タイムリミット ~ゾンビになるまで~

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3日目

覚悟の違い01

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~~~翌日・3日目~~~


「大丈夫……大丈夫だから、静かに……」

  腕の中にスッポリと収まりながらも、恐怖に震える存在へと言い聞かせる。
  その言葉を受けてか、保険のためと口元を覆った手に深呼吸するような息遣いが伝わってきた。

「おい、見つかったか!?」
「いや、見失っちまった!」
「やっと見つけた感染者だ。絶対に逃すんじゃねえぞ!」

  鼓膜を震わせる物騒な言葉。
  その内容に眉を潜めながらも、俺たちは声の主たちが走り去るまで息と気配を殺して待った。

「……………………」
「……………………」

  しばらく待つと、物音さえも聞こえなくなる。
  俺は無事であったことを確信すると、少しばかり気を抜いて溜め息を吐いた。

「ふう……大丈夫だったかい?」

  言いながら、未だ腕の中に収まっている少女へと声を掛ける。
  すると、その距離感の近さに抱き締められていることを思い出したのか、相手は焦ったように俺から距離を取り顔を赤く染めた。

「は、はい!  大丈夫です!」

  赤面しながらハキハキと答えたのは一人の少女。
  言うまでもないが明菜ではない。

  首元まで伸ばされた清潔感のある綺麗な髪と、理知的な光を宿した大きな瞳が印象的な少女―――名前を【由理恵】と言って、先程 出会ったばかりである。

「そうか、それは良かっ―――」


『―――――――――ッ!!』


  俺が言い切る前に、背後で大きな音をさせながらドアが開かれる。
  驚きつつも振り返ろうとしたが、それよりも早く明菜が俺の正面に回ってきた。

「大丈夫!?  怪我はない!?」

  由理恵に掛けた気遣いの言葉を、そのまま今度は明菜に向けられる。
  それが可笑しくて思わず笑ってしまったが、真剣な表情で聞いてくる明菜に対し、俺は微笑みながら頷いた。

