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桐の花の散る頃に
しおりを挟むルーシアとアレックスは幾度も二人でお茶を楽しみ、幾度も語り合った。
晴れの日は、桐の花も楽しめる特等席で。また雨の日は、温室で外国の花々を愛でながら。ときにはバード家だけでなく、ルーシアの所持している王都付近の別荘にて語り合うこともあった。
そんなある日、初めて二人であった時と同じように桐の花の見える席で紅茶を楽しんでいた。しかし、ルーシアの心には暗雲が立ち込めていた。なぜなら、桐の花がそろそろ見頃を終えてしまうからである。
「お花、散ってしまうのですね」
ルーシアはしみじみと言った。
元々、桐の花は大好きであった。だがルーシアとアレックスを友人として繋いでくれただけあって、今までより一層好きになった。
アレックスと語り合うときは楽しい。彼は社交の場の貴公子然とした態度からとっつきにくい性格をしているかと思えば、意外とそうでもなかった。むしろ、そばにいるだけで心が温かくなる。
ルーシアはアレックスと触れ合う事で多くの感情を学んだ。
しかし、ルーシアは彼の女性関係についての話題を出すことはしなかった。この空気が壊されることがどうしても嫌だったのだ。
ーーアレックスは舞踏会には顔を出さなくなってから、いつにも増して女性関係の噂が増えている。
ルーシアが聞いてもいないのに、リリアは彼が誰々と公衆の面前でキスをしていただとか、腕をつないで歩いていたなどと語ってくるのだ。相手は毎度違う女性だった。目の前の彼からは全く想像が出来ない。
ルーシアは色々考えると、しくりと心が痛むような気がして、その気持ちに蓋をした。
(どうしてそんな付き合いばかりされているのだろう……)
それを尋ねようと思ったことは一度や二度ではない。
そんな考えを振り切るようにして、ルーシアは紅茶を飲む。
「そういえば、初めて目があったときのこと覚えてる?俺、あのとき凄い勢いで目、逸らされてちょっと傷ついたんだよな」
「ふふ」
「なんだよ、なに笑ってるんだ」
ルーシアは彼の言葉に思わず笑ってしまった。アレックスはムッとした表情をする。
(〝初めて〟だなんて。私とアレク様の目があった初めての日は、もう10年も前なのに)
「アレク様は10年サロンに行かれたこと、覚えてますか」
「……? あ、あぁ。確か、プログレ伯の屋敷で何度か参加したかな。それがどうか……ってなんで知ってるんだい?」
アレックスは目を丸くして驚いた。
「だって私、一度参加していますもの。そのときアレク様と話しましたのよ」
そういうとアレックスは目を瞑り、考え込むようにして唸った。
「うーん。思い出せないな……君みたいな人がいたら、絶対記憶に残ってるはずだけど……」
「まぁ!君みたいな人ってどういう意味ですの」
「君みたいに綺麗な人、ってことだよ」
そういうとアレックスは涼しげに微笑んだ。思わず頰が赤くなりそうになったが、必死に心に平常心と言い聞かせて乗り切る。
「私、アレク様にテラスで悩みを聞いてもらいましたの。髪を金色に染めていたので、思い出せないのも無理はないと思います」
「……!」
アレックスは驚いたように目を見張り、ルーシアのブルーサファイアの瞳を見つめた。そして、何故か苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
「覚えて……いる」
どうして彼はそんな表情をするんだろうか。ルーシアにとって、温かい思い出であるのに彼は辛い思い出でも抱えていたのだろうか。
ルーシアは心配そうにアレックスを見た。
「そうか、あの彼女は君だったのか」
「え、えぇ」
アレクは懐かしそうに、そして泣き出しそうになりながらいった。
二人の間を生暖かい風が通り抜けていくのを感じた。
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