太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

文字の大きさ
184 / 209
外伝・東で花咲く菊花

オマケ・試される忍耐

しおりを挟む
 ついこの間スバルさんのお祖父さんから縁談話が持ち込まれたばかりなのに、そこから転がるように話はまとまった。
 結納を終えると、どんどん結婚の準備が進められる。あたしの結婚衣装には本来は母さんのために用意されていたという白無垢を着ることになった。これは母さんの妹さんが嫁に行く時に一度使用されたそうだが、その後15年くらい使われずに大切に保管されていた。
 きちんと保管していたから虫食いもカビも生えていない。遠目だと白の衣装だけど、近くで見ると細かい模様が入っていてとても綺麗だった。それをあたしの身体に合うようにお直ししてくれるのだという。

 挙式は春先。それまでは花嫁修業とやらを姑直々に教わることになっている。


「婚約期間なんて無視して、もううちに来てもいいのよ、キッカちゃん。結婚するまではおばさんと一緒に寝たらいいのだから」
「えぇと」

 それはそれで息が詰まるし、残された時間は家族と一緒に過ごしたいです。

「まぁ、ナナセさん。そこはあたくしのお部屋で一緒に過ごすほうが効率的でしょう」
「あらあらお義母さま、そんなこと言って抜け駆けなさるの? まさか、古臭いしきたりをキッカちゃんに教えて恥でもかかせるおつもり?」
「…なんですって?」

 あちらの家族ともすっかり……馴染んだのか?
 あたしは生まれ育ちがあまり良くないので、どう受け取られるかと不安に思ったけど、スバルさんのご家族はなぜか好意的だった。詳しく話を聞けば、スバルさんのお祖父さんお祖母さんも若い頃はそこそこ苦労した人とかで、苦労して生き延びたあたしに好意的なんだそうだ。
 それはいいんだけど、姑と大姑になる2人がなにかと競い合っているのがすごく気になる。ふたりともあたしに対して優しくて、この家のことを一緒に覚えましょう。娘が欲しかったのととても親身になってくれるのだが……同じ場に居合わせると火花を散らせる間柄なのだ。
 花嫁修業をしようにも2人の競い合いになるので、そっと抜け出してスバルさんのところに避難する。彼は部屋で何やら難しそうな書物をしていた。あたしが部屋に入ってきたと気づくと、それだけで何があったのか察したようである。

「ゴメンな、うちの母親と婆さんが。うちは女が生まれなかったから娘が欲しかったらしくてさ…キッカが来るのを楽しみにしてたみたいだ」
「……」

 スバルさんに謝られた。結局あたしはどうすればいいのか。どっちをとっても角が立つじゃないの。

「母さんも婆さんも我が強いと言うか気位が高いと言うか…似た者同士だから昔っからああで。何もわからない素直な気質のキッカみたいな娘が嫁に来るってんで張り切ってんだ」
 
 花嫁修業とやらはちゃんと履修しないと後々恥をかくから頑張る気ではいたけど、姑大姑戦争に巻き込まれるのはちょっと困る。
 あたしはずりずりと畳の上を滑って移動すると、スバルさんの隣にちょこんと座った。

「何書いてるの?」
「今年の獣害の報告書。管轄範囲の田畑にどれだけ被害があったかを国に提出するんだ」
「ふぅん…それも仕事なんだ…」

 スバルさんはのちのちお祖父さん、そしてお父さんの仕事を継ぐことになっているのだという。

「…いつもこんなお仕事してるの?」
「今は少ししか任せてもらってないけどな」

 伯父さんの職場での仕事に、家の仕事。二足のわらじ状態で大変なのでは。スバルさんはあたしと兄さんがこの国に来た頃に伯父さんの職場に入ってきたよな。

「なんで伯父さんの職場で働き始めたの?」

 あたしの問いにスバルさんの手は止まった。あたしをちらりと見ると、言いにくそうに「…親父に『どんな人間がやって来るのか監視してこい』って言われたのが切欠だ」と返された。
 その言葉にあたしは納得した。
 そっか、そうだよね。いくら母さんの子どもでも、異国の地が混じった人間がやってくるのだもの。警戒されないわけがない。

「でもお前もトウマも真面目に働くことで周りの信用を勝ち取っていたから、俺たちの心配は無用だったけどな」

 問題ないとわかったらすぐに辞めていいと言われてたけど、外で働くのが結構楽しくてずるずる居座ってたと彼は言った。
 そうだったのか。じゃあそのうち伯父さんの店も辞めることになるのだろうか。

「……最初にあたしを街に案内した時、娼婦の店が並ぶ花街に連れて行ったのはなんで? スバルさんは女を買わなかったじゃない。なんで買わなかったの?」
「ぐっ」

 スバルさんが言葉をつまらせてむせた。
 これも気になっていた。男同士ではああいう店に通うのがお決まりなのだろうか。兄さんに聞いてもわかるはずもなく、ずっと疑問に思っていたんだ。

「いや、あのときはお前が男だと思っていて…本当に申し訳ない…」
「うぅん、紛らわしいあたしが悪かったし気にしてない」

 男と思い込んで連れて行ったのはきっと、あたしと男同士の友情を育もうとした云々だとわかっているからそれはいいんだ。
 あたしが気になっているのはそこじゃない。

「男は性欲を我慢できないんでしょ? スバルさんもああいう店によく行くんだよね?」
「あの…それは」

 彼はわかりやすく動揺して目をあちこちに泳がせていた。
 いいんだよ、ごまかさなくとも。荒廃したハルベリオンで育ったあたしはその辺詳しいんだ。理解しているつもりだ。