「おおっ、由理恵!  無事だったかい?」

  次に聞こえてきたのは落ち着いた男性の声。
  反射的に視線を向ければ、そこにはスーツを着込んだ中年の男性が立っていた。

「パパッ!」

  花が咲いたような笑みを浮かべると、由理恵は弾けたように駆け出して男性の胸元へと飛び込んでいく。その光景に、俺と明菜は自然と微笑みを浮かべていた―――



  
~~~10分後~~~



  場の空気が落ち着いたところで、俺たちは二階の一室に場所を移した。
  先程の奴等が戻ってくる可能性を考慮してだ。

「ありがとうございます、お二人の助力で娘を失わずに済みました」

  男性が丁寧に頭を下げる。
  その何処か優雅さを感じさせる所作に、俺も明菜も謙遜の意味を込めて同じように頭を下げていた。

  彼の名前は『住吉  学』。
  隣に立つ由理恵の実の父親である。

「しかし、噂には聞いていましたが本当に存在するのですな……〝人狩り〟などと言う連中が」

  眉を潜め、悲しげな口調で住吉が呟く。
  まあ、自分が狙われる立場にいるのだから、その気持ちも仕方がないだろう。

  人狩り―――このような世界になってから作られた職業だ。
  仕事の内容は、その名前の通り人を狩って所望する人間に届けること。その見返りとして、人狩りは報酬を受け取るのだ。

  今回、人狩りの仕事のターゲットとなったのは―――住吉氏の方だ。
  とは言え、彼が誰かに狩ることを要求されるほど恨まれているわけではない。

  では、どうして彼が狙われているのか―――その理由は一つ。
  彼が―――感染者だからだ。

  先日も言われたように、感染者は時限爆弾と同じだ。
  現状では最も避けるべき存在である。

  だが、ある一部の人間たちにとって、感染者は大量の物資と引き換えても欲しくなる存在なのである。

  その一部の人間とは―――医療関係者である。
  詰まる所、ワクチン開発のためにモルモットを所望しているのだ。

  それは、ある意味で正当な理由に思えるかもしれない。
  だが、モルモットになった感染者の末路を知る者ならば、そのようなことは決して思えなかった。

  俺も、一度だけ その〝末路〟を見たことがある。
  廃棄された感染者の遺体を見ただけだが、その有様は未だに記憶の中で蠢くことがあるほどだ。

  あれは……人間として扱われた者の姿ではない。
  いや、そもそも人間としての原型さえ留めていなかったのだ。
  どれだけ異常な実験が行われたのか容易に想像できる。

  そのような未来しか用意されていないモルモットになど、幾らワクチン開発に貢献できるとは言え志願する者はいない。だからこそ、人狩りは感染者を常に求めているのである。

「人類の生存よりも、自らの望む死か……ふふふ、私も存外 エゴイストだったのだな」

  自嘲するように住吉が呟く。
  その気持ちは痛いほどに理解できるため、俺は余計な口を挟まずに頷くだけに留めた。

「……ところで、これから どうなさるのですか?」
「実は、この近くに私の家がありましてね。そこに行くつもりです。最後ぐらいは、やはり住み慣れた家で迎えたいですからね」

  言いながら、住吉は穏やかに笑う。
  そこに、迫り来る死への恐怖を押し殺したような感じはなかった。

「どうして―――」

  そこへ、明菜が躊躇いがちに口を開く。
  言って良いものかどうか―――それを悩むような表情を浮かべながら。

「どうして、受け入れられるんですか?  怖くはないんですか?」

  縋るような視線と口調。
  それだけで、この問いが好奇心からのものではないと理解できる。

  恐らく、明菜は住吉の〝覚悟〟に答えを求めているのだろう。
  俺を救えなかった時……俺の死を受け入れるしかなくなった時の心の在り方を、彼の覚悟に見出したいと思っているのだ。

「……別に、訪れる死に対して受け入れているわけでも、恐れを抱いていないわけでもありませんよ」
「えっ…………?」
「自分が感染していることに対しては歯痒さを感じていますし、やがて訪れる死に対しても恐怖を感じています。私も人間ですからね」
「じゃあ、どうして…………」

  そこまで平静を保っていられるのか―――それこそが、明菜の知りたい〝答え〟だった。

「自分の人生に〝意味〟を得ているからですよ」

  言いながら、傍らに立つ由理恵の頭を撫でる。
  その手付きも浮かべる表情も、言葉を失うほど穏やかだった。

「この子の命を守り、育むことが出来た……私にとっては、その事実が何よりも大事なんです」

  自らの人生で打ち立てた意味が、やがて訪れる逃れられない運命すらも打ち消すということか。親は強いと言うが、その言葉に偽りはないのかもしれない。

(……俺は、どうなんだろうな?)

  明菜を西の街まで守り抜く―――それを成し遂げた時、俺は自らの運命を受け入れることが出来るのだろうか。

(それは達してみないと分からないか……)

  成し遂げなければならない目標以外に余計なことを考えるべきではない。
  命に代えても守らなければならない存在が居て、そのために戦う覚悟は決めているのだ。今は、それだけで十分だろう。

「さて……そろそろ大丈夫かな?」

  ベランダから外を覗く住吉。
  彼等の目的地である家は近いらしいが、奴等の気配があるうちは動けないのだ。

「大丈夫そうだね。では、行こうか」

  笑顔で振り向きながら由理恵に手を差し出す。
  彼女も笑顔で頷くと、住吉の隣に並んだ。

  
   だが、その瞬間―――


「どこに行くつもりだい?」
「―――――――――ッ!!」

  聞き慣れない男の声。
  反射的に振り向けば、そこには こちらに銃を向ける男たちの姿があった。

「クソッ……消えたんじゃねえのかよ」
「簡単に諦めるようじゃ人狩りは出来ないんでね」

  得意げな表情。
  俺は憎々しげに睨み付けながらも、抵抗する術を持たない俺たちは大人しく手を挙げることしか出来なかった。

「さあ、こっちに来な」

  男の指示に従い、部屋から出て行く。
  だが、そこで俺は気付いた。

(相手は3人……廊下も狭いな……)

  明らかに小回りの利かない状況だ。
  これならば上手くやれば切り抜けられるかもしれない。

「……………………」

  チラリと横目で明菜を見やると、言葉にはせずに頷いてくれる。
  長い付き合いだ。これぐらいの以心伝心は朝飯前である。

「あっ…………」

  短く声を上げながら明菜が足を縺れさせる。
  自然、男たちはソチラに視線を向けた。
  その瞬間―――

「―――――――――ッ!」

  その隙を見逃さず、俺は隣を歩いていた男の顎に肘を叩き込んだ。
  瞬間的に脳が揺さぶられ、その場に男が崩れ落ちる。

「テメェ…………!!」

  突然の反撃に焦りながらも小銃を構えようとする別の男。
  しかし、狭い廊下では満足に取り回すこともできず動きが鈍った。

「使う得物は考えな!!」

  吐き捨てるように言いつつ、レッグホルスターから抜き取ったハンドガンの銃床で側頭部を打ち付ける。意識を刈り取るのは、それだけの打撃で十分だった。

(あと一人……!)

  そう思って残りの男に向かって振り向いた俺だったが、その相手は明菜の当身を食らって昏倒するところだった。

「へへへ、楽勝!」

  俺に向かって笑顔とピースを向けてくる明菜。
  そんな彼女に微笑みを返すと、労いの意味を込めて頭を撫でてやった。

「さあ、行こう」

  銃を持ち直しつつ、俺は3人を伴って玄関のドアを開ける。
  だが、その瞬間―――

「ゲームオーバーだな……」

  俺たちに向けられる幾つもの銃口。
  どうやら、俺たちには最初から逃げ場などなかったらしい―――
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