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Chapter 5
5-3
しおりを挟む「おねえちゃん、ユウがどこにいるかしってるの?」
迷うことなくどこかへ歩を進める莎夜に、そんな質問を投げかける。
「うん…さっき見た気がするんだ。…ここ、」
さらりと嘘を述べつつ鳥居をくぐる。
迷い犬を見かけたなど、こちらの方向に来たこともないのだから有り得ない。しかし、魂の気配を察知できる死神にとって野良犬の中から穏和そうな一匹を探し出すのは容易いことだ。
繋いだ指先から伝わる温もりと同じ、優しい気配。それがこの場所にいる。
二人は神社に辿り着いた。小さな拝殿と、小さな広場。それらを囲うように生えた木と背の低い生垣。手前にあるブランコが錆び付きギシギシ揺れていることからもう随分と放置されているのだと推測できる。
長年人が踏み込んでなさそうなこの場所は、神を祀るという役目も相まってどこか怪しく、懐かしい雰囲気が漂っていた。
「ほんとうに、ここなの?」
独特の空気に気圧されてか、彼女の握る手に力がこもる。
「うん」
「………ユウーっ…」
莎夜の肯定を受けて、子供らしい高い声を潜め囁くように叫びながら、一歩ずつ敷地に入っていく。莎夜も後ろに続く。
「ユウーっ」
今度は大きな声で再び呼ぶと、近くで草が互いにこすれる乾いた音がした。二人の視界の端で不自然に茂みが揺れる。
「ユウっ!」
丈の高い雑草の間からひょっこりと顔を出す子犬に、彼女は無我夢中で駆け寄る。子犬も短い尻尾を目一杯に振って喜びを表しながら飼い主の元へとことこと走っていく。
泥や砂埃で薄汚れてしまっている子犬に首輪を付けると、大事そうに抱え上げる。腕の中の子犬はぷっくり膨れた頬をぺろりと舐めた。
「もうかってにいっちゃダメだよっ」
聞いているようで聞いていなさそうな子犬を叱りつけ、言葉を理解したらしい彼が短い吠えで返事をしたのを確認すると、少女は莎夜のところまで駆け寄った。
「ありがと…きゃっ」
お礼半ばに突然子犬が暴れ出し、その反動で小さな体は地面に落ちる。見事に着地を決めた子犬はそのまま莎夜に対して警戒を示す。
歯ぐきが見えるくらい歯を剥き出しにして、喉からしきりに唸り声を発する。愛らしい子犬からは想像もつかないほど、恐ろしく獣じみていた。
「ユ、ユウ!だめ!だめだよぉ!」
慌てた少女が抱き上げようとするのを子犬は嫌がり、敵意を露わにした真っ黒な瞳で睨みつけながら、ひたすらに吠えだした。
「おねちゃん、ごめんね…っ!こら、ユウ!ダメだってば!」
普段は大人しく聡明な子なのだろう。初めて言うことを聞かない子犬を酷く泣きそうな顔で叱る少女に、莎夜は優しく笑いかけた。
「気にしないで。動物にはいつも好かれないから」
獣は人間以上に勘が冴えている。目の前の人物が人間ではないと本能で理解しているのだろう。時間をかければ手懐けられないこともないが── 一匹と一人は家族同然だからこそ、異物から守ろうとしているのは明白だった。
「もうすぐ暗くなるから、帰った方がいいよ」
「でも、おねえちゃんのさがしてるひとが……」
「大丈夫。きっとすぐ見つかるから。あなたが迷子になったら意味がないでしょう?」
「……うん、」
何か言いたげな様子だったが、言われるままに彼女は来た道を帰っていく。子犬も少しリードを引けば大人しく隣に並んで歩く。
小さな二つの影が一層小さくなったところで片方が振り向き大きく手を上げた。
「おねえちゃん、ありがとーっ!」
元気が溢れる明るい声で、遠くからでも笑顔を振りまいているのがよく分かる。
疲れ切った莎夜の表情もつられて綻ぶ。
「どういたしまして」
ぱたぱたと走り去るその後ろ姿を莎夜は見送る。少女の姿が見えなくなっても、静かに佇んだまましばらく眺めていた。
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