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Chapter 2
2-1
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「……凰鬼……」
少女は頭上を見ずに、その名を酷く忌々しそうに呟く。無感情とも取れる声に嫌悪感が垣間見える。反対に、凰鬼と呼ばれた青年は薄紫の髪を風になびかせながら、そんな少女の態度もひっくるめて愛おしむような弾む笑顔を見せた。
「しばらくぶりだね、莎夜」
莎夜。それが少女の名前らしかったが、呼ばれた方は何の反応も見せず、視線すらくれてやらないほどの徹底的な無視を決め込む。
非常に友好的、それどころかそれ以上の気持ちを溢れさせんばかりに示す凰鬼に対して莎夜は氷よりも冷たい姿勢を貫いている。部外者から見れば酷く歪な関係だが、煙たがられている当の本人は気にする様子もなく微笑んだまま、莎夜の脇に立つ少年を見やった。
「そいつが、今度の新しい犠牲者な訳だね」
サラリと、まるで決められた舞台の上で決められた台詞を読むように、凰鬼は非常な言葉を何気なく言い放つ。
淡々と、しかし仄かに愉しそうに。それは、自身が呪われ、理不尽な取引を持ちかけられ、その上で余計な横槍まで入り積み重ねられた少年の怒りへ火に油を注ぐように、激しく燃え上がらせる。
「あ゛ァ?」
莎夜に向いていた感情の矛先が凰鬼に変わる。敵意、というよりは殺意がこもった視線が青年を刺す。
「可哀想だね。何も知らないまま莎夜の我が儘の犠牲になっていくなんて」
ニィ、と心底から嘲るように嗤う、凰鬼。
カッ、と血走った眼を大きく見開く、少年。
「テメェも脳味噌がイカレてンのかァ?訳分かンねェ事抜かすと──」
指先に力を入れると鋭い爪が怪しく光り、少年が臨戦態勢に入る。腰を落とし体勢を低くし、
「──ブッ殺すぞ!」
その場から、姿が消える。
一瞬で凰鬼との間合いを詰め、腹部に長い爪を食い込ませようと腕を振るうも──
──ガッ
「甘いね」
凰鬼は既にその腕を掴んでいた。
「──ッ!?」
驚く暇も与えず、腕ごと自身より小柄な体を思い切り地面に叩き付ける。背中を激しく打ち付けた少年の肺から空気が押し出され反射的に開いた口から唾と空気と、苦しそうな呻き声が吐き出された。
「がッ──!」
硬い土に激突し、背骨が軋む音が、突然の出来事にただ見ているしかできなかった莎夜の耳にも届いた。
頭をハンマーで殴られたような痛みに意識が朦朧とし、身体を起こすのもままならない。草の上に横たわり必死に手足を動かそうとする少年の上に凰鬼が全体重をかけて馬乗りになった。
「ほら、こんなにも早く君は殺されるんだ」
凰鬼は、先程の笑顔を貼り付けたまま。
目も、嗤っていた。
「───」
ゾワ、と全身が粟立つ。殺意や殺気、その類の感情は幾度となく向けられてきて、今更恐れるなんて、と思っていた。それなのに、凰鬼が放った気は冷たく歪で吐き気を催すほど負の感情に満ち溢れている。爽やかな笑顔を装っていながら、その狂気は並大抵の者が抱けるものではない。
戦いを知らないような滑らかな手が、少年の左胸の上に、指先を下にするように、置かれる。
心臓を抉る気だ。
「バイバ…、──ッ!」
少女は頭上を見ずに、その名を酷く忌々しそうに呟く。無感情とも取れる声に嫌悪感が垣間見える。反対に、凰鬼と呼ばれた青年は薄紫の髪を風になびかせながら、そんな少女の態度もひっくるめて愛おしむような弾む笑顔を見せた。
「しばらくぶりだね、莎夜」
莎夜。それが少女の名前らしかったが、呼ばれた方は何の反応も見せず、視線すらくれてやらないほどの徹底的な無視を決め込む。
非常に友好的、それどころかそれ以上の気持ちを溢れさせんばかりに示す凰鬼に対して莎夜は氷よりも冷たい姿勢を貫いている。部外者から見れば酷く歪な関係だが、煙たがられている当の本人は気にする様子もなく微笑んだまま、莎夜の脇に立つ少年を見やった。
「そいつが、今度の新しい犠牲者な訳だね」
サラリと、まるで決められた舞台の上で決められた台詞を読むように、凰鬼は非常な言葉を何気なく言い放つ。
淡々と、しかし仄かに愉しそうに。それは、自身が呪われ、理不尽な取引を持ちかけられ、その上で余計な横槍まで入り積み重ねられた少年の怒りへ火に油を注ぐように、激しく燃え上がらせる。
「あ゛ァ?」
莎夜に向いていた感情の矛先が凰鬼に変わる。敵意、というよりは殺意がこもった視線が青年を刺す。
「可哀想だね。何も知らないまま莎夜の我が儘の犠牲になっていくなんて」
ニィ、と心底から嘲るように嗤う、凰鬼。
カッ、と血走った眼を大きく見開く、少年。
「テメェも脳味噌がイカレてンのかァ?訳分かンねェ事抜かすと──」
指先に力を入れると鋭い爪が怪しく光り、少年が臨戦態勢に入る。腰を落とし体勢を低くし、
「──ブッ殺すぞ!」
その場から、姿が消える。
一瞬で凰鬼との間合いを詰め、腹部に長い爪を食い込ませようと腕を振るうも──
──ガッ
「甘いね」
凰鬼は既にその腕を掴んでいた。
「──ッ!?」
驚く暇も与えず、腕ごと自身より小柄な体を思い切り地面に叩き付ける。背中を激しく打ち付けた少年の肺から空気が押し出され反射的に開いた口から唾と空気と、苦しそうな呻き声が吐き出された。
「がッ──!」
硬い土に激突し、背骨が軋む音が、突然の出来事にただ見ているしかできなかった莎夜の耳にも届いた。
頭をハンマーで殴られたような痛みに意識が朦朧とし、身体を起こすのもままならない。草の上に横たわり必死に手足を動かそうとする少年の上に凰鬼が全体重をかけて馬乗りになった。
「ほら、こんなにも早く君は殺されるんだ」
凰鬼は、先程の笑顔を貼り付けたまま。
目も、嗤っていた。
「───」
ゾワ、と全身が粟立つ。殺意や殺気、その類の感情は幾度となく向けられてきて、今更恐れるなんて、と思っていた。それなのに、凰鬼が放った気は冷たく歪で吐き気を催すほど負の感情に満ち溢れている。爽やかな笑顔を装っていながら、その狂気は並大抵の者が抱けるものではない。
戦いを知らないような滑らかな手が、少年の左胸の上に、指先を下にするように、置かれる。
心臓を抉る気だ。
「バイバ…、──ッ!」
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