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Chapter 4
4-2
しおりを挟む──ドッ
何かを叩くような鈍い音がして、
「う……」
苦しそうな呻き声が続く。
最後まで微動だにしなかった莎夜を突き飛ばし、身代わりとなった蒐の片脚にはピックが深々と突き刺さっていた。
肉と布地を縫い付ける隙間から、赤い染みがじわじわと広がっていく。
「これで邪魔は無くなりますね」
耳まで裂けた口元に卑しい笑みが零れる。
「どうだろうね」
地面に跪く蒐。額に汗を浮かべ歯を食いしばる苦悶の表情を浮かべる彼を眺めながらの、莎夜の冷ややかな返事。
冷静さを装いつつも、内心穏やかではないのが葉孤には手に取るように伝わってくる。
「ほう…」
狐は笑みを、何か新しい悪戯を思い付いたような意地悪げなものに変え、真意を探るようにしばらく莎夜を凝視すると、ハハ、と乾いた声を漏らした。
「ふん、そうかお前──」
「ぐだぐだ喋ってんじゃねぇ!!」
足元からの怒号と同時に白い影が飛び出す。その手には、針の大部分が赤い血に塗れたアイスピック。目を激しい怒りで血走らせ脇目も振らずに突進する。
瞬きのうちに敵との距離を詰め、刺す。速さは完全に上回っていたはずなのに、するりと躱された。
様々な角度から攻撃を繰り出すも──全く当たらない。
踏み込む度に太腿から血が噴き出し、体力が削られていく。喉の渇きも加速して焦燥感が滲む。戦いを長引かせるだけこちらが不利になっていくのに、どうしてだかこの狐は全てを見透かしたように切先をすり抜けていく。
「死神女!ボサッと突っ立ってんじゃねぇ!!役立たずが!」
「無駄だよ」
何も答えない莎夜の代わりに返事をしたのは葉孤だった。細い目の奥が歓喜に歪む。
「お前が散々罵倒してる、この女が何故動けないのか教えてやろうか?それは吸血鬼、お前に──…ガァッ!」
湿った叫び。血と思しき赤黒い液体が鋭い歯の隙間から噴き出す。
「あ゛…アがッ……!」
眼はぐるん、と片方ずつあらぬ方角を向き、ほとんど白目を剥いていた。視線を落とせば首の、喉仏が浮かんでいそうな辺りに銀色の先端が飛び出している。
それは莎夜の短剣だった。
「お喋りな人は嫌われるのよ」
「ひ……は…」
痛みか抵抗かは定かではないが、未だにバタバタもがいている狐の大きな耳に唇を寄せると、低い声で幼子に言い聞かせるように囁く。
「心を覗き見する、悪趣味な人は特に…ね」
莎夜の言葉を最後まで聞き届けたかはわからない。ソレは一度ピクリと肩を震わせると糸の切れた人形のように急に動かなくなった。
そして、二人の目の前で葉孤の体は砂のように細かくなり、空中に溶けて消えた。
「……お疲れ様」
短剣を脚に括り付けたベルトに刺すと、淡々とした様子で蒐の隣にしゃがみ込む。
「読心術は…手こずると思ったけど、」
傷の状態を確認するためだろう。白い手が血濡れた脚に伸びる。その手を、蒐は強く引っ叩いた。
「……」
薄く腫れ上がる手を眺め、それから蒐へと視線を戻す。きょとんと疑問符を浮かべる少女を険しい目つきで睨み返しながら、まだ手に握っていたアイスピックを喉元に押し付けた。
「ふざけてんじゃねぇぞ…!」
少しでも動けば先端が皮膚を突くだろう。肌に冷たい金属が当たる感触と、それが微かに震えているのを莎夜は感じていた。
「自分から死のうとしてる奴を助ける余裕なんざねぇんだよ」
息を荒げて、蒐は怒りに満ちた顔を更に近付ける。
「死にたきゃ勝手にしろ。でも俺を巻き添えにすんじゃねぇ」
「……」
返答を間違えれば一瞬で塵にでもされそうな剣幕。それでも対峙する莎夜はどこまでも静かで落ち着いていた。
「そうだね。…ごめんね?」
優しく笑い、両手で針を包み込み喉元から離す。
「…ッ!」
皮肉か嘲笑か、その類の反応が返ってくると想像していたのに素直に謝られ、蒐は戸惑いともつかない苛立ちを覚えるがその感情は言葉には繋がらない。
激情を収め損ねた気不味さに舌を鳴らし視線を逸らす。
酷い喉の渇き。失った血と費やした体力の分だけ体が血を欲している。
「………う、」
街に降りようかなどと思考を巡らせていると、かろうじて聞き取れるようなか細い声が耳を打つ。どこか弱々しく、消え入りそうだった。
意識を戻せば、莎夜の手が脱力し地面に落ちる。引き摺られるように身体も力無く前のめりに揺らぎ崩れ落ちる。
「──なッ…!?」
苛立ちが驚きに変わる。咄嗟に武器を引きその場に投げ捨て、ゆっくりと無抵抗に倒れてくる肢体を反射的に受け止めて、ようやく蒐は莎夜の異常に気付く。
掴んだ肩の氷のような冷たさ。よく見れば肌も白さを通り越して青白く生気が無い。
塵になっていないだけで、ほとんど死んでいるのではないかと錯覚するほどだった。
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