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世界一不幸な少女 ①
しおりを挟む元伯爵家令嬢のエリィ・フライアは世界一不幸な少女であるらしい。理由は以下の通りである。
①幼い頃両親は他界し、可愛がっていた妹まで3年前に亡くなり、天涯孤独の身の上となった。
②幼い頃から計12回誘拐された、またはされかけたことがある
③両親共他界したのち親戚の家をたらい回しにされたのだが、彼女がやってきた家庭は必ずと言っていいほど何かしらの不幸によって没落の一途をたどる。
④3年前にたどりついた孤児院は2ヶ月もしないうちに火事で焼失。住む場所や生きがい、全てを失う。
⑤そういうことで不幸な身の上を呪ったエリィは、いっそのこと死んでしまった方が良いのだと考え自殺を図るが、毎度運の巡りにより死ぬことができない。
世界を見つめれば、彼女以上に不幸な人間はいるのであろう。今日明日の食事に困るもの、自らの手を汚さねば生きられぬもの。彼女はそれに当てはまらない。
しかしエリィは周りから生きることを望まれなかったし、自分も望んでいなかった。彼女の周囲は自身のこと以外無関心な人間ばかりだった。家族は既に一人もおらず、不幸を撒き散らす悪の根源。誰も自ら彼女に近づこうと考えるものなどいないのだ。すでに、生き方も忘れてしまった。
何故、エリィはそこまでに不幸を押し付けられるのか。それは、彼女が母親の腹のなかにいる時まで遡る。
◇
エリィの父であるフライア伯爵と母親は、貴族社会では珍しく恋愛結婚であった。二人は幼馴染で、円満な関係を築いていたのは周知の事実であった。そんななか、エリィの母は彼女を身籠もる。父はそれを大層喜び、エリィは産まれながらにして幸せの渦中へと身を置いていたのだった。
だが、その幸運は呆気なく散っていった。
エリィの母親はとある魔術師に呪いをかけられた。いや、母親がかけられたというのは事実と異なるであろう。――母のお腹の中の子、つまりエリィにかけられたのだった。
その呪いとは《不幸の呪い》と呼ばれるものであったらしい。
《不幸の呪い》は未知のものであった。魔術自体が世に普及していなかったのだ。だが、魔術師自身の身を引き換えにしてかけた全身全霊の呪い、遺恨の結晶であったため相当重いものであると予測された。
魔術というものは国によって極秘に研究されていた秘術であるため、そんなものに接したことのないフライア伯爵たちにとって解除方法は全くの未知であったらしい。なんの対応も出来ぬまま、エリィは産まれたのだ。――――母の死と引き換えにして。
エリィの母は、子を産み、果てた。十分な健康体であったし、そんな予兆も全くと言っていいほどなかったため、周囲は悲しみにくれた。特にフライア伯爵の悲しみは尋常ではなかったらしい。
優しさと慈愛に溢れていた彼は、毎日酒浸りとなり、数々の女を囲い、悲しみから逃れようとしていた。産まれたばかりのエリィの事など、彼の目には全く映っていなかった。
エリィは乳母によって育てられた。その乳母は実に心の醜い女で、エリィに冷たく接することはあれど、優しく微笑みかけることは一切なかった。金にがめつく、男好きな女だった。
乳母は、エリィにとっての反面教師だ。人の醜さを第三者目線で見せつけられ、こんな大人になどなってはいけないと心から思わされた。
彼女か5歳になった頃、妹ができた。フライア伯爵の愛人の一人が、子を宿したのだ。フライア伯爵は家の後継を望んでいたが、不幸なことにまたしても女だった。さらに不幸なことは続き、妹の母親は元々患っていた病が酷くなり亡くなった。やはり出産は彼女にとって体をより一層悪くするきっかけとなったのだろう。
この不幸は、やはりエリィの《不幸の呪い》が関係しているのではないか。そう噂が屋敷の中で蔓延し、その呪いを恐れた使用人達は徐々に休暇を出していった。少しずつ、屋敷の中からは人が減っていく。
父はエリィを責めることはなかったが、まったくの無関心であった。この歳になるまで幾度となく誘拐されること、またはされかけたことがあったが、一度も心配されたことはなかったのだ。
