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Chapter 3
3-2
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ドッ、と鈍い音がして、
「う……」
呻き声が続く。
莎夜を突き飛ばし、身代わりとなった蒐の片脚には武器が深々と突き刺さっていった。服と皮膚を縫い付けたピックの隙間から赤い液体が染み出す。
「これで邪魔者はいなくなりましたね」
耳まで裂けた口元に笑みが零れる。
「どうだろうね」
地面に崩れる蒐を眺めながらの、莎夜の冷静な返答。今度は自分自身が矢面に立つというのに緊張感は微塵も感じられない。
「ほう…」
敵は、笑いを何か新しい悪戯を思い付いたような意地悪げな笑みに変える。舐めるような視線で莎夜を観察すると愉快そうに喉を鳴らした。
「お前……動けないんだな」
「…さぁ?」
あっさりと見破ったと言わんばかりに勝ち誇る葉孤の言葉を受けて、脚を押さえ蹲っていた蒐は僅かに驚きを露わにして咄嗟に莎夜を睨み付けた。敢えてそれを無視し、莎夜ははぐらかすように短く息を吐く。
「誤魔化しても、私にはわかりますよ。脚をやられた彼をが戦えない以上、どうやってこの事態を切り抜けようか必死になっていることもね」
ピクリと莎夜の肩が揺れる。先ほど蒐を呪い付きだと見抜いたことも、攻撃を避けることができたのも、全ては心が読めるからとでも言うのか。
「その通り」
「……」
嫌な汗が額から輪郭を伝う。莎夜一人の命であれば自滅覚悟で飛び込んでいけるが、自分が死ねば蒐も死ぬ。
──死ぬわけにはいかない。
命を落とすことの恐怖を、莎夜は久しぶりに思い出していた。
蒐を見やり、葉狐は言葉を続ける。
「アカネ、君が散々罵倒してたお嬢さんが何故動けないのか教えて差し上げましょうか?それは吸血鬼、君に──……ガァッ!」
湿った叫びに、血と思しき液体が鋭い歯の隙間から噴き出す。眼は片方ずつあらぬ方向を見つめ、徐々に白目を剥いていく。
はひゅ、と必死に空気を取り込もうとする喉元には、月明かりを妖しく反射する銀色の短剣が柄の近くまで食い込んでいた。
その短剣を振るったのは、莎夜だった。
「……お喋りな人は嫌われるのよ」
「ひィ……は、ぁ゛……」
首を掻き毟りもがいている葉狐の耳元に唇が寄せられる。
「ああ、でも貴方のお喋りのお陰で少し動けるようになったの。──次からは油断しないように気をつけないと……ね」
低く、窘めるように莎夜が囁くと、葉孤は糸の切れた人形のように急に動かなくなった。短剣を引き抜くと支えを失った体は落ちていき、地面に触れる前に体が砂のように細かくなり、消えた。
「お疲れ様」
短剣をスカートの下のベルトに括り付けると、何事もなかったかのように蒐に近付きしゃがみ込む。
「一度に一人ずつしか心が読めない敵で、良かった」
他愛もない感想を述べつつ、蒐の腿に刺さったピックを抜こうとする。その手が勢い良く引っ叩かれる。
「………」
パン、と渇いた音が響く。痺れた手をきょとんと見つめる莎夜を険しい目つきで睨み返しながら自分でピックを引き抜くと血に塗れた先端を喉元に突き付けた。
「オイ、ふざけてんじゃねェぞ……!」
ぶるぶると震える腕が、武器を肌に食い込ませる。避けた皮膚から血が流れ、蒐のものと混ざっていく。
「自分から死のうとしてる奴を助ける余裕なんざねぇんだよ」
息を荒げて、蒐は更に顔を近付ける。
「死にたきゃ勝手にしろ。でも俺を巻き添えにすんじゃねぇ」
「……」
莎夜は、睫毛が触れそうなくらい近くにある怒りに満ちた双眸を見据えながら、
「そうだね。…ごめんね?」
珍しく素直に謝るとピックの先を掴み、蒐の手からそっと引き抜いた。
「……ッ!」
皮肉を返してくるか、笑いながら受け流すかのどちらかだと予想していた蒐は戸惑いともつかない苛立ちを覚えるが、その感情は言葉には繋がらない。
「……でも、ここまで、…かな」
続いて漏れたのはかろうじて聞き取れるような、か細い音。
蒐がその呟きに意識を莎夜に戻すと、いつもみたく自嘲気味に微笑んでいたが、どこか弱々しく消え入りそうだった。
ふと、ピックを握った莎夜の手の力が抜け、地面にだらりと垂れ下がる。
それが合図となり、莎夜の体は前のめりに揺らいだ。
「──な、チッ…!」
ゆっくりと意識を手放し無抵抗に倒れてくる体を蒐は反射的に受け止める。
