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Chapter 1
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全てを黒で覆い尽くす空の中心できれいな円を描く満月。ぼんやりと地上を照らす薄明かりに浮かび上がるのは樹、樹、樹。視界の果てまで背の高い樹々が埋め尽くす森の中をそよ風が抜けて青々と繁る葉を揺らす。
黒と灰色の世界の中で、一際大きな幹を持つ巨木が唯一色と放ちながら静かに立っていた。傘のように横に広がる枝には周囲とは違い薄桃色の花が無数に咲いていて、時折零れた花弁がはらはらと宙を踊り落ちていく。獣か、この世のものではない何かが今にも飛び出てきそうな暗澹とした景色にも関わらず、この桜の木の周りには不思議と穏やかな空気が漂っていた。
その木に守られるように、枝の一つに少女が腰掛けていた。月を貫こうと伸びる幹に背を預け、満開の花々の隙間から空を見上げている。闇よりも深い、艶やかな長髪がそよ風に流れる。肌は対照的に白く、白磁を思わせるほど滑らかで透き通っていて、身に纏っている黒一色のワンピースがその白さを更に際立たせた。
丸い月を映す瞳の片方は夕暮れから夜に変わる瞬間に見られるような藍色で、もう一方は曇天を彷彿とさせる灰色だった。色の違う双眸は、どこか憂い気である。
細長い指が横顔にかかる髪をかき分けて首筋に伸びる。そこに刻まれた逆十字の刻印を確かめるように人差し指が滑る。痣にも見えるが、痛みはない。そこにあると知っていなければ気付かない小さな刻印だが、その存在は少女の心の大部分を占めていた。
何度も往復していた指がふと止まり、腕がゆっくりと下ろされる。風に溶かすように短く溜息を吐くと、少女は眠りに就くように静かに目を閉じた。
「──今日は、穏やかな夜になるといいな」
高くも低くもない、柔らかく落ち着いた声は、誰かに話しかけるようだった。
黒と灰色の世界の中で、一際大きな幹を持つ巨木が唯一色と放ちながら静かに立っていた。傘のように横に広がる枝には周囲とは違い薄桃色の花が無数に咲いていて、時折零れた花弁がはらはらと宙を踊り落ちていく。獣か、この世のものではない何かが今にも飛び出てきそうな暗澹とした景色にも関わらず、この桜の木の周りには不思議と穏やかな空気が漂っていた。
その木に守られるように、枝の一つに少女が腰掛けていた。月を貫こうと伸びる幹に背を預け、満開の花々の隙間から空を見上げている。闇よりも深い、艶やかな長髪がそよ風に流れる。肌は対照的に白く、白磁を思わせるほど滑らかで透き通っていて、身に纏っている黒一色のワンピースがその白さを更に際立たせた。
丸い月を映す瞳の片方は夕暮れから夜に変わる瞬間に見られるような藍色で、もう一方は曇天を彷彿とさせる灰色だった。色の違う双眸は、どこか憂い気である。
細長い指が横顔にかかる髪をかき分けて首筋に伸びる。そこに刻まれた逆十字の刻印を確かめるように人差し指が滑る。痣にも見えるが、痛みはない。そこにあると知っていなければ気付かない小さな刻印だが、その存在は少女の心の大部分を占めていた。
何度も往復していた指がふと止まり、腕がゆっくりと下ろされる。風に溶かすように短く溜息を吐くと、少女は眠りに就くように静かに目を閉じた。
「──今日は、穏やかな夜になるといいな」
高くも低くもない、柔らかく落ち着いた声は、誰かに話しかけるようだった。
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