月明かりの下で

珱芭

文字の大きさ
8 / 18
Interval 1

1-1

しおりを挟む
「………、……っ、………ね……」


(──声…?)


「……あかねっ……」

 聞いたことのある、幼い声。それが自分の名前を呼んでいる。


(コレ、は……)


 水中を揺蕩うように沈んでいた意識が呼びかけによって引き上げられる。眠りから醒めようと脳が必死に回転する間も目覚ましのごとく響く大きな声は止むことを知らず覚醒を加速させる。

「………」

「……あ、おきた!」

 瞼を抉じ開ければ視界いっぱいに覗き込む、四、五歳位の白髪の目立つ幼い少女。

「おはよー、あかね」

「ん」

 幼児らしく元気に挨拶を向ける少女に対し、目が覚めたばかりの蒐はそのテンションに追い付けるほどの気力はまだなく、そもそも明るく振る舞う性格とは程遠いため、いつもの通りたった一言を返す。

 挨拶とは言い難い返事だが、反応があったことに少女は明るい笑顔を丸い顔いっぱいに咲かし、

「おさんぽ、いこー?」

 床に垂れ下がった武骨な手を小さな両手で持ち上げて、無邪気な誘いと共にブンブンと上下に振り回した。

 だが蒐はその手を煩わしそうに振り払うと、壁に凭れ掛かっていた体勢から少女に背を向けるようにして横になり本格的に二度寝の体勢に入る。

「面倒臭ぇ」

 数時間前にもこの我儘に根負けして建物の周囲を散歩──もとい、犬のようにはしゃぎ回るこの生き物と不本意な追いかけっこをしたばかりなのだ。

 その小せぇ体のどこにそんな体力が残ってんだよ、と呆れ半分に大きな欠伸を一つ漏らす。

「あーかーねーっ!いこーよー!!」

 馬乗りにされてもダメージはない。体をガクガク揺らされるのも、まあそのうち飽きるだろうと思って放置する。子供特有の甲高い声で耳元で叫ばれるのは些か辛いが、疲労と眠気の方が強い今、目を閉じて無視を決め込む。

 あの手この手でなんとか蒐を起こそうと試みる少女は、岩のように頑なに動かない少年についに観念して大きく息を吐いた。

「もー、いいもんっ」

 ぷくっと頬を膨らませると丸い顔が更に丸くなる。

「あたしひとりでいく!」

 言うや否や、戸口に走り出した。

「……ッ、オイ待て、葵ッ」

 これにはさすがの蒐も慌てて立ち上がり、葵と呼んだ少女を追いかける。

 ドアノブに届かずぴょんぴょん跳ねているその手を掴むと、反対の手でドアを開ける。

「あかねもくるの?」

 葵は大きな紅い瞳を向けて訪ねた。純粋な眼差しはとても嬉しそうに綻んでいて、まだ外に出る前からぴょこぴょこと跳ねる姿は白兎のよう。

「気が変わったんだよ」

「わーい!」

「言っとくがさっきみてぇなのは二度としねぇ。勝手に走り出したらすぐに帰るからな」

「はぁい」

 素直に返事をする葵。聞き分けが良いことに逆に一抹の不安を覚えつつ、蒐は自分の手の中におさまってしまうほど小さな手を今一度握り込んだ。

 トコトコとどこかを目指す少女に手を引かれて、蒐は小さな溜息を零しつつ大人しく後に続いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...