太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

文字の大きさ
185 / 209
Day‘s Eye 芽吹いたデイジー

木製のドラゴン【テオ視点】

しおりを挟む
 最近デイジーの体調が悪い。気分が悪いと休むこともしばしば。
 親父が言っていた。女には体調を崩しやすい期間があってそれが定期的に巡ってくるから、その時は気遣ってやれと。

 デイジーがぐったり寝込んでいる間に家事をささっと片付けて、その後2人でベッドでくっついてまどろむ時間も幸せだ。彼女を抱き込むと、甘い匂いを間近に感じ取れた。俺はスンと鼻を鳴らす。
 ……この間指摘したらデイジーは気分を害していたのでそれ以上は何も言わなかったが、やっぱりデイジーの匂いには変化が出た。不快な匂いとかそういうものじゃなく、とにかく以前の匂いとは違う香りが彼女から放たれているのだ。
 精神的負荷がかかっているのかもしれない。ただでさえ華奢でひ弱な人族であるデイジーはかよわいのだ。本人は弱音を吐き出さない性格だから気づけなかっただけで、きっと疲れているのだ。

 俺はデイジーの面倒を見るのが結構好きだ。大切な嫁さんのためだ。家事も世話も全然苦じゃない。ここは俺の腕の見せ所だ。
 デイジーは俺が支える!
 やる気に満ちた俺は鼻を鳴らした。



 一日休んだら体調が少し良くなったというデイジー。
 ずっと家の中にいても気分が滅入るだけだろう。疲れたら俺が連れて帰ると提案して、気分転換も兼ねて町へ買い物へ出かけた。
 日曜日なので人出が多い。はぐれないように手をつないで散策していると、デイジーが本屋の前で立ち止まった。

「ちょっと見てきてもいい?」
「おう」

 紙とインクの匂いが充満した狭苦しい本屋。俺の背よりも高い本棚がぎっちり詰まった本屋は狭い。デイジーは人とすれ違いながら奥の方へと消えていった。
 …他の客の迷惑になるので、本に興味ない俺は入らないほうがいいだろう。

 邪魔にならぬよう店の前で待っていると、俺の目の前を小さな子どもが駆けていった。彼はドラゴンらしき木の人形を持ち上げて遊んでいた。2・3歳くらいの男児だろうか。
 ……その子どもは一人だった。近くに親がいるのかと辺りを見渡すも、周りを歩く人々は男児に全く目をくれず通り過ぎていく。

「おい坊主、父ちゃんと母ちゃんと一緒じゃないのか?」

 気になって声をかけると、男児は俺を見上げてキョトンとした顔をしていた。

「かあちゃん、こっちで静かに待ってなさいって」
「そっか、買い物か何かか?」
「んーん。知らないおじさんと用事だって」

 男児の話す言葉に俺は不穏なものを感じ取ったが、所詮よその家庭のことだ。何も突っ込むまい。

「にいちゃんは犬?」
「残念。俺は狼の獣人だ」

 デイジーが買い物している間だけだ。俺は見張りも兼ねて男児と話していた。
 ある程度大きくなった子どもならまだしも、赤子からようやく卒業したくらいの年齢の子どもを放置しておくなんて親は何を考えているんだ。町は自分の家の庭じゃないんだぞ。

「僕にんげん」
「うん、見たらわかる」

 知らない男児の親に少しばかり憤慨しつつも、無邪気な男児を見ていると微笑ましくなった。自分もいつかデイジーとの子とこうして接したいなぁ、って。
 もちろん生まれたらこんな風に子ども一人でほっぽっておく真似なんかしない。自分の命よりも大切に育てるつもりだ。

「これ、どらごん。おじさんがくれたんだ」

 男児は手に持っていた木彫りのドラゴンを俺に見せてきた。自慢しているらしい。

「…母ちゃんの知り合いの?」
「うぅん、たまにおうちに来て、かあちゃんとケンカしてる人」

 ……なんか複雑そうな家だなぁ。
 これ以上聞いたら自分の心まで痛くなりそうである。

「なにしているの、ノア!」

 男児の目線と合わせるためにしゃがみこんでいた俺の頭上からきんきん響き渡る怒鳴り声が降り注いできた。
 あまりの大声に俺の耳が防衛のために前に倒れた。…うるせぇなぁといった感情を隠さずに顔を上げると、そこには20代半ばくらいの女が立っていた。

