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Chapter 2
2-2
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凰鬼が小さく舌打ちをすると、少年の上から慌てるように離れた。重力から切り離されたようにふわりと浮き上がり、一瞬にして姿が消える。
遅れて莎夜の短剣が今まで凰鬼がいた空間を薙いだ。険しい表情は少年と話していた時と違い、真剣そのものだ。気配も音も断てない拙い攻撃ながら、本気で凰鬼を討とうと狙っている。
「駄目だよ、莎夜。背後から攻撃なんて狡いなぁ」
のんびりとした声が姿の見えない主から聞こえてくる間も、莎夜は声のする方へ容赦なく短剣を振り回す。凰鬼は確かにその場に居るのだろうが、動きが速すぎて莎夜の動体視力では捉えられないのだ。
「何より、今はこの吸血鬼と勝負してるんだから、」
莎夜の背中を取る凰鬼。莎夜は咄嗟に体を捻って右手を突き出すも攻撃半ばで手首を捕らわれ、宙に持ち上げられる。腕一本で全身を支える肩が痛みに悲鳴を上げる。
「──っあ゛!」
「……邪魔しないでね」
幼い子供に言い聞かせるような口調で、拳を作った手を、莎夜の腹に叩き込んだ。
「うっ…ぁ」
左手の短剣がカランと落ち、全身から力が抜ける。凰鬼が腕を解放すると糸が切れた操り人形の如く手足を折り込んだ奇妙な姿勢で無抵抗に地面に崩れ落ちて、そのまま動かなくなった。
「…さて、と」
莎夜を相手取っている間に体勢を取り直した少年に、凰鬼は向き直る。
「再開といきますか」
「……マジでくたばりやがれ」
少年は再び地面を蹴り、凰鬼に接近する。頭部目掛けて右腕を振るうも楽々と避けられ、時間差で伸ばした左腕も弾かれてしまう。
単純に動きが速い、だけではない。経験の差は歴然で、凰鬼は圧倒的に戦い慣れている。
「チッ」
「無駄だって」
焦りを募らす蒐。凰鬼は相も変わらず涼しい表情。
「だから、莎夜なんかに利用されるんだよ」
「──ッせぇんだよ!」
怒り任せに闇雲に払った腕が、凰鬼の頬を僅かに掠めた。爪の先が触れた程度。しかし鋭く研がれた刃と同じ切れ味を誇る爪は、触れた程度でも確かに傷を負わせた。
「なっ──」
途端に顔を強張らせ数歩下がって、凰鬼は頬を拭う。
ミミズ腫れで盛り上がり薄く線を引く傷口からは、血が滲んでいた。
「…………………」
手の甲に付着した、赤。灰色の瞳はしばらくそれを見つめると、
「……………クク、」
緊迫した場には不釣り合いな笑いを漏らした。
「クク、ハハ……嗚呼、そうだね、少し油断したかな」
愉快に自虐する笑いを連ねる顔に感情は無い。据わった目はどこか遠くを見つめていたが、やがて少年へと戻ってくる。
「貧弱な攻撃を当てられた、ご褒美をやるよ」
地の底から響くような声。先程の莎夜に語りかけていた時のような優しさや、少年と対峙した時の戯れなど一切存在しない。これが彼の本質なのだとも思わせる、冷徹さと非常さが渦巻いている。
凰鬼の姿が、見えなくなる。
同時に、
──ドンッ
鈍い衝撃が胃に走った。
「……」
最早、声すら出ない。生暖かい何かが脚を伝い、地面に染みを広げる。食堂を液体が逆流する。激しく咳き込んで吐き出された飛沫は見たことのない色をしていた。
景色が傾く。傾いているのは自分の体だと理解したのは、地面が近くなってから。
必死に見上げれば凰鬼と視線がぶつかる。
「───ッ……!!」
どこまでも無表情なのに、禍々しい殺気が空気を揺らす。隠そうとはしない。むしろ積極的に少年に当てるように、意識が遠のいても刺々しい感覚が肌を痺れさせる。
