いものほど、過去の代物であっても憶えているものだよ。
テオは警戒を解かずに商人を睨みつけている。商人はといえば、テオの眼光に怯みながらも汗かきながらヘラヘラと笑っていた。
「旦那様も奥様にはいつまでも綺麗でいてほしいでしょう?」
媚びを売るようにテオに同意を求める商人。だがテオは不機嫌そうに、「あ゛?」とどす低い声で相手を威嚇していた。
「デイジーは充分白くて綺麗だ! これ以上綺麗になりすぎると他の男が目をつけるだろうが!」
テオらしい反論の仕方である。
褒められてるんだけど少しばかり恥ずかしいぞ。
「おまけに器用で賢いから自分で美容クリームを作れるんだ。うちの村の母親世代もそれで若返ったって評判なんだぞ! だからそんな怪しい化粧品は必要ない!」
「て、テオやめてよ恥ずかしい…」
確かにうちの村の奥様たちは揃ってクリームを愛用して綺麗になったと評判になっている。私も怪しげなクリームを買わずとも自分で作れるので別に必要としていないけども…
周りにいた領民もこちらに注目してるじゃないか……
「なんの騒ぎだ! 散れ!」
ガチャガチャと鎧の音を立てて怒鳴り込んできた憲兵達によって領民たちがさぁっと引けていった。
険しい顔をしていた兵士たちは渦中にいる私達を見てハッとした顔をした。
「これはアステリア様!」
私の存在に気づいた彼らは素早く礼をとる。もう貴族籍じゃない私に対して今でも敬意を示してくれるのはありがたいが、とても居心地が悪い。
「失礼ですが、アステリア様…何事でしょうか?」
フォルクヴァルツでは優秀で堅強な獣人が兵士としてたくさん雇われている。彼らは同じ獣人であるテオが警戒して商人を睨み続ける姿に異変を感じたようだ。
「…この商人が持つクリームに水銀が入っていると、夫が訴えるもので」
「水銀!?」
ぎょっとした兵士たちは一斉に商人に視線を向けると、逃亡防止に素早く周りを囲んだ。さすがシュバルツの砦であるフォルクヴァルツを守る兵士たちだ。格が違うな。
「お前、見ない顔だな」
「許可証を提示しろ、それと販売している品を」
いかつい兵士たちに見下された商人はぎくりとしていたが、「決して怪しいものでは…」とペコペコしながら許可証を提示していた。
「姫様とご夫君はこちらへ」
果たして正規の許可証を取得した商人なのか、そのクリームには本当に水銀が含まれているのか色々気になったが、警備兵に誘導されてその場から引き離されてしまった。
「おかえりなさいませアステリア様!」
警備兵に誘導されて、馬車に乗せられた後は城へ直行である。先に到着していたルルから聞かされていたらしい使用人が城の出入り口でお出迎えしてくれた。
一緒にやってきたテオは落ち着かなそうに、居心地悪そうにしていた。
「お荷物お預かりします、テオ様」
「あ、はい…おねがいします…」
執事に声を掛けられたテオは借りてきた猫のごとく萎縮していた。さっき市場でもらった貢物の山を従者たちに引き渡すと、身を縮こめておとなしくしていた。
わかるよ、私も最初同じ心境だったから…
「アステリア…!」
私が生暖かくテオを見守っていると、奥の方から母上が小走りでやってきて、両手を広げて私に抱きついてきた。
「おかえりなさい、待っていましたよ」
「ただいま帰りました、母上」
ぎゅっぎゅっと私の存在を確かめるように抱き込んだ母上はそっと私から離れるとテオに笑いかけた。
「いらっしゃいテオさん。歓迎しますわ」
「こんにちは、お世話になります」
私はそのままいつもの薬草類の注文を済ませてしまおうと思っていたのだが、城の人達は私達が滞在するものだと思っていたらしく、お部屋に案内された。
テオも一緒だったので、ベッドが大きなお客様用のお部屋を用意しようとしてくれていたが、私室があるので断った。私の部屋とされている部屋も無駄に広すぎてテオが落ち着かなそうにソワソワしていた。ベッドも家にあるのより大きいもんね。
そのあと夕飯の席にお呼ばれしたときもいつもは気にしてない作法を気にして、テオはちまちま小鳥のように食事をしていた。
「大丈夫だよテオ。私もここに来たばかりの時は村での癖が抜けなくて粗相ばかりしていたから」
一家はそれに目くじら立てるほど心狭くないから大丈夫だ、という意味で言ったのだが、テオはしゅん…と耳を倒していた。
「いや……いつもの調子で食ったら高そうな皿を割ってしまいそうで…」
あぁ、そういう…
テオの発言に父上が軽く口を抑えて笑っていた。
「一枚くらいなら大目に見よう。気にするな」
「そんな…」
「そうよ、食事は美味しくいただくものよ。お気になさらないで」
私の実両親の言葉にテオは納得がいかないようで困ったように眉尻を下げていた。
「……昔は我が家もこんな風にゆっくりお行儀よく食べる余裕もなかったんだ。アステリアの無事がわかって、娘の夫も交えてこうして食卓を囲めることが私は何よりも嬉しく思っているんだよ」
父上の言葉にテオはぴくりと肩を揺らした。
彼らが苦労して今の生活を取り戻したことを知っているからだ。戦争らしい戦争というものを知らないテオだけど、それが想像を絶するものだと理解しているのだろう。
「たくさん召し上がってね」
「…ありがとうございます」
流石に貴族相手に無礼講というわけには行かないけども、テオは少しだけ肩の力を抜いていた。
しかし完全に気を抜けたかといえば、嘘になる。
お部屋でも落ち着かない様子でソワソワしていたが、お風呂場でもたくさんの石鹸とかボトルに入った謎の液体があって、どれ使えばいいのかわからなかったと困った顔をしていて……テオの気持ちがものすごくよくわかった。
いざ就寝となるとふかふか過ぎるベッドに落ち着かない様子で寝付けないようだった。何度も何度も寝返りを打っていたので安心させようと私が両腕で抱きしめてあげると、「嫁さんの実家でそういう気分になれない」と断られた。
別に私は夜のお誘いをしたわけじゃないのに、失礼なやつである。
20
あなたにおすすめの小説
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる