月明かりの下で

珱芭

文字の大きさ
1 / 18
Chapter 1

1-1

しおりを挟む
 全てを黒で覆い尽くす空の中心できれいな円を描く満月。ぼんやりと地上を照らす薄明かりに浮かび上がるのは樹、樹、樹。視界の果てまで背の高い樹々が埋め尽くす森の中をそよ風が抜けて青々と繁る葉を揺らす。

 黒と灰色の世界の中で、一際大きな幹を持つ巨木が唯一色と放ちながら静かに立っていた。傘のように横に広がる枝には周囲とは違い薄桃色の花が無数に咲いていて、時折零れた花弁がはらはらと宙を踊り落ちていく。獣か、この世のものではない何かが今にも飛び出てきそうな暗澹あんたんとした景色にも関わらず、この桜の木の周りには不思議と穏やかな空気が漂っていた。

 その木に守られるように、枝の一つに少女が腰掛けていた。月を貫こうと伸びる幹に背を預け、満開の花々の隙間から空を見上げている。闇よりも深い、艶やかな長髪がそよ風に流れる。肌は対照的に白く、白磁を思わせるほど滑らかで透き通っていて、身に纏っている黒一色のワンピースがその白さを更に際立たせた。

 丸い月を映す瞳の片方は夕暮れから夜に変わる瞬間に見られるような藍色で、もう一方は曇天を彷彿とさせる灰色だった。色の違う双眸は、どこか憂い気である。

 細長い指が横顔にかかる髪をかき分けて首筋に伸びる。そこに刻まれた逆十字の刻印を確かめるように人差し指が滑る。痣にも見えるが、痛みはない。そこにあると知っていなければ気付かない小さな刻印だが、その存在は少女の心の大部分を占めていた。

 何度も往復していた指がふと止まり、腕がゆっくりと下ろされる。風に溶かすように短く溜息を吐くと、少女は眠りに就くように静かに目を閉じた。

「──今日は、穏やかな夜になるといいな」

 高くも低くもない、柔らかく落ち着いた声は、誰かに話しかけるようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

処理中です...