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プロローグ
しおりを挟むとある公爵家の屋敷の一室。華美な絹糸製のカーテンや豪奢な椅子と机の置かれたその部屋で、金髪の男がなにか画策した笑みを浮かべながら目の前の相手に話しかけていた。
「なぁアレク、ゲームしないか?」
言葉を向けられたのは、この屋敷の主人の弟であるアレックス。彼は、相手の言葉にその秀麗な美顔にある眉をひそませた。
(ゲームって一体、どこからそんな話か出てきたんだ)
アレクは心の中でそう呟きながら、茶色の柔らかそうな髪をかきあげる。
アレクは目の前の金髪、もとい友人マイクに愚痴と不満を言っていただけだった。
明日の晩、アレックスは数ヶ月ぶりに舞踏会へ出席しなければならない。アレックスにとって舞踏会のような堅苦しい場は、本来避けて通りたいと心から願うことだったはずなのに。
それもこれもあのバカ正直な兄、もといバード公爵が馬車に轢かれ全治3ヶ月を医者に言い渡されたせいだ。
(死なずに済んだ事は不幸中の幸いだったけどな)
真面目で正直者過ぎる兄だけれど、アレックスにとって唯一の肉親だ。それ故に、アレックスは兄のことを随分と慕っていた。
母は物心ついた時にはもう亡くなっており、父は仕事でほとんど家にいなかった上に、2年前に他界している。そのため幼い頃から唯一面倒を見てくれていたのは兄だったのだ。
「アレク聞いているか~?」
マイクは、目の前で回想を繰り広げいるアレクに言った。
「ゲームってなんだよ」
「お前が舞踏会の高嶺の花を落とすんだよ~」
「はぁ?」
舞踏会の高嶺の花。
そう言われて思いつく人は一人しかいない。
この国の王女であるルーシア・ライオネル。漆黒の艶のある長髪に、ブルーサファイアのぱっちりとした瞳。スラットした体躯に白磁のような白い肌を持つ、近くを歩いていれば誰もが振り返るであろう完璧な美少女だ。
しかしながら、その彼女には他にはない二つ名があった。
〝絶対零度の王女〟
そんな言葉がぴったりくるほど、常に冷たい瞳と表情を身に纏っているのだ。
彼女に無表情で見つめられたことで泣いた令嬢は数知れず。美しい姫君にお近づきになりたいと考えた令息たちは彼女の口から放たれる冷徹無慈悲な拒絶に肝を冷やし、脱兎の如く逃げていく。
ついでに言うとアレックスも彼女のことは苦手だった。
話したことこそないが、遠くからみても分かるほどの高尚な雰囲気。ブルーサファイアの瞳は、見るものの心を見透かしてしまうのではないかと思うほど透き通っている。
近くにいると、恋心とは違うドキドキによって疲れてしまいそうだ。
「嫌に決まってるだろ、そんな安っぽいゲームなんて。それに俺、ああ言うのタイプじゃないし」
「まあそう言うと思ったよ~。だがお前ならいけるだろ?」
マイクは高い鼻を擦りながらニヤリとした。
〝秀麗の貴公子〟
王女と同じように二つ名を持つアレックスは、その秀麗な美しさと優雅な雰囲気によってそう呼ばれている。色事においても百戦錬磨で、彼が落とさぬ令嬢はいないと専らの噂だ。
だがそれは表舞台での仮の姿。
本来の彼は色恋には全く興味がなく、女性を性欲処理のための道具だと考えているような男だった。
それもこれも女性に好意を持たれすぎてしまうせい。
アレックスは、簡単に自分に陥落してしまう女という存在を軽く軽蔑していた。
(王女を落とす……か。さしずめ絶対防御の盾と貫けぬものはない剣の対決、ってわけか)
「だがそんな面倒なことしたって、俺に何の得もないだろ」
「まあそうだな~。それじゃあ、もし落とすことができたら、お前が欲しがってたハリソンの手記の原本やるよ~」
「は?」
ーー【ハリソンの手記の原本】
それは読書家のアレックスにとって、喉から手が出るほど手にしたい一品だった。
この世のあらゆる不思議を探求している冒険家ハリソンが綴った、世の中に三冊しかない自伝書。手に入れることおろか、見ることさえ難しいと言われているものであった。
「そんなものどこで手に入れたんだよ」
「それは企業秘密!」
マイクはそう言ってウインクした。
「そりゃ欲しいけど。お前、なんでそんなもの持ち出してまでまでゲームさせようするんだよ」
「いや~、元々は普通に渡してやる予定だったんだけどな。舞踏会が憂鬱だーって顔してるお前みて、なにかしらモチベーション上げる事してやろうかなって。これも友人からの鼓舞だよ」
マイクは笑いながら言った。そんな彼を横目で見ながら、アレックスは尋ねる。
「落とす、の定義は?」
「そりゃ、抱くまでだろ」
(まぁ子供じゃないんだから、そりゃそうだよな。......だが、あの王女と男女の関係になってことか?いや、女としての魅力は誰よりもあるに違いないけど……全く想像できねぇ……)
アレックスが悶々と考えていると、上から声が降ってきた。
「で、やるの~?やらないの~?」
アレックスは一拍置いた後に、
「……やる」
そう呟く声が広い部屋に響いた。
ああ、やってやる。
ハリソンの手記の原本を手に入れることのついでに、あの絶対零度の王女を陥落させてやる。
つまらない舞踏会で、面白い遊びができて良かったじゃないか。
アレックスはそう考えて、ニヤリと微笑んだ。
このゲームによってアレックス自身もその運命も何かしら変わってしまうことを、彼はまだ知らない。
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