「かあちゃん」

 ケバケバしい化粧をしたその女を男児がそう呼んだ。
 なるほど、これが“知らないおじさんと用事がある”と言って子どもを放置していた母親か。

「あ、あんたは…?」

 おっそろしい形相をしていた女だったが、俺を見るなり態度が変わった。嫌な予感がした俺は相手の問いかけに何も答えず、男児の頭を撫でてやった。

「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「うん! 狼のにいちゃんもね!」

 別れを告げて、男児を見送ろうとした。だけどその母親はこちらを凝視したまま動かない。男児に「かぁちゃん?」とスカートを引っ張られているのにそれに応えようともしない。
 俺は少しばかり嫌な予感がしていた。

「あの、うちの子の相手してくださっていたんですよね? ありがとうございます」
「たまたま目についただけなので…」
「お礼と言ってはなんですが、我が家にお越しください。お茶でも…」

 いやいやいや…そこまでされることはしていないから。
 それにこの女、真っ昼間からどっかの男の精の匂いがする。職業差別をするわけじゃないが、そういう生業の女なのだろう。悪いがそういう人間とは親密になる気はないのだ。

「いえ、連れがいますから結構です」
「…お連れ様はお友達かなにか?」

 愛想良く笑う女がずいっと近づいてくるが、他の男の匂いに加えて質の悪い香水の匂いが俺の嗅覚を攻撃してくる。
 く、くさい…
 なんだこの匂いの暴力。香水振りかければいいってもんじゃないぞ。悪臭になってんじゃねぇか。悪臭から逃げたいがために俺の足は無意識に後ずさりしていた。

「おい兄ちゃん、お連れさんが体調悪そうにしてるよ」

 横から口を出してきたのは本屋の店主だった。助かった、と思ったのも束の間。その言葉は単なる助け舟じゃなく真実だった。
 狭い本棚の隙間を通っていくと、店の奥の分厚い書物の並ぶ場所前でデイジーがしゃがみこんでいる。薄暗い本屋の中なので尚更彼女の顔色が青白く見えた。

「どうした、また気分が悪くなったのか」
「…なんか、クラクラする…」
「欲しい本はそれか? 買ったら今日はもう帰ろう」

 デイジーが手にしていた本を持ち上げて店主に会計を頼む。包んでもらったそれを布かばんに収めると、俺はデイジーを抱き上げた。
 普段なら人前で抱き上げられると恥ずかしがるデイジーだが、今は本当に気分が悪いのだろう。おとなしくされるがままになっている。

「ごめん…」
「気にすんな。誰にだって調子の悪い時はある。キツかったら寝てても大丈夫だぞ。俺が家まで連れ帰ってやる」

 デイジーから甘くて美味しそうな香りがいっぱいに広がる。さっきひどい匂いを嗅がされたから尚更極上の香りに感じる。
 なんでだろうな。香水の類を使ってないのにデイジーはいつもいい匂いがする。たとえ以前とは質の変わった匂いだとしても、いい匂いなのは変わりない。デイジーの首元に顔を突っ込んですんすん吸っていると、刺さるような視線を感じた。
 ビビッと小さな電撃を受けたかのように俺は耳と尻尾を警戒で立てる。

 そこにいたのはさっきの女だった。
 男児が「帰らないの?」と女に問いかけながら手を握るも、それを雑に振り払っているのを俺は目にしてしまった。傷ついている様子の男児のことが気になるが、この女はちょっと面倒そうな匂いがする。
 なんといっても、俺に抱き上げられてぐったりしているデイジーを睨んでるのが気になる。…デイジーの知り合い、なわけないよな。娼婦の知人の話なんか聞いたことないし。

「テオ…?」
「あぁ、ごめん。帰ろうな」

 しんどそうに呼びかけてきたデイジーに安心させるために彼女の黒髪をそっと撫でると、デイジーが甘えるように首に腕を回してきた。甘えてきた嫁さんが可愛くて可愛くてその真っ白な頬にキスを落としていると、女の視線は更に鋭くなった。
 ……なんなんだよ、嫁さんにキスしちゃ悪いのか。

 なんだか嫌な予感しかしないので、俺は何も見なかったふりをして町を後にしたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。 そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。 幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。 そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――? 「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」 鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。 精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...