掴んだ腕は、氷かと錯覚するほど冷たい。よく見ればただ白いと思っていた肌は病的に青白く、唇の色も失っていた。
「う……」
呻き声が続く。
莎夜を突き飛ばし、身代わりとなった蒐の片脚には武器が深々と突き刺さっていった。服と皮膚を縫い付けたピックの隙間から赤い液体が染み出す。
「これで邪魔者はいなくなりましたね」
耳まで裂けた口元に笑みが零れる。
「どうだろうね」
地面に崩れる蒐を眺めながらの、莎夜の冷静な返答。今度は自分自身が矢面に立つというのに緊張感は微塵も感じられない。
「ほう…」
敵は、笑いを何か新しい悪戯を思い付いたような意地悪げな笑みに変える。舐めるような視線で莎夜を観察すると愉快そうに喉を鳴らした。
「お前……動けないんだな」
「…さぁ?」
あっさりと見破ったと言わんばかりに勝ち誇る葉孤の言葉を受けて、脚を押さえ蹲っていた蒐は僅かに驚きを露わにして咄嗟に莎夜を睨み付けた。敢えてそれを無視し、莎夜ははぐらかすように短く息を吐く。
「誤魔化しても、私にはわかりますよ。脚をやられた彼をが戦えない以上、どうやってこの事態を切り抜けようか必死になっていることもね」
ピクリと莎夜の肩が揺れる。先ほど蒐を呪い付きだと見抜いたことも、攻撃を避けることができたのも、全ては心が読めるからとでも言うのか。
「その通り」
「……」
嫌な汗が額から輪郭を伝う。莎夜一人の命であれば自滅覚悟で飛び込んでいけるが、自分が死ねば蒐も死ぬ。
──死ぬわけにはいかない。
命を落とすことの恐怖を、莎夜は久しぶりに思い出していた。
蒐を見やり、葉狐は言葉を続ける。
「アカネ、君が散々罵倒してたお嬢さんが何故動けないのか教えて差し上げましょうか?それは吸血鬼、君に──……ガァッ!」
湿った叫びに、血と思しき液体が鋭い歯の隙間から噴き出す。眼は片方ずつあらぬ方向を見つめ、徐々に白目を剥いていく。
はひゅ、と必死に空気を取り込もうとする喉元には、月明かりを妖しく反射する銀色の短剣が柄の近くまで食い込んでいた。
その短剣を振るったのは、莎夜だった。
「……お喋りな人は嫌われるのよ」
「ひィ……は、ぁ゛……」
首を掻き毟りもがいている葉狐の耳元に唇が寄せられる。
「ああ、でも貴方のお喋りのお陰で少し動けるようになったの。──次からは油断しないように気をつけないと……ね」
低く、窘めるように莎夜が囁くと、葉孤は糸の切れた人形のように急に動かなくなった。短剣を引き抜くと支えを失った体は落ちていき、地面に触れる前に体が砂のように細かくなり、消えた。
「お疲れ様」
短剣をスカートの下のベルトに括り付けると、何事もなかったかのように蒐に近付きしゃがみ込む。
「一度に一人ずつしか心が読めない敵で、良かった」
他愛もない感想を述べつつ、蒐の腿に刺さったピックを抜こうとする。その手が勢い良く引っ叩かれる。
「………」
パン、と渇いた音が響く。痺れた手をきょとんと見つめる莎夜を険しい目つきで睨み返しながら自分でピックを引き抜くと血に塗れた先端を喉元に突き付けた。
「オイ、ふざけてんじゃねェぞ……!」
ぶるぶると震える腕が、武器を肌に食い込ませる。避けた皮膚から血が流れ、蒐のものと混ざっていく。
「自分から死のうとしてる奴を助ける余裕なんざねぇんだよ」
息を荒げて、蒐は更に顔を近付ける。
「死にたきゃ勝手にしろ。でも俺を巻き添えにすんじゃねぇ」
「……」
莎夜は、睫毛が触れそうなくらい近くにある怒りに満ちた双眸を見据えながら、
「そうだね。…ごめんね?」
珍しく素直に謝るとピックの先を掴み、蒐の手からそっと引き抜いた。
「……ッ!」
皮肉を返してくるか、笑いながら受け流すかのどちらかだと予想していた蒐は戸惑いともつかない苛立ちを覚えるが、その感情は言葉には繋がらない。
「……でも、ここまで、…かな」
続いて漏れたのはかろうじて聞き取れるような、か細い音。
蒐がその呟きに意識を莎夜に戻すと、いつもみたく自嘲気味に微笑んでいたが、どこか弱々しく消え入りそうだった。
ふと、ピックを握った莎夜の手の力が抜け、地面にだらりと垂れ下がる。
それが合図となり、莎夜の体は前のめりに揺らいだ。
「──な、チッ…!」
ゆっくりと意識を手放し無抵抗に倒れてくる体を蒐は反射的に受け止める。
掴んだ腕は、氷かと錯覚するほど冷たい。よく見ればただ白いと思っていた肌は病的に青白く、唇の色も失っていた。
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