月明かりの下で

珱芭

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Chapter 3

3-1

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「……」

 真っ暗な闇夜に舞い、散る桜の花びら。

 飛ぶようにひらひらと落ちていく欠片は、蒐の頭にも数枚貼り付いている。よく見れば肩や投げ出された脚にも薄桃色の花びらが乗っていて、彼がしばらく動いていないことがうかがえた。

 髪の毛に埋もれた一枚が頬を擽って、蒐の覚醒を促す。幹に寄りかかっていた体勢から体を起こし、頭や体に付いたそれらを払い落とす。どこから降ってきたのかと頭上を見やれば、視界を埋め尽くすほど満開に咲いた桜が静かに佇んでいた。

「──……」

 ふと、脳裏に死神の少女が浮かぶ。

「チッ」

 不可解な取引を持ち掛けて、強制的に蒐を巻き込んだ莎夜に対して良い感情を持ち合わせているはずもなく。それでも自らの命を人質に取られている以上、気にかけなければいけない事実に怒りが込み上げてくる。

 その上、肝心の人物が視界にいないことも苛立ちを加速させる。

 四、五人が輪になってようやく囲めるくらいの太い幹に沿って歩き始めれば、ちょうど半周したところで根を枕にし体を丸めて横になっている少女を見つけた。

 長い髪が横顔を覆っているせいで表情は確認できない。眠っているのだろうが、そう判断できるだけの視覚的情報は少ない。

 試しに足先で莎夜の背中をつついてみる。

「………ん、」

 数秒の間の後、莎夜は短く呻いてのろのろと体を起こし、無表情に自分を起こした少年を見上げ、すぐにいつもの自嘲気味な笑みを貼り付けた。

「おはよう」
  
「……」

 無機質な藍色と灰色の瞳を、赤い瞳は冷ややかに見下ろす。

「……」

「……」

 どちらも言葉を発しないまま沈黙が続き、ようやく莎夜が不思議そうに首を傾げた。

「それで?……どうして起こしたりしたの?」

 作った表情のまま。しかし声には疑問が宿っている。まだ出会ってから間もないとはいえ、蒐が意味もなく他人を構うような性格には見えない。何かしらの理由があると思っていたものの、当の本人は莎夜を起こしてさも目的を果たしたような顔をしていた。

「……」

 問いかけられた蒐は、明確な答えを探そうと黙り込む。死んでいるように見えたから、などと答えでもしたらどんな反応をするのか、想像しただけでも気分が悪くなる。

 少し考え込み、すぐに莎夜を睨み付ける。

「教えろよ」

「……何を?」

「ッ!」

 知っているのに、故意に知らないように振る舞う莎夜の態度にカッとなるも、蒐はなんとか理性を保つ。茶化されるのは癪だが、転がされるのはもっと癪だが。

 思わず暴力に訴えそうになるのを堪える蒐の額には青筋が浮かんでいる。今にも自分に襲いかかってきそうな殺意を浴びながらも、冗談だよ、とにこやかに受け流し呟く。

「……でも、ちょっと早いかな」

「何がだよ」

「教えるの」

 だからもう少し待っててね、と莎夜は微笑むと静かに目を閉じる。

「誰か、来る」
  
「───ッ!?」

 蒐も五感を研ぎ澄まし意識を集中させる。死神が感知できた存在を蒐はまだ捉えられない。

 風に流されてきたのか、遠方から微かに匂いが運ばれてくる。獣臭とでも言うのか、鼻をツンとつく、形容し難い臭い。

 そんな悪臭は敵が近づいてくるほど酷さを増していき、頭痛がするほどの刺激に蒐が顔を顰める。莎夜も口元は笑ったまま、目は嫌悪感を露わにする。

 歓迎とはほど遠い二人の視線を集めて、木の枝のように細長い影が地面に降り立った。

「今晩は。葉狐、と申します」

 葉孤と名乗った男は、名前の通り狐のようなシルエットの輪郭に瞳がほとんど見えないほど細長い目をしていた。貧相な胴体に原色の青そのものの派手なスーツを纏い、莎夜の腕以上に細い四肢がそこにひっついている。頭との大きさが釣り合っていない小さなハットを片手で持ち上げ、彼は優雅に挨拶した。

 友好を装った態度。しかし莎夜と蒐は侮蔑と嫌悪を隠そうともせず警戒したままだ。

 歓迎とは程遠い視線を心地良さそうに受け止め、葉孤は改めて二人を見比べた。

「さて。お二方のどちらが『能力持ち』なんですか?」

「…教えないよ、って言ったら?」

 嘲弄する莎夜に、葉孤は鼻を鳴らす。

「まあ、実はわかっているんですけどね」

 糸のような目を更に細め皮肉げに笑うと、莎夜を標的に走り出した。

 決して速くはない。莎夜なら余裕で避けられるはず、と会話を傍観していた蒐は判断するが、予想に反して彼女はその場で突っ立ったまま避けようとする素振りすらない。

 短剣も取り出さず、棒立ちでいる少女と葉孤の距離は縮まっていく。
  
「な……オイ!」

 戦うつもりはない、ということらしい。莎夜が殺されてしまう焦りと命を投げ出す彼女への怒りをそのまま衝動に変え、莎夜を追い越し葉孤と対峙する。

「おっと、」

 腕を突き出した攻撃。しかし、葉狐は間髪で足を止め、突っ込んできた蒐の鋭い爪を避けた。動きに見合わず動体視力は良いらしい。

「そんなに彼女が殺されるのが怖いんですか?君」

「ッ、チィッ!!」

 知ってて狙ってやがる、と蒐は奥歯を噛み締める。そして感情の矛先を莎夜に向ける。

「テメェ、なんで避けねぇんだよ!?」

「だって……護ってくれるんでしょ?」

 悠然と微笑みを湛えて、死神は淡々と答える。

「ふ、ざけんな!誰が──」

 蒐は怒りを爆発させる寸前に、視界の隅に攻撃体勢を取った葉孤の姿を捉える。とっさに振り向くと葉狐が莎夜へと再び走り出したのを確認する。

 狙いはあくまでも莎夜なのだ。

「避けろ!!」

 必死に叫ぶ蒐を莎夜は一瞥し、その場に佇むだけ。命を共有していなければ見殺しにしたいくらいのふてぶてしさに蒐は何度も呪詛の言葉を吐き出す。

「どうやらお嬢さんには生きる意志は無いみたいですね」

 骨に皮を張り付けたての中で何かがキラリと光る。太く大きな針か、アイスピックにも似たそれを葉孤は振り上げた。
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