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8.下町の夜
下町の夜は予想以上に賑わっていた。その様子に、ディアナの心は浮き足立つ。
(すごいわ!夜なのに、こんなに人が歩いているだなんて)
若者から年配の人まで、多くの人間が様々な店に出入りしているのが分かる。所々にあるお食事処や酒場の前では、店の関係者が客引きをしていた。
下町に来るに当たって、ディアナは町娘の着るような服装を選んだ。ゆえに、この場にそぐわないということはないだろう。
ディアナは賑やかしい通りを歩きながら、きょろきょろと辺りを見渡した。人が多いせいか、時たまぶつかってしまうこともあるがそれもまた一興。
彼女は人と人の間を懸命にすり抜け、とある店の前で立ち止まった。
(やっぱり夜の下町と言ったら酒場ね)
目の前にそびえ立つのは、この下町で一番大きな酒場と言われる店だった。ディアナは、事前に下調べをしていたのだ。もちろん、運命の人を探すために!
(ここなら出会いも多そうね。運命の人、いるかしら)
一朝一夕で自分の運命の人が見つかるとは思えない。だが、初めて足を運ぶ酒場ゆえに期待を隠せなかった。
冒険心もくすぐられていたディアナは、期待に胸を膨らませる。
キョロキョロと酒場の入り口付近で周囲を見渡し、興奮を隠せない様子で店へと足を踏みいれようとした。だが、そのとき。
「世間知らずのお嬢さんが一人で酒場?」
背後から誰かにに声をかけられた。驚いたディアナは、肩をびくりと震わせる。
(だ、誰!?)
見知らぬ声に動揺したディアナは、後ろを振り返った。
その声の主は若い男性だった。ハニーベージュの髪に茶色の瞳をした、いかにも普通と言った男だ。特に印象に残る顔立ちではなく、強いて言えば多少軽薄そうな雰囲気を纏っていることが印象的と言えた。
「おーい、聞いてるか?」
(なにこの人!?いきなり背後から声をかけるなんて、びっくりするじゃない)
ディアナは内心、動揺していたがそれをおくびにも出さぬよう口を開いた。
「ええ、聞いています。……それで、一体何のようですか?私、今忙しいんです」
「今、酒場入ろうとしてたじゃないか!忙しいなんて、嘘でしょ」
そう言って目の前の男は笑った。まるで自分をからかうような笑い方に、軽く不信感を覚える。
ディアナは見ず知らずの人を馬鹿にする目の前の男に、思わず眉をひそめた。そんなディアナの様子を気にも留めない男は、言葉を続ける。
「君、女一人でここに入ろうとしてたの?危ないから、やめときなって」
「…………?どうしてですか」
諭されるような言い方をされ、ディアナの頭にはふと疑問が湧いた。事前の情報収集によって、この酒場は女一人で入っても問題はないと聞いていたのだ。
(人も多いはずだし、特に場所じゃないのでしょ。何も問題はないはずだけど……)
ディアナは不満そうに口を尖らせた。
その上、さらにもう一つ疑問が湧いた。何故この男は、ディアナが世間知らずな女性だと分かったのだろうか。酒場の入り口で、落ち着きなくウロウロしていていたためだろうか。
男は彼女の問いに答えるよう、口を開いた。
「まぁ、普通の人ならこの酒場に一人で入っても平気だと思うけど。だけど、お嬢さんは別だ。君は目立ちすぎる」
「……?」
「君みたいに目立つ美人が、こんな独身男の集まるような酒場に一人で来るなんて。命がいくつあっても足りないくらいだよ」
彼は、聞き分けのない子供を諭すような声で言葉を述べた。だが、それでも納得できないディアナは不満げな顔を向ける。
(わざわざ計画を立ててここまで来たのに、そんなくだらない理由で取りやめになんてしたくないわ。それにいざとなったら、この隠し持った防犯グッズで……)
ディアナは義弟に監禁されそうになってから、防犯用として折りたたみ式ナイフを懐に隠し持つようになっていた。ちなみにそれは屋敷の使用人に頼んで、買ってきてもらったのだ。
その様子を見た男は、さらに彼女に向かって諭し始めた。
ーーーーよくよく聞いてみると、目の前の男の言い分はこうだった。
ディアナのようないかにも世間知らずというようなの若い女は、羽目を外しすぎてお持ち帰りされてしまうことが多々あるらしい。酒場は欲求不満な男が多く集まっているのだ。上手くあしらう事のできる玄人女や町娘ならともかく、深窓の令嬢のような雰囲気を纏ったディアナでは危険極まりないという事だ。
ありえない事ではなく、むしろ可能性としてはありすぎる話だった。
(なによ……それじゃあ、世間知らずだから、このまま帰れっていうの!?)
ディアナの顔からは不満の感情が滲み出ていたのだろう。
目の前の彼はにやりとした表情を浮かべたあと、口を開いた。
「俺がそいつらを牽制しとく。だから、一杯付き合ってくれないか」
「………………あなたにお持ち帰りされないという証拠は?」
ディアナは用心深く、男を見つめた。
実を言うと、ちょうどディアナもその提案を口にしようと思っていたのだ。わざわざ注意をしてきた人が愚行を犯すとは思えない。ゆえに、最悪の事態は起きないだろうと予想したからだ。
だが心を言い当てられたように感じ、素直に頷くことは癪に触った。
(最初から、私を誘うつもりだったのかしら)
そう思えば、男が話しかけてきた辻褄が合う。
ディアナは探るような目線を相手に向けた。
「あぁ俺?それは大丈夫!夜に仕事入ってるから、それまでの30分くらい付き合ってくれるだけでいい」
(夜に仕事?一体この人、どんな仕事してるのかしら)
ディアナは夜の仕事と聞き、多少ばかし訝しみを覚えた。だが、そんな理由で人を判断することこそ愚の骨頂だ。ディアナは、男の誘いに乗ることを決意した。
「分かりました……えっと、その。よろしくお願いします」
彼女が頷くと、男は満面の笑みを浮かべた。
やはり、最初からディアナを誘う予定だったようだ。だが、男はディアナに対し変な下心を持ち合わせてはいないだろう。彼女の女の勘はそう告げていた。
男はディアナを誘うようにして、店の入口へと歩き始める。
ーーこうして二人は共に、人の混み合う酒場へと入店した。
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