愛おしく思われることもなければ、憎まれることもない。それはエリィにとって、非常に辛いことでもあった。憎まれ、関心を持たれていた方がまだマシであっただろう。存在を認められていると実感出来るからだ。
無関心というものは、自分の存在というものを見失わせる。エリィは自分がこの世に生きており、存在していることに実感を持てずにいた。
だが、そんな彼女は徐々に生きがいを見出していく。その生きがいとは妹の存在だ。
エリィの妹は、彼女と同様に父から関心を持たれてるいなかった。幼い頃のエリィと同じく、適当な乳母をあてがわれていた。
産まれたての赤子の手を初めて握ったとき、妹を守ることが出来るのは自分しかいないと悟った。興味関心を抱いてもくれない父、腫れ物に触るようようにこちらを見つめる使用人達、心の醜い乳母。汚れた世界で純白の命を守ることが出来るのは、自分しかおらぬのだ。
エリィは妹を守ると決意したときから、人が変わったように知識を蓄え始めた。貴族の礼儀作法や知識を身につけるため家庭教師をつけてもらい、女子という点で男子には劣るが力を身につけるために剣術も師の元で学んだ。
フライア伯爵はエリィが家庭教師や師を雇うことを願いに出る際、「好きにしろ」と吐き捨てた。無関心な瞳で見つめられた事は、まるで完治できないしこりのように彼女の胸の中にくすぶり続ける。
だが、妹をこの手で守るためただひたすらに邁進した。その際に出会ったのが、本の世界である。
書物というものは自由だった。非現実的な独創性のある物語や、ノンフィクションとも言われる一人の人間を追った物語。数々の物語がある中でエリィの関心をより引いたのは、不幸な女の子が本当の愛を知るまでの物語であった。愛とは言っても、家族愛や恋愛など様々な種類がある。エリィはいずれも知らぬものだと思ってはいたが、あるとき、ふと気づいた。――妹に向ける感情は家族愛なのだと。自分は、この物語の主人公のように愛を知ることが出来ているのだと。
エリィの心の中には不思議と温かくなった。そして、より一層妹を守らねばと決意することとなる。
10歳になる頃には、エリィも少しずつ大人びていった。元々美しかった蜂蜜色の長い髪は艶を含み、柔らかな絹のように背中を流れ、緑色の目はまるでエメラルドのようにキラキラと輝く。鼻は小さく鼻梁が通っており、唇は小さくとも鮮やかな薔薇色を纏っていた。美少女とはエリィのようなもののことを言うのだろう。いつしか《不幸の呪い》を掛けられたということも忘れられ、周囲にいるもの達は精巧な人形のような彼女に羨望の眼差しを向けた。
暗く陰鬱な雰囲気を醸し出していた屋敷は、まるで伯爵と妻が夫婦円満に過ごしていた過去を取り戻したかのように明るくなった。それもエリィの努力の甲斐あってのものであろう。
エリィはまず自分の性格を見直し、なるべく明朗に振舞うことを心がけた。幸せというものは人に伝染していくと書かれている書物を見つけたからだ。愛されずとも明るく朗らかな心を持ち続ければ、いつか誰かが自分を愛してくれるのではという期待の気持ちも少なからずあった。
妹に対しても出来うる限りの慈愛を持って接し、姉妹仲は非常に良好であった。妹が完璧な姉を慕い、崇拝に似た眼差しを送ってくることはいつものことであり、エリィもそんな妹にくすぐったい気持ちを覚えていた。
誰かに尊敬されることは、自分をより高みへと導いてくれるのであると、このときに学んだのである。
フライア伯爵家は、欠けた幸せを補完している最中だった。それはいつか完璧に修繕され、幸せへの橋が架かるのだろう。皆がそう信じて疑わなかった。
ゆえに気づかなかったのか。その幸せの崩壊が近づいているということに。
不幸への転落は一瞬とも言えた。
フライア伯爵が亡くなった。愛人の家で腹上死したのだ。さらに、のちに莫大な借金を残していたことも明らかになった。酒狂いな父親は、賭け事や女に金をつぎ込んでいたのだった。
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