「あたしそんなに色気ないし、まだそういう事するの怖くて、スバルさんに迷惑かけるかもだから…多少の女遊びは目をつぶるよ!」

 大姑さんが言っていた。妻たるもの、どんなことがあってもドシンと構える気概が必要なのだと。
 それに対し、姑さんは浮気した旦那は問答無用で鉄拳制裁すればいいと言っていたが、あたしはスバルさんに多大な我慢をさせるかもしれないので多少の浮気は許すよ。

「だから、いつでも堂々と女を買いに行ってもいいんだからね!」

 あたしは自信満々にぐっと拳を握った。
 それなのにスバルさんは両手で顔を覆ってうなだれていた。

「どうしたの? 気にしてるの? あたしは大丈夫だよ。キレイな娼婦たちを見て目の保養になったし」

 残念ながらもう一緒にあの花街を歩くことは厳しいだろうけど。あそこは外部の女性の出入りを固く禁じているそうだから。

「……婆さんか? …それとも、母さん?」
「ん? なにが?」

 ぼそぼそと何かを行っているので、彼の声が届く距離まで顔を近づけると、彼の腕が伸びてきてあたしは抱き寄せられた。スバルさんの胸元に顔を埋める体勢で抱きしめられたあたしは、頭頂部にはぁぁとスバルさんの熱いため息がかかったのを感じ取る。

「自分のこと色気ないって言うけどな、お前、かなり色っぽい体つきになってるんだからな。周りの男がどんな目でお前を見てるかわかってねぇだろ」

 どくどくと彼の胸板から聞こえる心臓の音が早い。顔を上げて彼の顔を見上げると、スバルさんは困ったような焦れたようななんとも複雑な表情を浮かべていた。

「……川で、お前の肢体を見てしまってから、夢に出てくるのはいつもお前だ」
「だって、あの時はスバルさんが脱げっていうから」
「うん、ほんとそれはゴメン」

 川で水浴びに誘われた時にあたしが全裸になった姿を見たことでスバルさんはあたしを意識するようになったらしい。…あれは事故のようなものだから別に気にしてないのにな。

「俺も男だからな、そういう欲はある」

 ぐっと彼の腕の力が増して、あたしはさらに胸板に顔を押し付ける体勢になる。

「でもキッカはまだこういうことは怖いだろ? お前を傷つけたくないから我慢しているだけだ。あまり煽ってくれるな」
「だから」
「…好きな女が嫁に来てくれるのに、他の女を抱く必要なんかないだろ。俺にはお前のほうが大切だ」

 あたしの唇を指の腹で撫でたスバルさん顔がゆっくり降りてきてあたしの唇を奪う。あたしは目を閉じて優しいキスを受け取った。
 そっか。そこまであたしのことを大切に思ってくれているのか。

「…ありがとう、あたしのために我慢してくれて」

 あたしはスバルさんの首の後に腕を回して彼を引き寄せると、もっとキスをねだった。優しいキスは好きだよ。あたしを傷つけぬように優しくしてくれてるって感じるから。でももっと強いキスでも構わない。物足りないんだ。
 もっとキスしてほしくておねだりしたけど、スバルさんは困惑したようにうろたえていた。

「あ、ちょ…それ以上は」
「…もっと欲しいの」

 至近距離からスバルさんを見つめ、甘えるようにささやくと、スバルさんの目の色が変わった。
 しかし、ぐっと何かを堪えた様子で口元を引き縛ると、あたしの首元に顔をうずめる。
 そして深呼吸をして一言。

「……ホント勘弁して…」

 スバルさんが頑張ってくれるなら、あたしも頑張るよ。彼はあたしを大切にしてくれる人だから。
 彼の胸に甘えるように抱きつくとスバルさんの身体がビッと硬直した。しかし、長くくっつくとスバルさんも辛いらしいので、名残惜しいが彼から離れる。
 その前にチュッと軽く口付けを送ると、あたしはゆっくり立ち上がった。

「花嫁修業もうひと頑張りしてくるね」

 なんかやる気が出てきたぞ!
 とりあえず姑さんと大姑さんの口論が収まっているといいなぁ。
 …なんかスバルさんが座ったまま固まっているのが気になるけど、まぁいいか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。 そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。 幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。 そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――? 「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」 鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。 精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

【完結】成りすましの花嫁に、祝福の鐘は鳴る?

白雨 音
恋愛
代々、神に仕える一族、モード家の直系の娘は、《聖女の光》を持って 生まれると言われているが、三姉妹の真中、クレアは違った。 《聖女の光》を持たずに生まれたクレアは、不遇の少女時代を送り、 二十歳を迎える頃には、すっかり気弱でお人好しの娘に育っていた。 一方、聖女として頭角を現し始めた妹のロザリーンは、隣国の王から妃にと望まれる。 クレアは妹付きの侍女として、一緒に隣国に行く事になるが、途中、一行は賊に襲われてしまう。 だが、それは王との結婚を望まぬロザリーンの策謀だった___ ロザリーンと間違われ、王宮で手厚く保護されたクレアだったが、 聖女の力が使えないと分かるや否や、王は激怒する。 王を執り成し、クレアの窮地を救ってくれたのは、騎士団長のオーウェン。 だが、その為に、彼は行き場の無い花嫁(クレア)との結婚を命じられてしまう___ 異世界恋愛:短めの長編  ※18禁にしていますが、ささやかなものです。《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

処理中です...