月明かりの下で

珱芭

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「………、……っ、………ね……」


(──声…?)


「……あかねっ……」

 聞いたことのある、幼い声。それが自分の名前を呼んでいる。


(コレ、は……)


 水中を揺蕩うように沈んでいた意識が呼びかけによって引き上げられる。眠りから醒めようと脳が必死に回転する間も目覚ましのごとく響く大きな声は止むことを知らず覚醒を加速させる。

「………」

「……あ、おきた!」

 瞼を抉じ開ければ視界いっぱいに覗き込む、四、五歳位の白髪の目立つ幼い少女。

「おはよー、あかね」

「ん」

 幼児らしく元気に挨拶を向ける少女に対し、目が覚めたばかりの蒐はそのテンションに追い付けるほどの気力はまだなく、そもそも明るく振る舞う性格とは程遠いため、いつもの通りたった一言を返す。

 挨拶とは言い難い返事だが、反応があったことに少女は明るい笑顔を丸い顔いっぱいに咲かし、

「おさんぽ、いこー?」

 床に垂れ下がった武骨な手を小さな両手で持ち上げて、無邪気な誘いと共にブンブンと上下に振り回した。

 だが蒐はその手を煩わしそうに振り払うと、壁に凭れ掛かっていた体勢から少女に背を向けるようにして横になり本格的に二度寝の体勢に入る。

「面倒臭ぇ」

 数時間前にもこの我儘に根負けして建物の周囲を散歩──もとい、犬のようにはしゃぎ回るこの生き物と不本意な追いかけっこをしたばかりなのだ。

 その小せぇ体のどこにそんな体力が残ってんだよ、と呆れ半分に大きな欠伸を一つ漏らす。

「あーかーねーっ!いこーよー!!」

 馬乗りにされてもダメージはない。体をガクガク揺らされるのも、まあそのうち飽きるだろうと思って放置する。子供特有の甲高い声で耳元で叫ばれるのは些か辛いが、疲労と眠気の方が強い今、目を閉じて無視を決め込む。

 あの手この手でなんとか蒐を起こそうと試みる少女は、岩のように頑なに動かない少年についに観念して大きく息を吐いた。

「もー、いいもんっ」

 ぷくっと頬を膨らませると丸い顔が更に丸くなる。

「あたしひとりでいく!」

 言うや否や、戸口に走り出した。

「……ッ、オイ待て、葵ッ」

 これにはさすがの蒐も慌てて立ち上がり、葵と呼んだ少女を追いかける。

 ドアノブに届かずぴょんぴょん跳ねているその手を掴むと、反対の手でドアを開ける。

「あかねもくるの?」

 葵は大きな紅い瞳を向けて訪ねた。純粋な眼差しはとても嬉しそうに綻んでいて、まだ外に出る前からぴょこぴょこと跳ねる姿は白兎のよう。

「気が変わったんだよ」

「わーい!」

「言っとくがさっきみてぇなのは二度としねぇ。勝手に走り出したらすぐに帰るからな」

「はぁい」

 素直に返事をする葵。聞き分けが良いことに逆に一抹の不安を覚えつつ、蒐は自分の手の中におさまってしまうほど小さな手を今一度握り込んだ。

 トコトコとどこかを目指す少女に手を引かれて、蒐は小さな溜息を零しつつ大人しく後に続いた。
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