視界が暗む。耳鳴りは全ての音を掻き消す。神経が絶たれてしまったかのように、指先すた動かせない。
呼吸ができているのかも、分からない。
そこで、少年の記憶は途絶えた。
遅れて莎夜の短剣が今まで凰鬼がいた空間を薙いだ。険しい表情は少年と話していた時と違い、真剣そのものだ。気配も音も断てない拙い攻撃ながら、本気で凰鬼を討とうと狙っている。
「駄目だよ、莎夜。背後から攻撃なんて狡いなぁ」
のんびりとした声が姿の見えない主から聞こえてくる間も、莎夜は声のする方へ容赦なく短剣を振り回す。凰鬼は確かにその場に居るのだろうが、動きが速すぎて莎夜の動体視力では捉えられないのだ。
「何より、今はこの吸血鬼と勝負してるんだから、」
莎夜の背中を取る凰鬼。莎夜は咄嗟に体を捻って右手を突き出すも攻撃半ばで手首を捕らわれ、宙に持ち上げられる。腕一本で全身を支える肩が痛みに悲鳴を上げる。
「──っあ゛!」
「……邪魔しないでね」
幼い子供に言い聞かせるような口調で、拳を作った手を、莎夜の腹に叩き込んだ。
「うっ…ぁ」
左手の短剣がカランと落ち、全身から力が抜ける。凰鬼が腕を解放すると糸が切れた操り人形の如く手足を折り込んだ奇妙な姿勢で無抵抗に地面に崩れ落ちて、そのまま動かなくなった。
「…さて、と」
莎夜を相手取っている間に体勢を取り直した少年に、凰鬼は向き直る。
「再開といきますか」
「……マジでくたばりやがれ」
少年は再び地面を蹴り、凰鬼に接近する。頭部目掛けて右腕を振るうも楽々と避けられ、時間差で伸ばした左腕も弾かれてしまう。
単純に動きが速い、だけではない。経験の差は歴然で、凰鬼は圧倒的に戦い慣れている。
「チッ」
「無駄だって」
焦りを募らす蒐。凰鬼は相も変わらず涼しい表情。
「だから、莎夜なんかに利用されるんだよ」
「──ッせぇんだよ!」
怒り任せに闇雲に払った腕が、凰鬼の頬を僅かに掠めた。爪の先が触れた程度。しかし鋭く研がれた刃と同じ切れ味を誇る爪は、触れた程度でも確かに傷を負わせた。
「なっ──」
途端に顔を強張らせ数歩下がって、凰鬼は頬を拭う。
ミミズ腫れで盛り上がり薄く線を引く傷口からは、血が滲んでいた。
「…………………」
手の甲に付着した、赤。灰色の瞳はしばらくそれを見つめると、
「……………クク、」
緊迫した場には不釣り合いな笑いを漏らした。
「クク、ハハ……嗚呼、そうだね、少し油断したかな」
愉快に自虐する笑いを連ねる顔に感情は無い。据わった目はどこか遠くを見つめていたが、やがて少年へと戻ってくる。
「貧弱な攻撃を当てられた、ご褒美をやるよ」
地の底から響くような声。先程の莎夜に語りかけていた時のような優しさや、少年と対峙した時の戯れなど一切存在しない。これが彼の本質なのだとも思わせる、冷徹さと非常さが渦巻いている。
凰鬼の姿が、見えなくなる。
同時に、
──ドンッ
鈍い衝撃が胃に走った。
「……」
最早、声すら出ない。生暖かい何かが脚を伝い、地面に染みを広げる。食堂を液体が逆流する。激しく咳き込んで吐き出された飛沫は見たことのない色をしていた。
景色が傾く。傾いているのは自分の体だと理解したのは、地面が近くなってから。
必死に見上げれば凰鬼と視線がぶつかる。
「───ッ……!!」
どこまでも無表情なのに、禍々しい殺気が空気を揺らす。隠そうとはしない。むしろ積極的に少年に当てるように、意識が遠のいても刺々しい感覚が肌を痺れさせる。
視界が暗む。耳鳴りは全ての音を掻き消す。神経が絶たれてしまったかのように、指先すた動かせない。
呼吸ができているのかも、分からない。
そこで、少年の記憶は途絶えた。
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