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Chapter 5
5-4
しおりを挟む──ギィ、
古びた神社の前の広場で、鉄の軋む音が響く。
辛うじて形を成す錆だらけのブランコ。そこに莎夜が腰掛けていて、足を地面に着けて膝を曲げたり緩やかに伸ばしたりしながら前後に小さく揺れていた。
今にも朽ちた部分が壊れそうな見た目に反して、この類の遊具は丈夫らしい。ギィギィと不協和音を奏でながらもブランコとしての役割を果たしていた。
闇が濃くなった空。地平線だけが辛うじて明るい。比例して増す不気味な静寂の中で、軋んだ音だけが静かに響く。
ボロボロの建屋。周囲より一際暗い敷地。そこに髪の長い少女が遊具で遊んでいる様は怪談話によくありそうな薄気味悪い光景だが、その一部を構成している莎夜本人はそんなこと全く想像もついていないだろう。
「オイ」
静かな空気を揺らす声。一言だけでもひしひしと伝わる不機嫌ぶり。
確認するまでもなく、それは蒐のものだった。
「何やってんだ、テメェは」
ここがいつもの森の中なら数倍以上の気迫でどやされていたことだろう。流石の蒐も人気が無いとは言っても人間のテリトリーの中で怒鳴り声を上げたくはないと窺える。
声を抑えている分、怒りは感情に表れているが。
「起きたら蒐がいなかったから、探しに来ただけ」
淡々と答えるも蒐の感情を加速させただけだった。ひくつくこめかみが暗がりでもはっきりと見える。相手が莎夜でなければ八つ裂きにしていそうな勢いだ。
「それがどうして人間なんざと関わるコトになんだよ」
険しい眼差しに軽蔑が混じる。
魔物が人目を避けて夜に行動する理由。──本来、魔物は人と相互的に関わることを良しとしない。
人間に関わることがあるとすれば、飢えを満たす時。吸血鬼なら血、夢魔なら悪夢、というようにほとんどの魔物は他者から命の糧を得ているが、相手にするなら力量が測りきれない相手より、確実に自分よりも弱い相手を狙う方が安全で合理的だ。
襲う際には気取られぬように不意を突くか、気を失わせるか──命そのものを奪うか。警戒されてしまえばそれだけ狩りがやりにくくなるのだから、いくら人間と同じ様相でも正体が暴かれる可能性がゼロでは無い以上、危険を冒すのは好ましくない。
もはや幼い頃から叩き込まれる常識でもある。そこを敢えて積極的に交わりに行くのは異常者か、狂人か、少なくともまともな思考を持つものではない。
危険因子として殺されても文句は言えない。それほどまでの行為なのだ。
「……ごめんね」
莎夜は悪びれる様子もなく口元に笑みを貼り付ける。
「付き合ってらんねぇ。ンな事したら、余計狙われんじゃねぇか」
苛立たしげに吐き捨てる蒐。
「守れっつっといて、殺してくださいってばかりの行動しかしねぇじゃねぇか。そんなにくたばりてぇなら勝手にしろ、だが俺を巻き添えにすんじゃねぇ」
呪いを掛けられた怒り。まるで協調性のない少女に対する不満。そして死に急ぐような挙動に対する不信感。これまでの鬱憤が爆発したように呪詛の言葉を目の前の少女に繰り返し叩きつける。
言いなりになってやってるというのに。自分の命を弄ばれているような感覚だ。
「よォく、覚えておけ。テメェが今二本足で立ってられんのは俺がまだ殺してねぇからだ。こんなクソみてぇな呪いさっさと解いたら真っ先に塵にしてやるから、酷くされないようにせいぜい祈っとけ」
ひと通り吐き出しても行き場のない感情はぐるぐると胸の中で渦巻いて、大声で叫びたくなる衝動を奥歯で噛み殺して、暴力に訴えそうになるのを抑え込んではいるが体の震えが止まらない。
チッ、と舌を鳴らし侮蔑と憎悪を込めて莎夜を睨みつけると、蒐はその姿を一瞬でも早く視界から逸そうとすぐに視線を移す。
トン、と地面を軽く蹴る音がして白い影がその場から消える。莎夜ですら捉えられないほど速く、目の前から蒐の姿だけが無くなり黒一色の景色だけ残るというのはどこか奇術的でもあった。
「…………」
一人残された少女は小さく息を漏らした。目を伏せて、大きく息を吸って、今度は長い長い息を暗闇に向けて吐き出す。
「……似てた、から」
目が覚める前、遠い過去の夢を見た。長らく思い出すこともなかったのに、何かの拍子で古びた記憶の引き出しが抉じ開けられたのか、弟の姿が鮮明な形で莎夜の中に蘇った。
そして偶然にも出遭ったあの少女。心配そうに見上げた眼差しも泣きそうな表情もそっくりで、そのまま見過ごすなどできなかった。
などと言い訳を並べたところで蒐の機嫌が良くなるわけではないのは目に見えている。どのような理由であれ、多くの人に目撃されてしまったのには変わりない。
(──忘れないと)
蒐の命も背負ってる以上、簡単に死ぬことはできない。それに、あの様子からして蒐はしばらくは戻ってこないだろう。
「………私に、弟なんて、いない」
自らに言い聞かせる、その声はどこか掠れていた。
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