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Chapter 4
4-1
しおりを挟む真っ暗な闇夜に舞い、散る桜の花びら。
飛ぶようにひらひらと落ちていく欠片は、吸血鬼の白い頭にも数枚貼り付いていた。
「…………」
薄く持ち上がった瞼の奥から赤い瞳が覗く。意識を取り戻した蒐は、幹に寄りかかっていた体勢から体を起こし、頭に付いたそれらを払い落とす。
情緒も何もない、雨のように降り注ぐ薄桃色の滴。頭上を見やれば、視界を埋め尽くすほど満開に咲いた桜があった。
そこでふと、蒐の脳裏に死神の少女が浮かぶ。
「──チッ」
決して莎夜に対して良い感情を持っていないのに、それでも気になってしまう自分に苛立ちが募る。下手を打たれて死なれでもしたら。──溜まったもんじゃねぇ、と視界にはいないその姿を探すために立ち上がった。
四、五人が輪になってようやく囲めるくらいの太い幹の周りを歩き始めると、ちょうど半周したところで根を枕にし体を丸めて横になっている黒い塊を見つける。
近付いて、視線を落とす。漆黒の髪に隠れ表情はうかがえない。呼吸をしているのかすらも分からない。
試しに、蒐は足先で莎夜の背中を軽く小突く。ころん、とマネキンのように力無く肢体が揺れる。
「………ん、」
数秒の間の後、莎夜は短く呻いてのろのろと体を起こし、
「……」
無表情に蒐を見上げると、すぐにいつもの自嘲気味の笑みを浮かべた。
「おはよう」
「………」
他愛無い挨拶を意図的に受け流して険しい、冷淡な目を向ける。藍色と灰色の無機質な視線と、不機嫌そうな緋色の視線がぶつかる。
「………」
「………」
どちらも口を開かないまま沈黙が続き、ようやく莎夜が不思議そうな声を作りわざとらしく首を傾げた。
「…それで?どうして、起こしたりしたの?」
笑みが貼り付いたまま、それでも、本当に不思議そうに。蒐の性格からして無意味に構うはずが無いのだから何かしらの理由はあるのだろう、と暗に語っている。
「──……」
その問いに答えようとして──どうしてそうしたのか理由がわからなくなって言葉を詰まらせた。
勝手におっ死なれたら迷惑この上ないから、探しにきた。ここまでは良い。彼女をわざわざ起こす理由はどこにも見当たらない。
何故、と自身の不可解な行動に自問自答する。少しだけ考え込んだ後ふと思い至った理由に、莎夜を睨み付けるようにしてぶっきらぼうに吐き捨てる。
「教えろよ」
「……何を?」
「──ッ!!」
分かっているのに故意に無知を振る舞う彼女の態度にカッとなり思わず暴力に訴えそうになるところを、続く言葉が嗜める。
「…でも、ちょっと早いかな」
「あぁ?何がだよ」
「教えるの」
だからもう少し待っててね、と莎夜はこの険悪な場に似合わず優雅に微笑むと、木の幹に額を当て、緊張感が宿る声で呟く。
「──誰かが、来るから」
「──!」
悔しい事実だが、どうやら蒐の五感以上に死神の察知能力は鋭敏らしい。その言葉に、蒐も感覚を研ぎ澄まし意識を集中させる。
──遠方から、微かな血の匂い。
何かが腐敗したような、鼻をツンとつく、気分が悪くなるような悪臭。そんな血の臭いが、敵が近づいてくるほど酷さを増していき、頭痛がするほどの異臭に蒐は顔を顰める。
莎夜も口元は微笑みを湛えたまま、目元は嫌悪感を露わにしている。
二つの歓迎とはほど遠い視線を集めて、細長い影が地面に降り立った。
「こんにちは。葉孤、と申します」
頭の大きさと釣り合っていない小さな小さなシルクハットを片手で持ち上げ、友好さを全面に押し出しながら舞台で演じているかのように恭しく一礼する。
しかし、侮蔑の入り混じった二人の表情には全く変化が無い。
狐のそれに近い輪郭。だが、何かが狐とは決定的に違う、そんな顔付きの青のスーツの敵は改めて二人を見比べた。
「さて。お二方のどちらが能力持ちなんですか?」
「…教えないよ、って言ったら?」
敵意を隠さず茶化す莎夜に、葉狐がそちらを向く。
「まあ、実はわかっているんですけどね」
狐のような細い目を更に細め皮肉げに笑うと、莎夜を標的に走り出した。
決して速くはない。不意を突かれた訳でも無い。だから余裕で避けられるはずなのだが、その場で突っ立ったまま避けようとも立ち向かおうともする素振りを見せず、笑みを貼り付けたまま迫り来る敵を見据えるだけ。
「なッ──…オイ!」
その意味を、実に不本意ながら汲み取った蒐は、焦りと怒りの混じった表情で莎夜を狙う葉狐の背後から攻撃を仕掛けた。
完全な死角からの攻撃。速さだって、明らかに違う。
「おっと、」
しかし葉狐はギリギリのところで足を止め、見えないはずであろう位置から突っ込んできた鋭い爪をあっさりと避けた。
「二対一でも非道いと言うのに、更に背後からなんて卑怯ですねぇ」
背中に目でも付いているような動き。例えそうであっても瞬発力が全く違うのだから、攻撃が見えていても逃れられるはずが無い。
攻撃を当てられなかった悔しさが奥歯で軋む。それから、命を投げ打つような態度の莎夜に怒りの矛先を向ける。
「テメェ、なんで避けねぇんだよ!」
「だって…護ってくれるんでしょ?」
悠然と笑みを浮かべ、莎夜は淡々と答える。ここで命を落とせば蒐も道連れになるのだから、彼が拒否できる権利など無い。
「ふ、ざけンな!誰が──」
怒りが爆発する寸前、視界の隅に攻撃体勢を取った敵を捉えた。咄嗟に振り向いた蒐は、葉孤が再び走り出したのを確認する。
狙いはあくまでも、莎夜なのだ。
「──避けろ!!」
必死に叫ぶ蒐を莎夜は一瞥し、その場に佇むだけ。
「いいでしょう。抵抗しないなら苦しまずに逝かせて差し上げますよ」
どこから取り出したのか、葉狐はアイスピックに似た武器を握っている。
腕が振り上げられ、鋭い先端が少女を喰らおうとギラついて。
その光景を目の前で繰り広げられてもなお、莎夜は頑なに動こうとはしなかった。
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