月明かりの下で

珱芭

文字の大きさ
18 / 18
Chapter 5

5-4

しおりを挟む


──ギィ、



 古びた神社の前の広場で、鉄の軋む音が響く。

 辛うじて形を成す錆だらけのブランコ。そこに莎夜が腰掛けていて、足を地面に着けて膝を曲げたり緩やかに伸ばしたりしながら前後に小さく揺れていた。

 今にも朽ちた部分が壊れそうな見た目に反して、この類の遊具は丈夫らしい。ギィギィと不協和音を奏でながらもブランコとしての役割を果たしていた。

 闇が濃くなった空。地平線だけが辛うじて明るい。比例して増す不気味な静寂の中で、軋んだ音だけが静かに響く。

 ボロボロの建屋。周囲より一際暗い敷地。そこに髪の長い少女が遊具で遊んでいる様は怪談話によくありそうな薄気味悪い光景だが、その一部を構成している莎夜本人はそんなこと全く想像もついていないだろう。

「オイ」

 静かな空気を揺らす声。一言だけでもひしひしと伝わる不機嫌ぶり。

 確認するまでもなく、それは蒐のものだった。

「何やってんだ、テメェは」

 ここがいつもの森の中なら数倍以上の気迫でどやされていたことだろう。流石の蒐も人気が無いとは言っても人間のテリトリーの中で怒鳴り声を上げたくはないと窺える。

 声を抑えている分、怒りは感情に表れているが。

「起きたら蒐がいなかったから、探しに来ただけ」

 淡々と答えるも蒐の感情を加速させただけだった。ひくつくこめかみが暗がりでもはっきりと見える。相手が莎夜でなければ八つ裂きにしていそうな勢いだ。

「それがどうして人間なんざと関わるコトになんだよ」

 険しい眼差しに軽蔑が混じる。

 魔物が人目を避けて夜に行動する理由。──本来、魔物は人と相互的に関わることを良しとしない。

 人間に関わることがあるとすれば、飢えを満たす時。吸血鬼なら血、夢魔なら悪夢、というようにほとんどの魔物は他者から命の糧を得ているが、相手にするなら力量が測りきれない相手マモノより、確実に自分よりも弱い相手ニンゲンを狙う方が安全で合理的だ。

 襲う際には気取られぬように不意を突くか、気を失わせるか──命そのものを奪うか。警戒されてしまえばそれだけ狩りがやりにくくなるのだから、いくら人間と同じ様相でも正体が暴かれる可能性がゼロでは無い以上、危険を冒すのは好ましくない。

 もはや幼い頃から叩き込まれる常識でもある。そこを敢えて積極的に交わりに行くのは異常者か、狂人か、少なくともまともな思考を持つものではない。

 危険因子として殺されても文句は言えない。それほどまでの行為なのだ。

「……ごめんね」

 莎夜は悪びれる様子もなく口元に笑みを貼り付ける。

「付き合ってらんねぇ。ンな事したら、余計狙われんじゃねぇか」

 苛立たしげに吐き捨てる蒐。

「守れっつっといて、殺してくださいってばかりの行動しかしねぇじゃねぇか。そんなにくたばりてぇなら勝手にしろ、だが俺を巻き添えにすんじゃねぇ」

 呪いを掛けられた怒り。まるで協調性のない少女に対する不満。そして死に急ぐような挙動に対する不信感。これまでの鬱憤が爆発したように呪詛の言葉を目の前の少女に繰り返し叩きつける。

 言いなりにというのに。自分の命を弄ばれているような感覚だ。

「よォく、覚えておけ。テメェが今二本足で立ってられんのは俺がまだ殺してねぇからだ。こんなクソみてぇな呪いさっさと解いたら真っ先に塵にしてやるから、

 ひと通り吐き出しても行き場のない感情はぐるぐると胸の中で渦巻いて、大声で叫びたくなる衝動を奥歯で噛み殺して、暴力に訴えそうになるのを抑え込んではいるが体の震えが止まらない。

 チッ、と舌を鳴らし侮蔑と憎悪を込めて莎夜を睨みつけると、蒐はその姿を一瞬でも早く視界から逸そうとすぐに視線を移す。

 トン、と地面を軽く蹴る音がして白い影がその場から消える。莎夜ですら捉えられないほど速く、目の前から蒐の姿だけが無くなり黒一色の景色だけ残るというのはどこか奇術的でもあった。

「…………」

 一人残された少女は小さく息を漏らした。目を伏せて、大きく息を吸って、今度は長い長い息を暗闇に向けて吐き出す。

「……似てた、から」

 目が覚める前、遠い過去の夢を見た。長らく思い出すこともなかったのに、何かの拍子で古びた記憶の引き出しが抉じ開けられたのか、弟の姿が鮮明な形で莎夜の中に蘇った。

 そして偶然にも出遭ったあの少女。心配そうに見上げた眼差しも泣きそうな表情もそっくりで、そのまま見過ごすなどできなかった。

 などと言い訳を並べたところで蒐の機嫌が良くなるわけではないのは目に見えている。どのような理由であれ、多くの人に目撃されてしまったのには変わりない。

(──忘れないと)


 蒐の命も背負ってる以上、簡単に死ぬことはできない。それに、あの様子からして蒐はしばらくは戻ってこないだろう。

「………私に、弟なんて、いない」

 自らに言い聞かせる、その声はどこか掠れていた。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.14 花雨

作品登録しときますね♪ゆっくり読ませてもらいます(^^)

2021.08.14 珱芭

初めまして、作品登録ありがとうございます!とても嬉しいです。どうぞ宜しくお願い致します!

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。