月明かりの下で

珱芭

文字の大きさ
10 / 18
Chapter 3

3-2

しおりを挟む
 ドッ、と鈍い音がして、

「う……」

 呻き声が続く。

 莎夜を突き飛ばし、身代わりとなった蒐の片脚には武器が深々と突き刺さっていった。服と皮膚を縫い付けたピックの隙間から赤い液体が染み出す。

「これで邪魔者はいなくなりましたね」

 耳まで裂けた口元に笑みが零れる。

「どうだろうね」

 地面に崩れる蒐を眺めながらの、莎夜の冷静な返答。今度は自分自身が矢面に立つというのに緊張感は微塵も感じられない。

「ほう…」

 敵は、笑いを何か新しい悪戯を思い付いたような意地悪げな笑みに変える。舐めるような視線で莎夜を観察すると愉快そうに喉を鳴らした。

「お前……動けないんだな」

「…さぁ?」

 あっさりと見破ったと言わんばかりに勝ち誇る葉孤の言葉を受けて、脚を押さえ蹲っていた蒐は僅かに驚きを露わにして咄嗟に莎夜を睨み付けた。敢えてそれを無視し、莎夜ははぐらかすように短く息を吐く。

「誤魔化しても、私にはわかりますよ。脚をやられた彼をが戦えない以上、どうやってこの事態を切り抜けようか必死になっていることもね」

 ピクリと莎夜の肩が揺れる。先ほど蒐を呪い付きだと見抜いたことも、攻撃を避けることができたのも、全ては心が読めるからとでも言うのか。

「その通り」

「……」

 嫌な汗が額から輪郭を伝う。莎夜一人の命であれば自滅覚悟で飛び込んでいけるが、自分が死ねば蒐も死ぬ。

 ──死ぬわけにはいかない。

 命を落とすことの恐怖を、莎夜は久しぶりに思い出していた。

 蒐を見やり、葉狐は言葉を続ける。

、君が散々罵倒してたお嬢さんが何故動けないのか教えて差し上げましょうか?それは吸血鬼、君に──……ガァッ!」

 湿った叫びに、血と思しき液体が鋭い歯の隙間から噴き出す。眼は片方ずつあらぬ方向を見つめ、徐々に白目を剥いていく。

 はひゅ、と必死に空気を取り込もうとする喉元には、月明かりを妖しく反射する銀色の短剣が柄の近くまで食い込んでいた。

 その短剣を振るったのは、莎夜だった。

「……お喋りな人は嫌われるのよ」

「ひィ……は、ぁ゛……」

 首を掻き毟りもがいている葉狐の耳元に唇が寄せられる。

「ああ、でも貴方のお喋りのお陰で少し。──次からは油断しないように気をつけないと……ね」

 低く、窘めるように莎夜が囁くと、葉孤は糸の切れた人形のように急に動かなくなった。短剣を引き抜くと支えを失った体は落ちていき、地面に触れる前に体が砂のように細かくなり、消えた。

「お疲れ様」

 短剣をスカートの下のベルトに括り付けると、何事もなかったかのように蒐に近付きしゃがみ込む。

「一度に一人ずつしか心が読めない敵で、良かった」

 他愛もない感想を述べつつ、蒐の腿に刺さったピックを抜こうとする。その手が勢い良く引っ叩かれる。

「………」

 パン、と渇いた音が響く。痺れた手をきょとんと見つめる莎夜を険しい目つきで睨み返しながら自分でピックを引き抜くと血に塗れた先端を喉元に突き付けた。

「オイ、ふざけてんじゃねェぞ……!」

 ぶるぶると震える腕が、武器を肌に食い込ませる。避けた皮膚から血が流れ、蒐のものと混ざっていく。

「自分から死のうとしてる奴を助ける余裕なんざねぇんだよ」

 息を荒げて、蒐は更に顔を近付ける。

「死にたきゃ勝手にしろ。でも俺を巻き添えにすんじゃねぇ」

「……」

 莎夜は、睫毛が触れそうなくらい近くにある怒りに満ちた双眸を見据えながら、

「そうだね。…ごめんね?」

 珍しく素直に謝るとピックの先を掴み、蒐の手からそっと引き抜いた。

「……ッ!」

 皮肉を返してくるか、笑いながら受け流すかのどちらかだと予想していた蒐は戸惑いともつかない苛立ちを覚えるが、その感情は言葉には繋がらない。

「……でも、ここまで、…かな」

 続いて漏れたのはかろうじて聞き取れるような、か細い音。

 蒐がその呟きに意識を莎夜に戻すと、いつもみたく自嘲気味に微笑んでいたが、どこか弱々しく消え入りそうだった。

 ふと、ピックを握った莎夜の手の力が抜け、地面にだらりと垂れ下がる。

 それが合図となり、莎夜の体は前のめりに揺らいだ。

「──な、チッ…!」

 ゆっくりと意識を手放し無抵抗に倒れてくる体を蒐は反射的に受け止める。

 掴んだ腕は、氷かと錯覚するほど冷たい。よく見ればただ白いと思っていた肌は病的に青白く、唇の色も失っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...